飛天ナユタ

第4話・飛天ナユタ 【幽霊惑星の秘密】〔ラスト〕このストーリーは最終ZERO章に繋がっています


 軍事惑星【リタリエイト】──星の砂漠にある『軍事施設』では、連日ある実験が行われていた。

 地下に建造された広大な格納庫には、巨大な宇宙戦闘艦が隊列で他の軍事兵器と一緒に格納されていた。

「よし、今度は波長を変えた跳躍波を戦艦に向けて照射してみよう」

 強化プラスチックで、実験格納庫と仕切られた部屋から、マイクを通して下にいる防護服の所員たちに指示を出しているのは、若き科学主任『飛天ナユタ』だった。


「デミウルゴス文明の遺跡から発見された石板に示されていた跳躍波は、まだ人体にどんな影響を与えるのか分からないから、十分に注意して実験を続けてくれ」

 目頭を軽く指先で押さえ疲労した様子のナユタは、白衣を脱ぐとサブ主任の男性に。

「後は頼む、今日はこれであがるから」

 そう言い残して、部屋を出た。

 軍事施設の通路に設置された、飲み物のカップベンダーで購入したヒーコーと呼ばれる、惑星リタリエイト特有の飲み物を飲んでいると。

『特別居住区許可証』のカードを首から下げた、少し年配の女性がナユタに話しかけてきた。

「今日はもう、仕事は終わり?」

 十歳近く歳が離れた、婚約者のニオン・リユの言葉に返答するナユタ。

「あぁ、今日は二人で過ごせる」

「良かった、料理を作って待っているから」 

 そう言い残して、リユは微笑み去って行った。


 小一時間後──軍から

与えられた住居で、二人だけの時間を過ごすナユタとリユの姿があった。

 オレンジ色の室内照明の中、オーブンから取り出され皿に移されたチキンに似たローストされた四脚の鳥類肉を、ナユタが待っているテーブルの上に運んで置いたリユは、細い麻ヒモで束ねてあった十字架の金串のヒモをほどくと一本づつ。

「ふんっ、ふんっ」

 と、唸りながら四脚鳥足のローストに突き刺し、ロウソクを金串の頭に刺して火を灯す。

 リユがナユタに言った。

「ナユタ、誕生日おめでとう」

 火花を出して爆発するクラッカー、飛び散る紙テープ。

 頭に引っ掛かった紙テープを外しながら、ナユタが言った。

「ありがとう、リユ」

 ささやかな二人だけの時間……ロースト肉を皿に取り分けて食べながら、リユが言った。

「今やっている、軍事実験まだ続けるの?」

「そのつもりだけど、どうしてそんなコトを聞くの?」

「できるなら、来月の結婚式までにプロジェクトメンバーから、外してもらうコトはできないかな……なんとなく、このまま実験を続けていたら恐ろしいコトが起こりそうな気がする。デミウルゴスの跳躍科学技術って……もっと平和的な方向、例えば恒星間の移動に使った方が」

 ナユタの二又フォークを持つ手が止まる。


「そのコトは前から話しているだろう……まだ不完全な制御しかできない、未知の航行跳躍エネルギーと跳躍空間……平和的な利用をしたくても、軍政府は兵器利用するコトしか認めてくれない」

「でも……それじゃあ」

「今は軍の方針に従うしかないんだ、無敵の艦隊が完成すれば長年続く恒星間戦争に勝利して平和が訪れる──そうなれば宇宙航行に跳躍技術を使う研究もできて、開発者として軍から生活が一生涯保障されるからリユも幸せになれる」

