銀牙無法旋律【プチ】

楠本恵士

アリアンロード家

第1話・ルルル・アリアンロード① 【最後の妖精種族との出会い】


 若き日の織羅・豪烈が無謀な冒険で、ピンク色をした軟質岩石の小惑星に不時着遭難して──星を千切って食べていたころ。


 執事のハンプティを従えて、単独で冒険をしていた。

 ルルル・アリアンロードは『最後の絶滅種妖精が捕獲された』と噂があった、惑星を訪れていた。

 雑踏の市場内を歩き、とある骨董店に足を踏み入れたルルルは、用途不明な骨董品が乱雑に置かれた店内を進み。

 店奥で椅子に座り、広げた惑星新聞を読んでいる、一つ目で全身長毛のバケモノに声をかけた。

「捕らえられた絶滅危惧種の最後の妖精が、この店で売られていると耳にしたのですが?」

 ルルルに話しかけられても、一つ目のバケモノは何も答えずに新聞のページをめくる。

 その時、骨董品の後ろから身長三十センチほどで直立した、古代エジプト風の衣装を着たネズミに似た生き物がホウキで床を掃きながら現れ、ルルルに言った。

「そいつは、店のペットだ……店主はオレだ」

 まるで、エジプトの壁画に彫られていそうな姿をした、ネズミ店主はルルルを見上げて言った。

「最後の妖精の話し……どこから聞いた?」

「いろいろと、情報の入手経路を持っているもので……この店にいるのですか? 妖精?」

「あんた、アリアンロード家の人間だな……ついてきな、そのタマゴみたいなヤツも一緒に連れて」


 エジプトネズミの店主は、ルルルたちを店のさらに奥へと案内した。

 電子ロックがかかった、銀行の金庫のような、分厚い金属扉を開けて入った部屋の中央に淡い緑色のライトに照らされた。楕円形のカプセルが設置されていた。


 カプセルの中には、腰の辺りまで髪が伸びた、等身の可憐な少女妖精が横座りした状態で入れられていた。

 少し枯れた葉っぱで作られた、粗末な衣服を着て。

 腰から数センチ離れた空間位置に妖精羽が浮かぶ最後の妖精は、部屋に入ってきたルルルの姿を悲しげな目で見る。

 カプセルに近づいたルルルが、カプセルの表面に手の平を当てると。妖精も手をカプセルの内側から合わせる。


 エジプトネズミの店主がルルルに言った。

「あまり近づかないでくれ……環境カプセル内の大気成分が変化したら、売却済みの商品が死んでしまう」

「買い手は、絶滅種専門の悪食金持ち集団か?」

「そこまで、闇情報を把握しているとは驚きだな。

そうだ『最後の絶滅種を調理してディナーで食べるコトが』自分たちのステータスだと思い込んでいる、あのカルト的な金持ち集団だ」

 ルルルは妖精が入ったカプセルから、距離をおく。

 エジプトネズミの店主が言った。

「あんたが、いくら高額や高価な金品を出して、妖精を買い取って保護しようとしても連中は決して首を縦には振らないだろうな」

 ルルルは、冒険者クラブの活動を行いながら、同時に星を巡り絶滅生物の保護活動もはじめていた。

「妖精は三体捕まえたと聞きましたが」

「二体はカプセル内の大気状態が悪くなって死亡した──捕獲された星の大気じゃないと、こいつらは生きられないからな。少量でも外部の空気が混じると妖精は死ぬ……この一体が最後の一体だ」

「死んだ妖精の遺体から遺伝子を取り出して、再生復活させるコトは?」

「不可生物だ」

 店主がフレキシブルジョイントチューブがカプセルに繋がっている装置のスイッチを切ると、ライトの明かりが消えてカプセル内が暗くなり、妖精の姿が見えなくなった。

 店主が言った。

「死んだら剥製にでもして飾るか、ブラスチック樹脂で水中花のように固めて標本にするしかないな……あんた、この妖精を悪食者から助けるつもりか?」

「そのつもりです」

「ムリだな……連中が簡単に最後の妖精を手放すはずがない……ただ一つだけ、方法があるとすれば」

 店主はルルルの後方に立つ、ハンプティ・ダンプティ型の異星人を見た。

「近々、この星で。最後の妖精を食うために買った悪食金持ち連中が、娯楽で開催している走法レースの優勝者賞品として出される。

金持ちの戯れチキンレースだが……そのレースに疾走して優勝すれば妖精は賞品として手に入る……が」

「……が、とは? レースに何か裏があるのですか?」

「さすが、アリアンロードの御曹子、勘が鋭い…… 最初から優勝者は決まっている八百長レースだ、悪食連中は妖精を手放すつもりは毛頭ない……それに、疾走エントリーできる種族も決められている。

