第476話 部下の腕比べですが何か?
現在、王国の東部地方は表ではシバイン侯爵勢力とサクソン侯爵勢力の派閥争いが起きている。
だが、表向きは当初より落ち着いており、中央の王家にも沈静化するかもしれないという報告が上がっていたから、静観する判断がなされていた。
しかし、その裏社会では三つの組織が激しくぶつかっており、最大勢力である『赤竜会』対『黒虎一家』『蒼亀組』連合という図式になっている。
だが、そこに伝書鳩のように舞い降りてきたリューが、入手してきた情報を持ち込んできて、その図式が壊れる寸前である事を『蒼亀組』に知らせた事で、『蒼亀組』は危機感を覚えるのであった。
その『蒼亀組』のボスはなんとサクソン侯爵の与力貴族であるコーエン男爵。
貴族が裏社会のボスを務めているなど前代未聞の事だが、リューも他人の事は言えない立場である。
そのコーエン男爵はそのリューのやり方から学んで自分も組織のボスである事は上手く隠しており、「頭の無い亀」と揶揄される東部における新参勢力の有能なボスだ。
そして、リューはそのコーエン男爵と意気投合し、東部の裏社会の均衡が崩れる事を危惧して協力を申し出たのが数週間前の話である。
リューはすでに『次元回廊』を使用して、マイスタの街から『竜星組』直系の部下をコーエン領都に人数は少ないが送り込み、コーエン男爵の許可の元、拠点を置いて対立している『赤竜会』の情報入手から、同盟関係であるがいつ裏切るかわからない『黒虎一家』まで、両勢力の情報収集を行わせていた。
『蒼亀組』はこの三勢力の中では一番小さいから『黒虎一家』と組んで最大勢力の『赤竜会』と互角に渡り合っている。
その辺りの智謀はコーエン男爵の有能な部分であったが、勝負をつけるのには決定力が足りなかった。
均衡を保っている間に、力を蓄えるつもりでいた『蒼亀組』であったが、ここに来て同盟関係である『黒虎一家』に裏切られると『蒼亀組』は消し飛ぶ。
そうなれば寄り親であるサクソン侯爵が描く東部地方における均衡自体が崩れる事を意味するからそれは避けないといけない。
リューも同じように考えているから、コーエン男爵との共通認識として『黒虎一家』の裏切り意思を変えさせたいところだ。
もしくは、一度、痛い目に合わせてから同盟を結び直すのが最善の策と睨んでいた。
『竜星組』と『蒼亀組』が同盟を結んで『赤竜会』と『黒虎一家』に対抗すればいいではないかと素人は思うだろうが、拠点が王都にある『竜星組』が東部に出張し続ける状態は普通にあり得ない。
それでは後手後手に回るだけだし、リューも東部に張りついておかないといけないから現実的とは言えないのだ。
それにリューは『赤竜会』をよく知らない。
もちろん、『黒虎一家』もだが、東部における最大勢力は伊達じゃないだろう。
「──それで『黒虎一家』から返事は?」
リューはこの日、コーエン男爵と食事を兼ねて密かな会合を開いていた。
「のらりくらりと躱され、色よい返答はもらえていません。やはり、あちらはミナトミュラー男爵が申された通り、『赤竜会』と組んでうちを罠に嵌める気かもしれません」
コーエン男爵は『黒虎一家』に同盟幹部会合を打診して、探りを入れるつもりでいたのだが、あちらも下手な事は言えないから何かと理由を付けて断ってきていた。
きっと何かしら仕掛けてくる前の段階なのかもしれない。
以前なら同盟関係を重要視して、断る事はなかったのだ。
「こちらにはうちの若い衆のミゲルとその部下達を置かせてもらっていますから、いざという時には使って下さい」
リューの背後には右腕のランスキーと若い衆の出世頭の一人であるミゲルが立っている。
ミゲルは以前、リューに反抗的な態度を取っていたが、祖父カミーザの元に送られてから更生……、もとい改心した若者だ。
その上に現在エミリー・オチメラルダ嬢を支援するダミスター商会の会長を任されているアントニオがいる。
「まだ、若いですね……」
コーエン男爵は少し心配する表情を浮かべる。
その横に立っているランスキーならリューの代理として頼りになりそうだと考えたのだろう。
「ミゲルはうちの若い衆の中では指折りの実力ですからご安心ください。人を見る目もありますし、実行部隊をよく任せているのでその辺の経験も豊富ですよ」
リューはそう言うと続ける。
「……と言っても、同盟を結んだ相手として、実力を計っておきたいのが本音でしょう。コーエン男爵側の腕利きの者を相手にちょっと試合させてみましょうか。多少の怪我はうちのリーンが治療しますのでご安心を」
リューの提案にコーエン男爵は少し考えて背後に立つ部下と視線を交わす。
コーエン男爵の右腕であるその男はその横に立つ大きな体躯の男に「いけるか?」と確認する。
「怪我させて問題無いなら、造作もねぇですよ」
大きな体躯の男は、不敵に笑うとそう答える。
こうして、コーエン男爵の街長邸の内庭で急遽、腕比べの試合が行われる事になった。
大男は相手を殺すわけにはいかないという事で棍棒を選ぶ。
対するミゲルは『竜星組』支給の特別製のドスでも良かったが、それだと実力を見せる以前に試合が終わると考え、素手で戦う事を選んだ。
「おいおい、せめてその小さい刃物くらいは使ってくれ。一方的な試合になっちまうぜ?」
大男は頭二つ分は小さいミゲルを見下ろして警告した。
「これを使うと一瞬で終わってしまうからな。それは避けたい」
ミゲルは『電撃』が仕込まれているドスの威力を十分知っているから謙虚に答えたつもりだったが、相手はそうは受け取らない。
「そんな小さな刃物じゃあ、俺には針に刺された程度にしか感じねぇぞ、舐めんな!」
大男は憤ると試合開始を催促する。
「──それでは始め!」
コーエン男爵の右腕の男が、審判として試合を開始すると、大男は間髪を入れず、大きな棍棒を構えてミゲルに襲い掛かるのであった。
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