第664話 覚悟の決戦ですが何か?
暗闇の中上空の雲が抜けて、月明りがリューと敵を照らした。
敵はフードを被り顔は見えないが、顔から首にかけての火傷跡がチラッと見える。
「あなたがバンスカーですね?」
リューはカマをかけるつもりで返答を期待せずに質問した。
「……貴様はどこのどいつだ? 明らかに『黒炎の羊』とは違う動きをしているのがわかる。本来なら捕らえて拷問し、全てを吐かせてから処分するところだが、今回は時間もないから、普通に殺すとしよう」
敵はリューの質問には答えず、身構えた。
その瞬間である。
敵はなんの予備動作もなく、一瞬で接近するとリューの顔に短剣を突き刺してみせた。
いや、リューは紙一重で顔を捻ったことで頬にかすり傷を負うだけで済んだ。
「!」
リューは本能でギリギリ躱すことができたが、全く読めない動きだったので内心冷や汗をかく。
危ない……! この動き、正統派剣術達人レベルの使い手だ!
だが、そう思うのも一瞬である。
敵は突きを躱されると、すぐにその短剣を翻して次の攻撃に移ったからだ。
リューはそれもギリギリで躱して一度、後方に飛んで距離を取る。
そこへ、リューを追ってルチーナの部下が三名現場に到着した。
「三人は手を出さないで、邪魔になるから」
リューは気配だけで部下だと気づいて声をかける。
「「「へい……」」」
部下の三人は相当な手練れなのだが、ボスであるリューにそう言われると、素直に返事をして黙って見ているしかないのであった。
リューは敵のあまりの強さに、より一層神経を鋭くして対応するしかなかった。
これまで、こんな敵と遭遇したことがない。
そんな相手だ。
動きに無駄がなく、剣の道を極めた人物であることは確かだ。
その点、リューは祖父カミーザのトリッキーな動きを加えた我流であり、洗練された敵の動きとはまた違うタイプであるが、ここまで相手の先の動きも読んだ経験に裏打ちされた鋭い攻撃は、身体能力が優れているリューでも厄介と感じるものであった。
「どうした? 反撃しないとじり貧だぞ?」
敵は、挑発する時もリューから視線を外さず、隙を伺っている。
多分挑発に乗ってしまえば、そこに隙を見つけ攻撃を仕掛けてくるつもりだろう。
リューでもそのくらいはわかったから、『
「……ほう。その若さでかなりの経験を積んできているようだ。──そうか……。貴様、エラインダー公爵領で幻術使いの男を倒した人物だな?」
敵はリューの反応に感心すると目を細め、納得がいったという顔をする。
「だが、駆け引きというのは、すでに始まっているぞ?」
敵はそう言うと、また、常人には反応することさえ難しいであろう一瞬で距離を詰める突きを繰り出す。
今度は、リューの胴体を突いた。
リューはドスでそれをかろうじて受け流すのだが、傷を負った脇腹とは逆の脇腹にかすり傷を負う。
何かおかしい……。
リューはまた、かすり傷を負って敵の攻撃に未だ慣れない自分を不審に思った。
敵の動きは洗練されていてなかなか反応が難しいのだが、いつもなら戦う中でその動きを見極め、体が慣れてくるはずなのだ。
つまり、時間をかければ有利になることはあっても不利になることはない。
そこでリューは、内心ではっとした。
「おや? もしかして気づいたか?」
敵はリューの微細な反応に気づいたのかそう確認する。
リューは鋭い目つきになると、敵の持つ短剣に注目した。
よく考えるとこの敵がバンスカーなら、元近衛騎士だから短剣ではなく剣を得手にしているはずだ。
しかし、この敵は短剣を手にして自分と勝負をしている。
もちろん、こちらの動きが素早いと察して、小回りの利く短剣を選んだ可能性は十分あるが、相手の反応からするとどうやらそうではないようだ。
「その短剣、特殊能力付与されているものですか……」
リューはここでようやくこれまでの疑問が晴れる気がした。
「意外に気づくのが早かったな。だが、もう遅い。貴様が数か所かすり傷を負った時点で、こちらの勝ちだ」
敵は口元に笑みを浮かべると、そう宣言した。
「傷つけた相手の動きを鈍らせていく能力付与ですか……」
リューは麻痺攻撃とはまた違う特殊な攻撃に苦虫を嚙み潰したような表情になる。
「そういうことだ。つまり、貴様は戦えば戦う程、確実に弱くなっていく。その点、こちらは有利な状況になっていくわけだ」
