第542話 出港ですが何か?

 クレストリア王国ヤーボ第三王子と、エリザベス第三王女の別々に作られた親善使節団は、サウシーの港で用意された船に乗り込んでいく。


 その時にちょっとしたトラブルが起こった。


 それは、両使節団にはそれぞれ王族が乗り込む大型船に護衛大型船一隻ずつが付いているわけだが、王女リズ側の護衛大型船が従来の船の形と違う形をしていたので目立ち、ヤーボ第三王子が自分のところにあの船を護衛に付けられないのかと駄々をこねたのだ。


 しかし、それがミナトミュラー男爵個人の所有船と聞き、一度はわがままを引っ込めた。


 しかし、ヤミーイ侯爵の助言から男爵ごとこちらの使節団に移動させればいいと言い出したのだ。


 もちろん、リューはノーエランド王国から招待されている一人なので、それは不可能だから、王女リズが自ら丁寧に説明するという無駄な時間が生まれたのであった。


「……オウヘ第二王子殿下程ではないけど、ヤーボ第三王子殿下も中々、癖が強いね」


 リューが傍に居るリーンに小声でつぶやいた。


「王家の男子ってまともなのがいないのかしら」


 リーンが小声でリューに応じていると、


「ヤーボお兄様はこれまで国王の座に興味がなく、わがままな事を言う人ではなかったわ。だけど、最有力と思われていたオウヘお兄様が王位継承権を一番下に下げられた事で、側近のヤミーイ侯爵もチャンスだと思ったのでしょう。その言葉にそそのかされて最近では、あんな感じなの」


 王女リズが二人のコソコソ話に入って来てそう漏らした。


「王位かぁ。僕達にはわからないけど、王族ともなると王位への野望は、あってもおかしくないのかなぁ」


 リューがそうコソコソと話していると、コモーリン侯爵とヤミーイ侯爵との間でようやく話し合いが終わったようで、結局、ヤーボ第三王子側の護衛船の数が多いので、それで納得してもらう事になった。


 なにしろリズ王女側の親善使節団は、ノーエランド王国から出された先導兼護衛の中型軍船一隻だけのところを、ミナトミュラー男爵所有である新造の大型船、中型船一隻ずつを出す事で数を揃えたという経緯がある。


 もちろん、これは、王女リズがリューに依頼して出してもらったからではあるが、表向きは、ヤーボ第三王子に気を遣った形だ。


 それに対して、ヤーボ第三王子側の護衛船は、大型船一隻、中型船二隻を王家が自前で用意したものである。


 その状況で、「一下級貴族の船に固執していては王族の権威が下がるのではないかと私は心配になるのだが、これはヤミーイ侯爵の判断か?」とコモーリン侯爵が追及したのでヤミーイ侯爵はそれ以上、ヤーボ第三王子にワガママを言わせるのは、不利と考え引く事になった。


「途中まで航路は一緒だから目立たないようにと船長達には念を押しておいて」


 リューはこのやり取りを見て、スードにそう告げると、スードは頷いて船に走っていく。


「私とハンナはリューの船の大型船に乗っているわね」


 母セシルはそう告げると、ハンナの手を取り、新造大型船に乗り込んでいく。


「僕とリーン、スードはリズの話し相手として、王家専用船に乗らないといけないかな?」


 リューは直接リズに確認する。


「ふふふ、ありがとう。でも、気を遣ってくれなくてもいいのよ? それにリーンは風魔法で船上の移動くらいなら出来るのでしょう? 話し相手をしてもらいたい時は、そちらの船に合図を送るから、飛んで来てもらうわ」


 リズはリューの気遣いに感謝しつつ、気を遣われる事を遠慮した。


「そう? 実は自分の船の長旅での乗り心地を試してみたかったんだよね。じゃあ、遠慮なく『竜神丸』で出発させてもらうよ」


 リューは満面の笑みを浮かべると、新造大型船『竜神丸』に乗り込むのであった。


「『竜神丸』? 変わった名付け方をするのね」


 リズがリーンに対してそう言って不思議がるのも仕方がない。


 この異世界では船の名前は女性の名前を付けるのが一般的なのだ。


「ふふふっ。リューはそういう事気にしないから。──リズの乗る船はエリザベス号だっけ?」


 リーンが、リューの常識にとらわれない行動力を楽しそうに笑うと、聞き返す。


「今回、王族専用船として私が搭乗するからと、サウシー伯爵がそう命名したみたい。少し恥ずかしいけど、これも王族として我慢しなければいけないところね」


 リズは苦笑すると、周囲に手を振って、エリザベス号に乗り込んでいく。


 リーンはそれを見送ると、自身もリューが乗り込んだ『竜神丸』に走っていくのであった。



 エリザベス王女親善使節団の船旅は、ノーエランド王国まで片道で丸三日間の予定である。


 それに対してヤーボ第三王子親善使節団は、途中までリズ一行の船団と共に、丸一日かけてノーエランドとの間にある中継の役割をしているファイ島で補給後、そこからリズ一行はそのまま、ノーエランド王国に向かい、ヤーボ王子一行は他の沿岸諸国に向かうので一緒の船旅は最初の一日だけだ。


 ヤーボ第三王子は王家の代表として、数か国回る予定なので、この船旅は三週間ほどを予定しているが、リズ一行はノーエランド王国だけなので十日程度の旅を予定してあった。


「船足がスムーズだから、船体の揺れも小さく乗り心地が良いね。あとはあれを使用した時はどうなるかだけど、さすがに今回は利用する機会が無いかな」


 リューは『竜神丸』の甲板で、船尾方面に視線を向けると残念そうに溜息を吐く。


「使わないに越した事はないわ。それにあれを使用したらそれこそ、ヤーボ第三王子殿下が『あの船、欲しい!』って言い出すかもしれないわよ」


 リーンが似ていないマネをしてリューに応じた。


「はははっ。確かに。まあ、使用する機会があるとしたら、ノーエランド王国到着後、遊びの一環でくらいかな」


 リューは新造船の秘密兵器を使いたくてワクワクしつつ、初めての長い航海の旅を楽しむのであった。

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