第584話 両者の相違ですが何か?

 翌日の朝。


 円形に各自のクラスの宿泊する広場が展開してある場所の中心に位置した護衛の野営地では、近衛騎士団、王国騎士団の責任者であるクハイ伯爵が目を充血させ疲労困憊の様子で、補佐のヤーク子爵と数人の部下、ランドマーク領兵隊長の責任者という立場で領兵隊長スーゴと祖父カミーザ、学園の教師代表の教頭と教師陣、生徒からは生徒会役員代表という事でリズ王女とリュー、リーンなどを前にして昨晩の騒ぎについて報告をしていた。


「近衛騎士団の負傷者は昨晩だけで七人、王国騎士団は十二人も出ている……。これでは学園生徒の護衛を一週間継続できるか怪しくなってきたと言うしかない……。ランドマーク領兵隊はどのくらいの被害を出しておられるかな? 二十かから三十くらいか?」


 クハイ伯爵は昨夜は全く寝ていないのかピリピリした様子で、被害状況確認をした。


「うちの被害? いや、ランドマーク領兵隊にとってはこれはいつもの事なので「ゼロ」ですな。──確かに昨晩はこの魔境の森で、「煙草は厳禁」と注意しておいたのに、どこぞのアホがそれを守らず吸ったせいで、一部の魔物が刺激され集まってきたから多少騒ぎになりましたが、その中に大した魔物はほとんど含まれていなかったので問題なしでしたな」


 ランドマーク領兵隊長スーゴが、祖父カミーザの代わりに応対した。


「昨日のあの騒ぎで被害が、ゼ、ゼロ!? ──な、なるほど……。魔境の森の魔物の避け方も心得ていて当然という事か……。だが、そのせいで昨日はうちの警備担当の騎士達に大きな被害が出た。しっかり協力してくれていれば、結果も変わったと思うのだが……」


 クハイ伯爵はランドマーク領兵隊が、自分達に魔物達を押し付けて高みの見物をしていたと勘違いしたのか、そう苦言を呈した。


「何か勘違いしとらんか? 昨晩の魔物襲撃はそちらの王国騎士団の騎士どもが周辺の巡回の際に、煙草をぷかぷか吸っていたのが原因だぞ? 儂らは生徒の護衛が仕事だから、そちらを優先させていた。そこを、お主らが魔物を刺激したから、気づいたうちの領兵隊が助けに入ったのだ。それがなければ、負傷者どころか、死人が出ていたぞ?」


 今度は領兵隊長スーゴに代わって祖父カミーザがクハイ伯爵の苦言の間違いを指摘した。


 実際、あの後、周辺の魔物が他の巡回中の騎士達や生徒達が寝ていた広場を襲う事態になったのだが、サバイバル合宿という事で、領兵隊はギリギリまで様子を見てから魔物達を仕留め、生徒にだけは被害が出ないようにしている。


 ちなみにリュー達のクラスの泊まる広場は襲撃されなかったので、安全だったのだが、他のクラスメート達はよそのクラスの宿営地から悲鳴が上がるので寝られない者も多かったようではある。


「うちの部下達がそんな失態を? そんな馬鹿な……!? ヤーク子爵、部下達からの報告書は上がっているのか?」


 クハイ伯爵は昨晩の状況確認が全く出来ていなかったのか、補佐のヤーク子爵に報告を求めた。


「ランドマーク側のご指摘通り、こちらの部下の失態が原因のようです。それに、領兵隊に助けられ命を失わずに済んだ騎士達が多かったと先程届いた報告から確認できます」


 ヤーク子爵は淡々と報告内容を告げた。


「なっ!?」


 クハイ伯爵はその報告に言葉を失うと黙ってしまう。


「ちなみに昨日の一番の戦果は、その煙草を吸っていた連中を襲った猛毒持ちの大蛇、『竜もどき』かのう。あれは知能も高くて獲物をいたぶる習性があるから、いきなり食べられなくて済んでこちらも助けに入られた。もし、お腹を空かせていたら、猛毒に体を溶かされながら丸呑みになっていただろう」


 祖父カミーザはクハイ伯爵に対してニヤリと笑るとそう告げる。


「『竜もどき』!? クハイ伯爵様、『竜もどき』は冒険者ギルドで、B+ランク指定の幻の魔物です!」


 背後に立っていた部下の騎士が、クハイ伯爵に魔物情報を進言する。


「え、B+ランク!?」


 クハイ伯爵はその情報に目を剝いて祖父カミーザに視線を向けた。


「そういう事じゃ。この魔境の森はそんな魔物も突然現れる。今回は儂がおとりになって注意を引いておいたから、うちの部下達がその隙をついて簡単に仕留められたが、あんな魔物、正面から戦っていたら命がいくつあっても足らんぞ? これから騎士達にはここでの滞在期間は煙草を我慢してもらわんとな」


 祖父カミーザも改めて魔境の森での注意事項について念を押す。


「そういう事なので、先日伝えた注意事項を改めて確認してもらっていいですかな?」


 領兵隊長スーゴが、祖父カミーザの話を引き継いで、全員に配った注意書きに再度目を通すように促すのであった。



「……カミーザおじさん達ちょっと不機嫌ね」


 リーンが隣に座るリューに小さい声でつぶやく。


「……それはそうだよ。魔境の森は本当に何が出てくるかわからない場所だからね。そのやぶを初見で突っつく行為は命知らずが過ぎるよ」


 リューも両者の発言を聞いて苦笑する。


「……魔物除けのアイテムはあまり効果がないのね」


 二人の会話を聞いていたリズ王女が、注意事項が書かれた内容の一部を見て隣のリューに聞いた。


「……うん。王都で売っている魔物除けのアイテムはあくまで低級の魔物、ゴブリンとかが相手のものだからね。魔境の森では、もっと強力なものが必要なんだ。でも、それを使用するとサバイバル合宿にならないから使用は控えているんだけどね」


 リューが裏事情を説明する。


「……リュー君。あなた……、いえ、ランドマーク側の方々はちょっと誤解しているんじゃないかしら?」


 リズ王女がなんとなく疑問に感じていた事を口にした。


「「……誤解?」」


 リューとリーンは首を傾げる。


「……ええ。サバイバル合宿は確かに魔物への対応も大事だけど、基本は『緊急時の対応ができるようになる事や不便な状況下でそれをいかに乗り切るか』が目標よ? 『魔境の森での過酷な状況下でいかに生き残る事ができるか?』ではないのよ?」


「「……えー!?」」


 リューとリーンはリズ王女の指摘通り、想像していた基準に隔たりがあった事に今さらながら気づいて驚いた。


 学校側の説明では、サバイバル合宿の意味はリズ王女の説明通りだったが、リュー達ランドマーク側は、その頭に『魔境の森での』を付けて考えていたのだ。


 この指摘にリューは慌てて挙手すると、領兵隊長スーゴと祖父カミーザにその事を告げるのであった。

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