大地を走るトリ型の種族と……あんたの後ろに立っているような」

 エジプトネズミの店主は、執事のハンプティを指差す。

「タマゴ型種族だ、その体型を見る限り走れそうにないな……妖精は諦めろ」


 ルルルは少し思案する素振りをしてから、執事のハンプティに言った。

「ハンプティ、ボクの代わりに疾走レースにエントリーして、死ぬ気で走ってもらえませんか?」

 ハンプティが自分の胸をドンッと手で力強く叩く、胸にヒビが走る。

「わかりました、アリアンロード家の執事に恥じないように、殻が砕けても最後まで走り続けます」

 二人の会話を聞いていた、エジプトネズミの店主が呆れて怒鳴る。

「あんたら、今の話を聞いていなかったのか! 崖から落ちて死ぬぞ! 今、胸にヒビも入ったじゃねぇか!!」


 チキンレース当日──参加選手たちは、スタートラインに横一列に並ぶ。

 走るのはニワトリ型異星人ランナーが大半で。タマゴ型異星人は、ハンプティただ一人だった。

 頭にハチマキを巻き。

 胸にバツ印の絆創膏を貼って、疾走前の準備運動をしているハンプティを、隣に立つニワトリ型異星人の雄鶏ランナーは、ハンプティを横目で見ながら小バカにしたような笑みを浮かべている。

 優勝候補のニワトリ走者『ロードランナー』と名乗った、その選手がハンプティに話しかけてきた。

「あんたも、チキンレースに出場するのか……恥をかく前に、辞退するなら今のうちだぞ。優勝はオレに決まっている」

「そうですか……勝負はやってみないとわかりませんよ。お互いにベストを尽くしましょう」

「ケッ……ニワトリがタマゴに負けるかよ」


 チキンレース開始時刻になり、ランナーたちは一斉に崖に向かって走り出した。

 先頭に出てきたのは、やはりロードランナーのニワトリだった。

 ロードランナーと、後方を走る他のニワトリとの距離は徐々に開いていく。

「オレのこのスピードについてこれるヤツなんか……なっ!? なにぃぃ!?」

 ロードランナーと並ぶように転がる、白いタマゴ……レースの熱い実況が入る。

《おおっと! これは予想外の展開だ! 優勝候補のロードランナーに並んだのは、アリアンロード家のタマゴ執事だぁ! ニワトリが先か! 

タマゴが先か!

ニワトリ! タマゴ! ニワトリが先! タマゴが先! どっちだどっちだ、勝負の行方は混沌としてきたぁ!》

 崖っぷちが近づくにつれて、ロードランナーを除く他のニワトリたちは次々とリタイヤしていく。

 最後にロードランナーが、白線が横に引かれた地点で急停止する。

(これ以上、先へ進める度胸があるヤツがいるはずが……なっ!?)

 転がってきたタマゴ執事が石にぶつかり、大きく跳ねると。

 地面に顔面を擦りつけながら、断崖に向かって滑っていく。

「ごごごごごっ──ふぅぅぅ」

 奇妙な声を発しながら、崖っぷちに向かって滑っていくハンプティは、そのまま崖から空中に飛び出して……落下していった。

《勝ったのはタマゴだぁ! タマゴが先だぁぁ!》

 ハンプティが滑った痕には、卵の殻の破片と白身の道が続いていた。

 その場に座り込んだ、ニワトリのロードランナーが清々しい笑みを浮かべながら、落ちていったハンプティに向かって敢闘を讃えて親指を立てる。

「完敗だ、負けたよ。こんな気分になったのは久しぶりだ……今まで大切なコトを見失って忘れていた……やっぱりタマゴが先だったな」


 アリアンロード家の別荘惑星、アリアン城──その一室に、執事の犠牲的な勝利でチキンレースの賞品として受け取った。

 最後の妖精が入っている楕円形カプセルに近づいたルルルは、カプセルの外側を手で触れる。

 等身妖精の少女も、内側からルルルの手に合わせる。

 助け出された妖精はどこか嬉しそうだった。


 ルルルが、後方に立って見ている執事のハンプティに言った。

「すまない、そんな姿になるまで頑張ってくれて」

 ミイラのように包帯で、全身をグルグル巻きにされた、ハンプティが

言った。

「ルルルさま……お気になさらないでください。卵を割らずにオムレツは作れないですから……モゴモゴ、おっと黄身が包帯の外側に染み出てくる」


 妖精はカプセルの内側に生えている少量のコケを食べて、命を繋いでいるようだった。

 ハンプティが、妖精とカプセルの外と内から手を合わせているルルルに

質問する。

「ルルルさま、この先、その最後の妖精をどうするおつもりですか? カプセルから出たら死んでしまう妖精を……保護はかなり難しいですよ」

 ハンプティが言うように、最後の一体からクローニングが可能なら複製を生み出して絶滅から救うコトもできるが。

「再生不可生物の妖精か」


 ルルルは、同じアポリア大学のクローニング学科で、生物の複製研究をしている『亜・穂奈子』という名の女子大生から、再生不可生物について質問して話しを聞いたことがある。

 すでに天才女子大生の穂奈子は、自分のクローン数体の誕生に成功していた。

「再生不可生物の細胞は、人の手が加わるコトを極端に嫌がって自滅する……それにクローニングって、結構繊細な技術よ。

あたしも自分のクローン作っているんだけれど……うっかり、洗浄不足で紛れ込んでいたイカ型生物の細胞遺伝子と融合してしまったクローン体が誕生したコトもある」

 穂奈子はまた、科学を越えた強い想いと絆があれば、奇跡が起こるかも知れない……とも言っていた。

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