第479話 夜明け前ですが何か?
リューが学園で勉強している間、はるか遠く東部地方、サクソン侯爵領都では、『蒼亀組』組長と『黒虎一家』ナンバー2である副家長による会談が行われ、『赤竜会』が密かに進めているという『蒼亀組』本拠地襲撃作戦に対抗する策が話し合われていた。
そこではリューの読み通りに話は進み、『黒虎一家』の提案で『赤竜会』の襲撃を逆手に取ってこのサクソン領都の本拠点(偽)で罠に嵌めようという事になった。
『黒虎一家』はこの時、初めて『蒼亀組』の組長と顔を合わせる事になったのだが、『黒虎一家』側が、『赤竜会』の狙いが今まで秘密にしてきた組長にある事、その狙いを躱す為に郊外にでも身を隠してもらう事、その場所は保安の為『黒虎一家』とも情報共有する事が話し合われる。
もちろん、この時会談に初めて顔を出した『蒼亀組』組長はコーエン男爵ではなく準備した影武者であり、その信憑性を上げる為、会談の相手が『黒虎一家』側がボスではなくナンバー2である事を理由に、会談は最初の数分で『蒼亀組』組長はすぐ退室するという演出をした。
『黒虎一家』はその事について文句を言わなかった。
彼らの狙いは『蒼亀組』の組長の顔を確認する事であり、それが出来たので問題はすべてクリアできたのだ。
そう、『黒虎一家』は第一に、『蒼亀組』の本拠地が噂通り、サクソン侯爵領都にある事務所である事の確認、第二に謎の存在であった組長の顔を確認しておいて、いざという時、逃げられないようにする事であった。
これもリューの読み通りである。
『黒虎一家』は、『蒼亀組』の主力と『黒虎一家』の主力は何も知らずに襲ってくる『赤竜会』をサクソン侯爵領都の(偽の)本拠地で罠に嵌めて迎え撃ち、敵の標的である『蒼亀組』の組長には領都郊外の安全な場所で結果報告を待ってもらうという口実で待機させ、そこを『赤竜会』の精鋭襲撃部隊が襲うという筋書きだ。
『黒虎一家』は情報を売るだけで自らの手を汚さず、全て『赤竜会』に任せ、『蒼亀組』主力と共に、襲われる事もない(偽の)本拠地で待機しておくだけでいい。
『蒼亀組』がカリスマ的存在である謎の組長を失ってしまえば、あとは瓦解するだけと読んでいたから、リューがこの策を見通していなければ、『蒼亀組』も完全に終わっていたかもしれない敵の策であった。
コーエン男爵は会談に『蒼亀組』謎の組長役として参加したランスキーに感謝する。
「ランスキー殿の貫禄ある演技のお陰で『黒虎一家』の幹部も『蒼亀組』組長と信じたみたいです。ありがとうございます」
「いえ、俺はうちの若の命令に従ったまでの事、礼は若にお願いします。それにしてもコーエン男爵自身がサクソン侯爵領都まで来られずとも良かったのでは?」
ランスキーはコーエン男爵が大胆に現場入りしている事を万が一もあるから心配した。
「私は私で寄り親であるサクソン侯爵様に挨拶しておく必要があったのですよ。なにしろこれから、領都郊外で派手な事をするのでしょう? その事後処理もありますからね。与力としては当然の行動なので疑う者はいませんよ」
コーエン男爵はニヤリと笑みを浮かべて答える。
この辺りの大胆不敵な行動はやはり、『蒼亀組』の組長と言ったところだろうか? 若には及ばないが、資質はやはりあるな、とランスキーは内心コーエン男爵を評価するのであった。
数日後。
リューは放課後、いつもの通り東部のコーエン男爵領都に『次元回廊』で訪問すると、すぐにそこからサクソン侯爵領都郊外に馬車を飛ばして向かう。
この日は、普通の馬車なら丸一日掛かる旅程をそのわずか三分の一で走り抜き、領都郊外にある『蒼亀組』が所有する元商家の大きな屋敷の近くに到着した。
「ふぅー、ようやく到着した。リーン、周囲に監視はいる?」
明け方前の一番静かな暗闇の中、リューは『赤竜会』、『黒虎一家』両組織の監視が無いか聞く。
「……いないみたい。周囲の広い土地は全て『蒼亀組』のものなのでしょ? 監視しようと思ったら場所が限られるから、居場所は特定しやすいわ。多分、監視を置くならあの森くらいじゃない?」
リーンが暗闇の向こうを指差す。
エルフでもないリューにはさすがにその指先の向こうを確認できないが、リーンが言うなら間違いないだろう。
リューは監視がいないなら安心とリーンと二人、元商家の屋敷へと入っていく。
その屋敷にはすでにランスキーとその部下が少人数で入り、作業をしていた。
作業とは『赤竜会』の襲撃部隊を殲滅する為の罠づくりである。
「どう、進んでる?」
リューはランスキーに作業の進捗を確認した。
「へい。若の思惑通りに事が進み過ぎて、怖いくらいですよ」
ランスキーはボスであるリューに全幅の信頼を寄せているから、そう言いながらもとても楽しそうだ。
「『赤竜会』は確実に『蒼亀組』組長役であるランスキーを仕留める為に虎の子の精鋭部隊を送り込んでくるはずだからね。ここに見せかけで待機させている『蒼亀組』の兵隊が当日、サクソン侯爵領都の本拠地に向かったのを確認したら、襲ってくるはず。その時は、みんな打ち合わせ通りよろしく」
「「「へい!」」」
ランスキーとその部下達はリューの言葉に短く返事をすると、作業に戻っていく。
部下達は広い屋敷の各所の調度品や家具の死角に何やら加工された魔石の類を設置している。
その場に立会人として『蒼亀組』のナンバー2である部下が不思議そうに見物していた。
「本当にその小さいもので、言っていた通りの効果があるんですか?」
蒼亀組ナンバー2は思わず、疑問を口にした。
「ええ。うちの研究部門が別の実験中に生まれた副産物ですが、効果は間違いなくありますよ。敵をこの罠にかけるのは忍びないところですが、やらなければやられるのもこの世界ですから」
リューは決意を秘めて『蒼亀組』ナンバー2に答える。
「そんな汚れ仕事を任せてすみません」
「いえ、この作戦は僕達じゃないと成功できないですから」
リューは真剣な表情で頷くと、カーテン越しに陽が射してきた事で夜明けに気づくのであった。
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