 リユはナユタの言葉に、少し悲しい顔をした。

 ナユタがテーブル越しにリユの肩に両手を添えて言った。

「明日、実験しているところを直接見てもらえばリユも、オレたちがやっているコトが正しいと理解できる……特別に見学できるように頼んでみるから」

 歳上の婚約者は、ナユタの言葉に静かにうなづいた。


 翌日、実験現場にナユタが連れてきた婚約者を見て、サブ主任の男性は怪訝そうな表情をした。

「軍事の実験場に婚約者ですか?」

「見学許可の話しは通してある……実験をはじめてくれ、今日は変調したエネルギー波とイプシロン亜空間を組み合わせてみよう」

 実験が開始される。

 渦巻き状のエネルギー波を照射された戦艦が、淡い燐光を放つ。

 計器で経過を観察しているサブ主任が言った。

「今までと異なった数値でいい感じです、この調子だと敵の攻撃を無効化できる無敵の艦隊が……おいっ、そこの作業員なにをしている!?」

 サブ主任は、不審な行動をしている防護服の人物を発見して、マイクを通して怒鳴った。

 不審な人物が走り出したのを見て、サブ主任が眼下の実験格納庫にいる作業員たちに指示を出す。

「捕まえろ! 敵星のスパイだ!」

 逃げるスパイに次々とタックルをして、逃亡を阻止しようとする作業員。

 タックルで吹っ飛ばされたスパイが、近くにあったレバーを下げる。

 鳴り響く非常事態発生の警告音、点滅する室内赤灯、計器が異常を表示する。

 慌てて計器を確認したサブ主任の顔色が、蒼白に変わる。

「危険数値です! 飛天主任、婚約者の方と一緒に早く避難を!」

 怯えるリユが格納庫を指差す。

「ナユタ……あれ」

 見ると、戦艦が少しづつ透過して、内部構造が見えていた。

 透過しているのは宇宙戦艦や宇宙空母だけではなかった、人も、機器も、建物の壁や床や天井が透過して内部がみえている。

 おぞましい光景だった。やがて人体だけが黒い影のように変わる。

「なんだ、あの現象はいったい?」

 次の瞬間、眩い閃光爆発が格納庫全体で起こり、吹っ飛ばされたナユタたちは意識を失った。


 実験施設の爆発で吹っ飛ばされたリユ・ニオン

は、遠方の砂漠都市の路地裏にうつ伏せで倒れていた──すでに、爆発時のショックで命を失っていた。

 リユが倒れている周囲は、リユがいた部屋の角がえぐられるようにリユごと移動していた。

 砂漠都市では、異常現象がはじまり、人々の悲鳴が響き渡り続けている。

「建物が透き通っていく!?」

「きゃあぁぁ……指先が黒く、いやあぁぁぁ!」

 建物や地面が透過して、内部が見えていた。

地下の配管や壁の中の配線や建物の支柱が現れ、さらに透過が進行していく。

 幽霊のように透き通っていく建物……なぜか、人間だけが黒く影化している。

 あちらこちらで透過が進行する中──死亡したリユの背中側数センチ上に、渦巻く楕円形の平たい星雲のような光りが出現した。

 ミニチュア星雲は、リユの亡骸に吸い込まれるように入っていく。

 星雲がすべてリユの体に吸収されると、目を開けたリユがゆっくりと立ち上がって、確認するように手を開いたり閉じたりしてからニヤッと笑う。

「不細工なシュミハザ文明生物の体だが悪くない……どこにいる? 我が種族を滅亡させられたこの恨み。デミウルゴス文明の種族は一匹残らず抹殺する」

 人々の悲鳴の中、足下に生じた星雲の輝く渦の中に、別の存在が侵入したリユの姿は沈み消えた。


 ナユタが意識をとりもどしたのは、熱い風が吹き抜ける、リタリエイトの砂漠だった。

(いつの間に施設の外に?)

 うつ伏せから少しだけ上体を起こしたナユタが見たのは、えぐられるように砂漠に放置された、ナユタたちがいた部屋の三分の二の部分だった。

(リユ!? リユはどこに?)

