第590話 順位は……ですが何か?

 サバイバル合宿行事である『死の行進デス・マーチ』の途中で起きたリュー達と黄龍フォレスの遭遇戦は、深い魔境の森であった事から、必ずしも生徒達はその光景を目撃していたわけではなかった。


 とにかくすさまじい音が鳴り響き、なにやらとんでもない戦闘が行われているようだ、という事くらいしか認識が無い者がほとんどだ。


 このリューと黄龍フォレス戦を目撃したのは、同じ班のランス達でも木々の間から一部が視界に入ったくらいであり、最初の登場シーン以外では、そのドラゴンの姿をはっきり見て腰を抜かした護衛の騎士が肝を冷やしたという感じである。


 そして、このリュー達と黄龍フォレスの遭遇戦による被害は生徒達からは見えない森の東側の森一帯が破壊されたのみであり、学園の関係者には全く被害が及ばなかったのは幸いであった。


 その為、学園の引率である教師陣も大きな衝撃音以外には「被害なし」という判断を下して行事の続行を判断した。


「ごめん、みんな。思わぬハプニングで時間を食っちゃったよ」


 リューとリーンはこのサバイバル合宿中の普段着であるジャージに革の胸当てという姿がボロボロになった状態で謝罪する。


 祖父カミーザと領兵隊長スーゴはすでにその場から離れていた。


 このドラゴン戦の周囲への影響を考えて警戒行動に移ったのだ。


「いやいや、そういう問題じゃないだろ! 俺達もこの深い森では視界が遮られてあまり確認が取れなかったけど、あのドラゴンと戦っていなかったか!? ハプニングってあれの事だろ!?」


 ランスがみんなを代表して指摘する。


 みんなもランスの言葉に同意するように大きく頷く。


 護衛の近衛騎士、王国騎士もそれは同じで、ランスの言葉の後、すぐにリューへと確認した。


「ミナトミュラー男爵、あのドラゴンは一体なんですか! 我々はエリザベス王女殿下の護衛も兼ねている。もし、あんな魔物が襲ってくる土地なら、今すぐ王女殿下を連れて避難しなくてはいけないのだが!?」


 近衛騎士としては当然の反応だろう。


 王家を守るのが近衛騎士の遂行すべき任務である。


「我々王国騎士も生徒諸君を守る任務がある。しかし、あのような想定外の魔物が襲ってくるようなら我らも生徒を守れる自信がない。そうなると避難するのが得策と思えるが?」


 王国騎士の一人が近衛騎士に賛同するように、意見を続けた。


「みなさん、ご心配なく! 先程のドラゴンとは話が付いていますので、問題はありません」


 リューはヒステリックな状態になりそうなこの状況を落ち着かせる為、正直にそう答えた。


「「「ドラゴンと話がついた!?」」」


 もちろん、リューの言葉には全員が意表を突かれ、驚きと共に疑問符が頭の上に大量に浮かぶ。


「……リュー君、それは一体?」


 今度は、リズ王女がみんなを代表して事情を聴く。


「実は──」


 リューは、リズ王女だけをみんなから引き離して、こそこそと説明した。


「!?」


 リューの説明にいつもの冷静沈着なリズ王女も目を見開いて驚く素振りを見せた。


 それはそうだろう、あの狂暴そうな大きなドラゴンが人語を解し、それどころかリューを認め、ランドマーク領に加護を与えたというのだから、王家の一員としても驚くし興味深い。


「僕達もそれが何を意味するのかよくわかっていないんだけどね?」


 リューとリーンもこの黄龍フォレスの行動はよくわからないから、何とも答えようがない。


 ただ、すでに問題は解決し、生徒への害はなさそうなのだけはわかっていたから、大丈夫と答えるしかないのであった。


「……二人とも、いつも想像の斜め上の行動ばかり取るわね」


 リズ王女はリューとリーンに対して苦笑すると、二人を信じる事にした。


「──二人から説明を受けました。この場にいる全員は、この問題について、事がはっきりするまで、口外無用でお願いします」


 リズ王女はきりっとした表情で全員に注意した。


「ですが、王女殿下──!」


 近衛騎士の一人が食い下がろうとする。


「いいですね?」


 それを遮るようにリズ王女が、ピシッと一言告げた。


「……承知しました」


 近衛騎士もこれ以上リズ王女に食い下がる事が出来ず、了解する。


「……じゃあ、気になってることをちょっといいか?」


 イバルがそう言うと話に入ってきた。


「イバル君、何?」


 リューが聞き返す。


「そろそろ出発しないと、他の班に勝てそうにないんだが?」


「「「あっ!」」」


 全員がドラゴンの話で騒いで忘れられていた当初の目的をイバルは忘れておらず、その指摘にみんな思わず声を上げるのであった。


「先を急ごう。あ、その前に僕とリーンは着替えさせてくれる?」


 リューはリーン共々ボロボロの姿だから、着替えの為に時間を求めた。


 イバル達はもちろん、リューのお願いを承諾すると、二人が着替えるまで待機し、改めて目的地を目指して、走り出すのであった。



 目的地は魔境の森の奥にある大きな滝がある広場であった。


 そこに、リュー達の班は夜も走り続けてその滝を目指し、明け方にようやく辿り着いた。


 丁度東側から太陽が上がり始めるところだ。


「……ようやく着いた!」


 リューがラーシュを背負った状態で声を上げる。


 後ろには同じくシズをおんぶするナジン、リズを背負うリーンが続いていた。


 ランス達はその周囲を固めており、ずっと強行軍だったのである。


「これだけ、無理して進んで来たんだ。さすがに一番だろ?」


 ランスが荒い息を吐きながら、滝の前の広場を見渡す。


 すると、そこにはすでにいくつかの班が、到着していた。


「主、自分達は三番目のようです」


 スードが広場に張ってあるテントの数を数えて事実を告げる。


「あちゃー。やっぱり、途中の時間ロスが響いたかぁ……。みんな、ごめん!」


 リューがドラゴン戦でのロスを謝罪した。


「おいおい、リューとリーンがあのドラゴンと対峙してなかったら、俺達ここにいなかったかもしれないんだから、謝らなくていいだろ」


 とランス。


「この『死の行進』はそういったアクシデント込みでの行事だし、仕方ないさ」


 と寝ているシズを背負っているナジンが言う。


「それにしても、先に到着した班は凄いですね。自分達と同じ不眠不休でここを目指したという事でしょうから」


 と他の班の偉業を評価するスード。


 そこに、広場のテントの一つから、生徒が一人出てくると、こちらに気づいて歩いてくる。


 よく見ると普通クラスのト・バッチーリだ。


「ミナトミュラー君達じゃないか! 三時間遅れのスタートだったのに、よくこの時間に到着したね! 僕らは中段でのスタートで運よく何も起きずに到着できたんだけど、そっちはどうだった?」


 ト・バッチーリは嬉しそうに話しかけた。


 ト・バッチーリは大きな商会の御曹司で普通クラスではリューの友人の一人である。


「あなたの班が一位なの? やるわね!」


 寝ているリズ王女をおんぶしているリーンがト・バッチーリを褒めた。


「へへへ……!」


 ト・バッチーリも褒められて照れる。


 そこに、班の他のメンバーが同じく目覚めてテントから出てきた。


 そして、リューとリーンと親しく話すト・バッチーリを目撃すると、


「あいつまた抜け駆けしてリーン様と親しく話しているぞ!」


 と班のみんなにまた、現場を押さえられて弄られるト・バッチーリであった。

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