第235話 決勝戦ですが何か?

 ランス、ナジン、シズ、イバルが当初から一番注目していた対決、リューとリーンの決勝戦は会場全体が最も注目する試合になっていた。


 二年生、三年生の決勝戦は二の次だ。


「……うわー。変な注目集めてるなぁ。バトラーって子に格の違いを見せる為に剣を交えずに勝ったけどあれが駄目だったのかな?」


 リューは決勝戦の舞台に上がると、苦笑いして汗を拭く。


 控室が反対側にあるリーンもその舞台に上がって来る。


 すると観客席は静かになった。


 息を飲む瞬間だ。


 審判が二人の間に立つと、決勝戦始めの合図を宣言しようとした時であった。


「私、棄権します」


 リーンが突然手を上げると、そう宣言した。


「リーン!棄権はマズいって!」


 リューが、慌ててリーンの棄権宣言を止めようとする。


「だって、勝負はわかってるじゃない。私がリューに勝てるわけ無いもの。毎日、一緒に練習試合してるんだから、今更じゃない?」


 観客席がざわつき始めた。


「今、棄権って言わなかったか?」


「言ったな……」


「怪我でもしたのか?」


「いや、棄権を口走った方のエルフは、接戦をものにしてきてるが、そんな気配は無かったぞ?」


 注目の一戦が行われなさそうな雰囲気に観客席から困惑した声が上がり始めた。


「リーン。ここは、練習試合の一環だと思ってやらないと、お客さん達が納得しないから!──じゃあ、僕が最初に斬りかかるからリーンも相手して後は流れでね?」


 リューが前世でも話題になった八百長試合を彷彿とさせる打ち合わせを、観客の前でやり始めた。


「おいおい!真面目にやれ!」


「後は流れでって、やる気あんのか!」


「集中しろ!」


 観客席からはヤジが飛び始めた。


 かつて決勝戦で、こんなにやる気の無い試合は起きた事がないだろう。


 もう、完全に準決勝までの白熱した雰囲気は「0」になっていた。


「マズいよリーン。この雰囲気で棄権したら僕達の今後の評価に繋がるから!」


 リューはリーンの説得に移った。


「……確かにリューの評価が落ちるのはマズいわ。──審判さん、試合開始の合図をして頂戴」


 リーンはリューの評価と聞いて棄権を断念すると、一転、試合を行う事にするのであった。


「し、試合開始!」


 審判もこの雰囲気に居た堪れないのかリーンの言葉に反応してすぐに試合開始を宣言した。


 ぐだぐだな開始に、観客の不満は最高潮になっていたが、リューとリーンの先程の間の抜けたやり取りからは想像できない本気の激しい戦いが始まると、ヤジは減っていき、観客の声自体が静まって行く。


 そして、激しい剣の交わる音だけが会場に響き渡り始めると、次の瞬間ドッと歓声が起きた。


 リューとリーンの真剣と思われる雰囲気に観客は飲み込まれたのだ。


「す、すげー……!」


「動きが早すぎて所々見えないぞ!?」


「二人もレベルが高すぎるだろ!」


 観客は一転して、この二人の試合に魅了された。


「これが学生の試合なのか……!?」


 各騎士団のスカウト達が、このハイレベルな戦いに息を飲み、学園側から出された出場選手の経歴をまた、確認する。


「リュー・ミナトミュラー騎士爵。最年少で爵位を得たのはわかっていたが、これほどまでの腕とは……、ぜひうちに欲しいな……」


「エルフのリンド村の村長であり英雄の一人であるリンデスの娘リーン。こちらも細剣の使い手としてすでに一流の領域にあると言っていいかもしれない……。これはバトラー以上に欲しい人材だ」


「資料をよく見ろ。ミナトミュラー騎士爵は、すでに街長として務めを果たしている。スカウトは無理だ。エルフの方は、そのミナトミュラー騎士爵の身内らしい」


「……なんと!──親はランドマーク子爵か……。最近よく聞く名だが、人材に恵まれているな……」


「「「そうなるとやはり、バトラーを是が非でもうちに!」」」


 リューとリーンの試合を真剣に観戦しながら各スカウトは、数年後に採用する為に、敗者であるバトラーに唾を付けようと企むのであったが、そのバトラーはリーンとの約束によって、リューの手下に決定している事を知る由もなかった。


 と言っても、リューが首を縦に振らないと、どうしようもない約束なのであったが……。



 リューとリーンの激しい戦いはしばらく続くと、剣が激しくぶつかる度に、歓声が上がる。


 その激しい戦いを繰り広げる当人達はいたって冷静で、視線を交わすと一旦距離を取った。


 一呼吸置くと、二人の突きが交差する。


 上空にリューの剣と、リーンの細剣が舞い上がった。


「「参りました!」」


 二人が同時に負けを認めるという奇妙な光景であった。


 これは、二人が結局、これ以上本気で続けると怪我をすると判断し、八百長を行った瞬間であった。


 お互いがお互いを勝たせる為に、アイコンタクトをしてお互いが剣から手を放して上空にタイミング良く投げたのだ。


 二人とも負けて試合を終わらせようとした為に、この奇妙な状況になったのであった。


 ……


 ……


 ……


 観客は地面に乾いた音を立てて落ちる二本の剣を見て、数瞬静かになった。


 そして、


「「「「「結局、やらせかい!」」」」」


 と、総ツッコみするのであった。




 まさかの両者同時降参宣言に、観客席は不満で大荒れであったが、やってしまった事は仕方がない。


「何でリーンが降参するんだよ!」


 リューは、愚痴をこぼした。


「それは私の台詞よ!どう考えても私が負けてリューの名を轟かせるチャンスだったじゃない!」


「だって、僕の方はバトラー戦まで大した試合してないから、観客席の盛り上がり的にリーンの勝利で、大団円でしょ!」


「もう、何言ってるのよ!ミナトミュラー家の名を世間に知らしめないと、全部意味ないでしょ!?」


 リーンが、会場の空気を読み過ぎたリューに呆れて見せた。


「……確かにそうでした」


 リーンの言葉にリューも納得するしかないのであった。



 この後、これ以上の試合は観客のブーイングから続行不可能と判断され、二人は同時優勝扱いとなった。


 王立学園の剣術大会史上、初の同時優勝と共に、八百長疑惑までがセットの前代未聞の大会になった。


 校長先生に呼び出された二人は前代未聞の八百長疑惑で説教されるのであったが、試合内容は十分評価されるレベルの内容だったので、最終的に不問に付したのであった。

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