 衣服は爆発の衝撃でボロボロになっていた。

 ナユタは欠けている部屋の部分と空に目をやってから、遠方に視線を移す。

 砂漠には施設の随所が、部屋と同じようにえぐられた状態で放置されていた。

 ナユタ以外の一緒に部屋にいた者たちも、意識を取りもどして起き上がる。

「主任、これはいったい? どうなっているんですか?」

 ナユタにも説明ができない現象だった、研究所所員の一人が離れた砂漠の砂山を指差して叫ぶ。

「消えている……透き通って、砂の下の地表が見えている!!」

 指差した方角を見ると、砂漠のあちらこちらで穴が空いたように、惑星の透過がはじまっていた。


 悲鳴を発する別の所員、振り返ると顔の半分や片腕が、影のように黒く侵食している所員の姿があった。

 影化していく恐怖に、顔の半分を歪める所員。

「助けてください! やだぁ! 影になるのはやだぁ!」

 次々と影人間化する、ナユタ以外の所員たち……サブ主任も足の方から影に変わっていく。

「主任、逃げてください! できる限り遠くに! さようなら、主任」

 影になった人間たちが揺らぎ立ち、ナユタは砂漠を逃げた。透過が進行する惑星。

 砂山を二つばかり越えたところにあったオアシスの泉に、ナユタは砂山を転がり落ちるように突っ込んで湧き水で渇いた喉を潤す。

 水を飲んでいるナユタの肩に円月刀の刃が当てられ、ゆっくりと振り返り、立ち上がったナユタの目に。

 遊牧民風の衣服を着たキャラバンのリーダーらしき顎ヒゲ男が、鋭い目つきでナユタを睨んでいた。


 オアシスは、砂漠を旅する商人キャラバン隊の休憩拠点だった。

 広げた布屋根のタープの下やテントを張った樹の下にいる、キャラバンの男たちもナユタを睨みつける。

 顎ヒゲ男が言った。

「おまえ、軍の地下研究施設の人間だな、いったい何をした? この状況を説明しろ!」

 砂漠のあちらこちらが、透過していて地層の奥底から、さらにマントル層まで見えている箇所もあった。

「星が透き通って、生き物が影のように変わっていく、これはいったいなんだ? 何が起こっている!」

 影のトカゲが近くを走り、影の魚がオアシスの湧き水の中を泳ぐ……オアシス自体も、水底からさらに水脈まで見えはじめていた。

 首を横に振るだけのナユタに、キャラバンのリーダーが怒鳴る。

「黙っていないで答えろ!」

 リーダーの持っている円月刀が影化をはじめて、刀から腕に影が侵食していく。 

「うわぁぁぁあっ!?」

 その場から逃げ出すキャラバン隊。逃げる男たちは次々と影人間化して揺らぎ、透過した星に吸い込まれるように消えた。


 ナユタの胸に影が染みのように現れ広がっていく。

「これが、デミウルゴス文明の遺産を誤った方向に利用しようとした愚か者に対する報い……な、のか」

 そのまま、うつ伏せに倒れたナユタは動かなくなった。

 幽霊惑星化が進行する中、倒れたナユタの背中側数センチ上に、星が煌めく楕円形のミニ宇宙空間が出現した。

 宇宙空間はナユタの体の中に、吸い込まれて消え、目を開けた飛天ナユタが立ち上がる。


 片腕指先から胸の辺りまで、広がった宇宙空間がナユタの胸に浮かんでいた影を、侵食するように飲み込み消した。

 ナユタは自分の顔を撫で回して呟いた。

「悪くない生体だ……微かに生命エネルギーが残っていたな。さてと、体を借りるのだから、この生命体の人格や記憶を利用させてもらうとするか……ふむっ、飛天ナユタというのかこのシュミハザ文明の生命体の固有名称は。しゃべり方は……こんな感じかな?」

 未知の生命体が入り込んだ飛天ナユタは、ボコボコと穴が空いてきた砂漠を見回して言った。


「デミウルゴス文明の跳躍技術を軍用に使おうとして、失敗した結果か……まったく、同じ過ちを飽きもせずに繰り返す……銀牙の旋律は、まだ奏でられていない……この星も終わりだな別の惑星に移動するとするか」

 ナユタは、キャラバン隊が置いていった荷物の中から遊牧民風の衣服を取り出すと、ボロボロになった衣服を脱ぎ捨てて遊牧民風の衣服に着替えた。

「この方がいい……デミウルゴスの種族に恨みを抱き、一匹残らず抹消しようとつけ狙っている、アイツに出会う前に【幽霊惑星】から逃げるか」

 ナユタは足下の自分の影に沈んで消えた。


〔飛天ナユタ〕プチ~おわり~

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