敵は勝利が近いことを匂わせつつも、油断も隙も無くリューとその後ろにいる追手三人に対しても警戒していた。
どうなっているのだ、この人……。姿を消す能力もさることながら、限界を超えた剣技に特殊な短剣、それでいて力に驕ることがない姿勢。
ここまでの人間には遭遇したことがない。
リューは舌を巻く思いだ。
もちろん、強い相手はいくらでもいる。
イエラ・フォレスはもちろんのこと、祖父カミーザ、父ファーザなど家族も相当強い。
だが、この強さは異質だ。
「困惑しているな? 俺は、特殊なスキルを持っている。そんな相手に勝とうと思うのがそもそも間違いだ」
敵はそう告げると、フェイントを入れて、また、リューに斬りかかった。
その瞬間である。
リューはここぞとばかりに、ドスの力によって得た魔法『対撃万雷』を発動した。
敵はその攻撃に躱す時間もなく真っ黒こげになる、はずであった……。
しかし、敵はそれを読んでいた。
リューに攻撃する寸前で突っ込むどころか後ろに飛んだのだ。
「そろそろ使ってくると思っていたぞ! その攻撃の対策はすでにしているが、躱されるのは予想外だろう?」
敵は自分が手の内を少し見せることでリューの奥の手を使わせる状況を作ったのである。
つまり、リューは『対撃万雷』を使わされたのだ。
「……やっぱりかぁ。──でも、あなたが後ろに距離を取ってくれる時間が欲しかったので良かったです」
リューは負け惜しみとしか思えない言葉を口にした。
敵もリューが奥の手を見破られて負け惜しみを言っているとしか思えなかった。
しかし、それも、すぐに違うことが理解できた。
それは、リューの頭上に
「!? いつの間に、大精霊を召喚していたのだ!?」
「ここまでの時間を使用して密かに多重詠唱させてもらっていました。『対撃万雷』もこの為の時間稼ぎです」
リューはドス『異世雷光』を敵に見せると、身構えた。
地の精霊はリューの動きを模倣して身構える。
「……こいつは俺の能力『
敵も地の精霊の姿を見て、茫然とすると思わずそんな言葉が漏れた。
それだけ、目の前の地の大精霊が身構える三叉の槍が、かなり強力なものとして映っていたからである。
「……名前を聞いておきましょうか?」
リューが情けで最後の言葉とばかりに質問する。
「『くそ、喰らえ!』 だ!」
先程までの勝利もあとわずかなところから、絶望的な状況に早変わりした敵は、そう吐き捨てる。
リューは頷くと、敵に槍を投げる素振りを見せた瞬間、地の大精霊はその手にした三叉の槍を敵に投げつけた。
その瞬間、岩製の三叉槍の先に灯った火、風、水が交わって一つのエネルギーになって敵を襲う。
それは広範囲で逃げる暇などない。
「死んでたまるかー!」
敵はそう叫びながら、消し飛ぶのであった。
ワーナーの街の東の地平線に陽の光が見えてきた。
その朝日に照らされる形でワーナーの街の南の城壁には大きな穴が開いているのがわかる。
街は『黒炎の羊』のボス・ドーパーの死と『屍』を指揮していたバンスカーらしき男が、謎の第三勢力に倒されたことによって、沈静化された。
ボスを失った『黒炎の羊』は生き残った幹部によって全員がすぐに街から退いたし、『屍』も敵のボス・ドーパーを倒した時点で目的を果たしたとばかりに撤退する。
『竜星組』も、負傷者を回収すると、リューの『次元回廊』で決戦の地をあとにするのであった。
─────────────────────────────────────
あとがき
明日、8月1日は、『裏稼業転生』5巻の発売日です。
早いところは昨日から発売しているところもありますので、まだの方、お気をつけ下さいね。
書店によっては、「応援書店SS」という書下ろし短編が付くのでそちらもチェックをお願いします。
さらに、コミカライズの方も、現在2話まで公開されておりますので、まだ、見てないよ、という方、チェックをお願いします(*^^)σ
あと、これはついでですが、この作品のフォロー、★レビューなどして頂けたら幸いです。
それでは、続きもお楽しみに!(。・ω・)ノ゙♪
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます