第400話 お菓子を賭けての勝負ですが何か?

 リューの学園生活は順調であった。


 情報では一年生の勇者エクス率いる上位グループが二年生のリズこと、エリザベス王女の取り巻きである一部の生徒をあまり好ましく思っていないという事だったが、それ以外は波風が立ちそうな問題はこれといってなかった。


 その一部の生徒とはリューの事であったが、本人は全く気にしていなかった。


 この情報はオチメラルダ公爵家のエミリー嬢が、自家に資金提供してくれているダミスター商会に流したものである。


 エミリー嬢もリューに関しては、王女に取り入って爵位を得た成金貴族という認識でダミスター商会の商会長アントことアントニオにも愚痴のように言っていたと聞いている。


 エミリー嬢を支援しているダミスター商会はリューの傘下のダミー商会だから、いわば恩を仇で返している状態だがリュー的には情報が入って来るので気にしていない。


 アントニオにも余計な事は言わないように口止めしている。


 勇者エクスは最大の支援者であるサムスギン辺境伯の子息ルーク、落ち目とはいえ公爵家の令嬢であるエミリー、剣術だけならエクスと並ぶ腕前らしい獅子人族を代表するライハート伯爵家の令嬢レオーナ達が信頼しきっている仲間達からリューについては良くない話しか聞いていないから、完全にあくどい人物というイメージが付いてしまっている様子だ。


 現に休憩時間などに王女リズに時々会いに来る時も傍にいるリューには厳しい視線を送ってくる。


 リーンがその視線を不快に感じて、怒りかけた事もあったが、リューが止めに入ったのであった。


「あのエクスという一年生腹立つわね!他の連中もリューに対して敵意剥き出しじゃない!」


 リーンが昼休みの食堂で食事の最中、全員がいるところで愚痴を漏らした。


「なんだろうね。あそこまで嫌われるような事してないんだけどなぁ」


 リューは苦笑するとリーンをまた宥める。


「一年生の間ではあいつら評判はかなり良いみたいだ。特にリーダー格の勇者エクスは成績優秀だが、それを鼻にもかけないらしく、人気者らしい。まあ、リューに対する態度が悪い事が唯一最悪なところだけどな」


 ランスがリーンの気持ちを汲んでそう指摘した。


「エクス・カリバール男爵家以外のサムスギン辺境伯家、オチメラルダ公爵家、ライハート伯爵家の三家は北部の名門貴族だからな。この数年で伯爵家にまで成り上がり派閥の長になったランドマーク家は別として、三男で最年少叙爵したリューについて、ミナトミュラー家はリューが優秀な家臣の功績を奪って自分のものにした挙句、リズの傍で大きな態度を取っていると思っているみたいだから誤解があるよな」


 イバルがどこから仕入れてきたのか情報を提供した。


「サムスギン辺境伯家のルーク辺りの入れ知恵かもしれないな。あそこは特権階級への誇りが強い北部の代表格だ。他の北部の人間よりその意識が強いのは有名だ。だからリューの存在が気に食わなくってでっち上げている可能性はある」


 ナジンが北部の傾向を知っているのかそう指摘した。


 そこへタイミングよく勇者エクス達一年生が現れた。


「王女殿下、食事中失礼します。今日もお元気そうで何よりです」


 勇者エクスは自然な笑みを浮かべて挨拶する。


「……今日はなんの御用ですか?」


 王女リズも最近よく訪れてくるエクスにちょっとうんざりしているのか言葉に少し棘があるような対応をした。


「今日は北部の伝統お菓子を王女殿下に食べて頂きたくて持って参りました」


 勇者エクスは自身のマジック収納から出来立てのパンのようなお菓子を取り出して、王女の前に置いて見せた。


「……ごめんなさい、カリバール男爵。今日はここにいるリュー君、──ミナトミュラー男爵が用意してくれているのでそれを楽しむ事になっているの」


 王女リズの言う事は嘘ではない。


 この日、喫茶「ランドマーク」の新作をみんなに感想を聞く為に用意していたのだ。


 だから、悪気はなかったのだが、エクスの連れであるエミリー達一同は一斉にリューを睨みつけた。


「リズ、せっかくのカリバール男爵のご厚意だし、僕のは放課後でもいいよ?」


 リューは不穏な空気に気を遣って申し出た。


「王女殿下に対して馴れ馴れし過ぎるぞ、ミナトミュラー男爵。失礼にも程がある。それに俺達に勝ったつもりか?」


 サムスギン辺境伯の子息ルークが、エクスの止めるのも聞かずに口調こそ冷静だが厳しい物言いだった。


「男爵相手に失礼なのはそっちでしょ?」


 リーンが一歩前に出るとルークの無礼な言いようを咎めた。


「待て、ルーク。貴族として地位は絶対なのだろう?今のは君も失礼だぞ?」


 勇者エクスが親友を諭すように止める。


 君も?


 リューは、友人を愛称で呼ぶ事が失礼という扱いなのね?と内心ツッコミを入れるのであったが、それは口にしなかった。


 それをやると確実に揉めると思ったからだ。


「ならば、軽く食事後の腹ごなしに勝負しようじゃないか。そちらは二年生の中で剣技は一番らしいミナトミュラー男爵。こちらは同じく剣技では一番のレオーナ嬢が相手しよう。勝った方が王女殿下に食後のデザートを提供できる。勝敗がついたら、難癖をつけるのはこれ以上無しにしてもらおう」


 ルークはしれっと自分達の切り札であり、同格の男爵である勇者エクスを温存しつつ、剣技でエクスに並ぶというレオーナで勝負を挑むという姑息な手を打って来た。


 それに難癖をつけたのはルーク本人だったのだが、しれっとリュー達が悪いかのように言うのであった。


「……それ、こっちに何の得も無いよね?」


 リューはこの切れ者感を出しているルークに呆れて言い返した。


「一年生に怖気づくのはいささか恥ずかしいですよ、先輩」


 ルークが煽ってくる。


「あんたね!──リュー!あなたが出る必要ないわよ。私が相手するから!」


 リーンが一歩前に出た。


「家臣から奪った功績での爵位では勝てないですもんね……。残念です」


 ルークはなおリューを煽ってくる。


 かなり勝機があると思っているのか自信に溢れているし、この駄策に酔っているようにも見える。


 勇者エクスは止めに入る事なく様子を見ているし、王女リズは止めに入るよりもリューの実力を示した方が早いと思ったのか、心配する事無く安心して静観していた。


「……はぁー。──じゃあ、昼休みも残り時間短いからすぐ終わらせようか。とりあえず外に出よう」


 リューは穏便に済ませる事を諦めると、食堂から外に出る扉を開けて勝負を受ける事にするのであった。

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