第587話 死の行進ですが何か?

 サバイバル合宿三日目の朝より始まった『死の行進デス・マーチ』は、波乱含みの展開になっていた。


 この行事の最大の目的は地図に記された目的地へいかに早く到着するかなのだが、もちろんそれは全員理解している。


 だから、早くにスタートしたチームはその優位性を活かし、極力最短と思われる道を地図から読み取って全員で進み続けていた。


 中盤のチームくらいまでは、みんな大体同じような作戦だろう。


 だが、実際にはそう簡単な作戦で済むものではない。


 そう、ここは『魔境の森』なのだ。


 早く進む事を意識しすぎて、周囲の警戒をおろそかにすれば、魔物と遭遇して時間を大幅にロスする事になる。


 逆に慎重になりすぎてゆっくり進んでいても他の班に抜かれるだけだ。


 また、地図からは読み取れない地形の変化や控えめに記されている情報が、とても難所であったりする事もあった。


 こういった理由で、合計で三十もの班が地図に記された目的地を一心不乱に目指しているが、順調に進めている班はごくわずかである。


 そんな中、最後尾スタートとなったリュー達の班は、リューとリーンを先頭に目的地まで地図を真っ直ぐに向かっていた。


 当然ながらそうなると、獣道さえもない背の高い茂みをかき分けての道のりになるのだが、リーンが風魔法で茂みを刈って視界を確保し、足元の悪い場所はリューが土魔法で舗装するという息の合ったコンビネーションで進んでいた。


 その間、全員駆け足だったから、気づかないうちに速度減少どころか次々に班を抜いていっていたのである。


 途中地図にない大きな沼地もあったが、リューが土魔法でその真ん中に丈夫な橋を作ると、沼地の主と思われる泥に覆われた大きなカエルの魔物が飛び出してきた。


「おお?」


 リューが初めて遭遇する魔物に、少し驚いていると、間髪を入れずにリーンが風魔法でそのカエルを切り刻む。


 沼地の主の魔物は出現して数秒で、退場となった。


「「「早っ!」」」


 一行は、切り刻まれ、沼に消えていった魔物が、他の小さな魔物に食べられる光景を目の当たりにしながら、そうツッコミを入れる。


「魔物討伐を楽しんでいる暇はないでしょ?」


 リーンは淡々とそう告げると、風魔法で茂みを切り刻んで、道を切り開いていく。


「そうでした」


 リューもちょっと反省とばかりに後に続く。


「俺達で決定した事だけど、この二人を先頭にして進むのはかなり反則だな」


 ランスは笑いながらリュー達の後に続いた。


「そうですね。その分、とても心強いけど」


 リズ王女も友人達の桁違いの強さを改めて感心する。


 班のみんなはこのような感じで、リューとリーンの強さを再認識するだけに留まっていたが、護衛の為に同行している騎士達は内心驚きの連続であった。


 まず、この『魔境の森』を直進して目的地を目指す班の判断に呆れたのだが、王女もいるだけにこの班の護衛が一番大変だろうとその時予測していた。


 しかし、蓋開けてみると、班の生徒達が進む後には道が出来、自分達はそこを進んで付いていくだけでいい。


 それに現れる魔物も先頭の二人が一瞬で駆除してしまう。


 噂で才能溢れる生徒が複数いるとは聞いていたのだが、才能どころかすでに大人顔負け、いや、それ以上の実力を持っていると言っていいだろう事に呆然とするのであった。


 ちなみに、リズ王女の護衛も含め、リューの班には合計六名の騎士が付いている。


 いずれも今回、大変な任務になるだろうという事で、近衛騎士は剣、魔法共に優れた者が三名、王国騎士からも体力自慢でスキルに優れた者が三名だ。


 そして、視界に入らないところでランドマーク領兵が三名付いているのだが、これらの仕事はなさそうであった。


 リュー達は、傾斜のある山もリューが階段を土魔法で斜面に作ってしまった為、足を取られる事なく、真っ直ぐ駆け上がっていく。


「……俺が想像してたのと全然違うんだが?」


 王国騎士の一人が同僚にぼそっと、つぶやく。


「……わかる。俺も王女殿下の前でいい格好して、近衛騎士に抜擢される未来を夢見た時期があったよ……」


「……ああ。なんなら、一番きつい任務になると思っていたから、命を失う覚悟さえしていた……」


 王国騎士達はそれぞれいろんな思いと覚悟で護衛任務についていたのだが、それらは悉く裏切られた様子であった。


 それを背後に聞いて、近衛騎士達も内心頷いていた。


「……。(……だよなぁ。俺も今回、出世のチャンスとか思ってた)」


「……。(……自分は初日の夜以来、この魔境の森の魔物が強すぎるから、王女殿下をいかに守ってどう散るかを覚悟していた……)」


「……つまらない事を言っているんじゃない。任務中だぞ?(お前らの言う事、凄いわかるけどね!)」


 近衛騎士達は一応心の中でのみ同意し、リーダーの騎士が注意する。


「「「す、すみませんでした!」」」


 王国騎士達は近衛騎士の叱責に慌てて謝るのであったが、この時、近衛騎士と王国騎士の距離が近づいた瞬間であった。



 そんな事は耳のいいリーン以外の全員は知らず、一行はずっと走りながら目的地までなにものにも阻まれる事なく、真っ直ぐ進んでいた。


 だが、油断はできない。


 なにしろハンデが三時間もあるのだ。


 同じような作戦で運よくトラブルに巻き込まれる事なく、進んでいる班があってもおかしくないからである。


 要は確率の問題だ。


 最初の方でスタートした班は時間的ハンデはないが、その分、最初にトラブルに遭遇する可能性が高い。


 二番手以降も同じで、トラブルに遭遇する可能性は否定できない。


 だが、中間以降にスタートした班によっては、前の班がトラブルにあっていれば、それを躱すように進み、結果的に一番早く目的地に最短で到着できる可能性がある。


 終わりの方の班は、同じ条件だが、スタートが遅い分、無理をしないといけないから、やはりどの班も通っていないところを強引に進んでトラブルに会う可能性があるから、中間あたりの班が、一番最初に到着する可能性が高そうであった。


 しかし、それらの計算を無視して、リュー達の班は、ドンドン先に出発した班を追い抜いていた。


 だが、誰も通らないところを進んでいる為、その事には誰も気づけないでいる。


「俺達今、何位くらいかな?」


 ランスが、そばを進むイバルに聞いてみた。


「さあ? スタートが遅い分、俺達はかなり不利だからな。急いで損という事はないと思うが……」


 イバルも他の班がどういう作戦で進んでいるかわからないから答えようがない。


「……ほとんどの班はみんな強行軍だとおもうから、私達も頑張らないと駄目だよね?」


 一番体力がなさそうなシズが、少し声を弾ませてそう告げる。


「そうだな……。休んでいる暇はない。リューとリーンのお陰で順調だが、油断はできないな」


 ナジンもシズに賛同した。


「そうね……。──みんな、走りながら各自食事を済ませましょう。止まっている暇はないわ。最後まで頑張りましょう!」


 リズ王女もみんなの意見に賛同すると、全員を励ます。


「「「おお!」」」


 リュー達一行は揃って返事をすると、『死の行進』後半を突き進むのであった。

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