第7話 佐藤さん!?

 ガキィィィィィン、と今まで聞いた事もないような音が洞窟内に鳴り響いた。

 ィィン、ィィィン、ィィィィンと、音の尾が壁を駆け巡って、どこまで反響していく。

 耳をふさぎたくなるその響きのなか、パラパラと、見えざるシールド、アイギスが壊れていく音を聞いた。


 今の今まで確かに何もいなかった、ただ洞窟が続いていただけの光景は、しかし線を越えた途端に一変した。

 線を越えるとすぐに、真っ白な光につつまれ、先の音に見舞われたのだ。


「伏せ!」


 私は犬か!! と突っ込みたくなるような号令が下され、素直に虎徹の上にへばりつく。もう、この体勢もなれたもので、目線だけをあげて前方を目視する事が出来るようになった。

 ぐいんと、虎徹が弧を描くように、次々と土を蹴って移動する。


「くっ」


 カイの口から苦しげな息が漏れた。

 アイギスを一撃で破壊し、カイが、伏せ「て」を付け足す余裕がないほどの強敵が現れた。

 なんでええええええ。

 下層より中層の敵のほうが強いってどういうこと!?

 ぼひゅんぼひゅんと音を立てて飛来する火の玉を、カイが槍で切り落とす。

 ……切り落とす。なんで切れちゃうの!? とか、突っ込んだら負けだと思ってる。

 もうもうと舞う土ぼこり。喉は排ガスを思いっきり吸い込んだ時のようにいがらっぽく、目には涙が浮かぶ。

 ゆらりと黄土色の膜の向こうに、影がゆらめいた。

 ――小さい!? 

 私は、その影を信じられない思いで見詰めていた。

 二足歩行、きちゃったよ……。

 背後を振り返ってカイの表情を確認する余裕はないが、強く躊躇しているのが全身から伝わってくる。


「逃げよう」


 零れた声は泣き声に近かったと思う。

 だって、アレは……子供だ。

 ゆらり、ゆらり、と歩行しながら、薄くなる土煙の中から、姿を現しつつある影は、私の腰ほどまでの丈しかない。

 どうみても子供にしか見えなかった。


「カイ、逃げよう……カイ!!」


 タタンッタタンッと、虎徹を駆るカイ。

 しかし、影の周囲を飛び回らせるだけで、退こうとはしない。


「カイ!!」


 私は悲鳴をあげるように名を叫んだ。

 とうとう、影が姿を現した。

 丸い頬。錫杖を握る小さな手、サラサラと流れる肩までの髪、そして、頭部についた……猫耳。

なに、あれ、可愛い。

 くりっと丸い目はつり気味で、ぽやんぽやんの頬には渦巻き模様。

 短い足には不釣合いなほどに大きな靴は歩くたびにカポカポと音をたてる。

 人ではない。人ではないが、限りなく人型だ。いくら死体が消えるとはいえ、あれを斬るのは……


「……さ、ん」


 手綱を握る腕に手を這わせようとしたとき、カイがかすれた声で何かを呟いた。ピタリと虎徹が跳躍を止める。

 その間にも、目の前の、なにあれ可愛いな生物はぶつぶつと唇を動かし、手にした錫杖が淡く光を放ち始めた。

 これでもかというほど長い尻尾は毛が逆立って、小刻みに揺れており、どう見ても怒っている。

やばいっす。まじでやばいっす!

 アイギスはない、カイは放心のこの状態。

 お母さん、先立つ不幸をお許しください。私のPCはトンカチで叩いて壊してから破棄してください。あと本棚の右端上にある辞書のカバーは外さないで下さい。

 ぶるぶると震える頬に、目尻にたまっていた涙がするりと落ちた。

 どんどんと強さを増す錫杖の光。眩しさに目を細めた時、背後でカイが叫んだ。


「佐藤さん!! 俺です! カイです!!」


 あら、お知り合い?

 私は、はたと前方の、なにあれ可愛いな生物を見詰めた。

 ええええええ!? あれ、お知り合いですか? プレイヤーですか? 何で攻撃してくるの!?

 はっ、そうか、あれが噂のPK?

 私は、ぽんと頭のなかで手を打った。

 や~~~~め~~~~て~~~~。私を攻撃しても一文の得にもならないから、なにせ、まっぱだから、無一文だから! 後ろの人は色々もってるみたいだけど、何も知り合いを殺るこたあないでしょうに!


「佐藤さん! 佐藤さんですよね!? 俺ですよ、カイです!」


 血を吐くようなカイの叫び声に、なにあれ以下略が、ぴくりと体を揺らした。


「カ……イ?」


 しゅううううと途端に光を失う錫杖。

 最後にぷすんっと音を立てて、光が消えると、なにあれ以下略はカランと地面に杖を転がした。


「カイ? カイ? カイなのか? 本当にカイなのか!」


 ぽろぽろと大粒の涙をこぼしながら、なにあれ以下略はその場にがくんと膝をついた。

 ぱっと虎徹を降りたカイが駆け寄って、小さな肩を両手でつかむ。


「そうです、カイです。佐藤さんもここに来ていたんですね。ひょっとしたらそうじゃないかと……」

「カイ……。そうか……僕だけじゃなかったんだな。……っ。くそっ」


 力なくカイの言葉に答える佐藤さん? は眉を寄せてぐっと唇を噛み締めた。


「何てことだ。僕だけじゃないとしたら、まさか、まさか、他にも僕達のような人間がいるのか!?」


 感動の再開を果たしたらしい二人の側に、よじよじと虎徹から降りて、近づく。


「あの~。オクトと申します。はじめまして、佐藤さん」


 その他にもいる人間です。

 ばっと顔をあげて私を見た佐藤さんは、次の瞬間、だっと地を蹴って、錫杖を構えた。


「え、あの……佐藤さん?」


 ブィィィンと再び光を放ち始める錫杖。

 まさかのPK再び!?


「佐藤さん!! 彼もプレイヤーです。俺らと同じなんです!」

「……な……に?」


 佐藤さんは眉をひそめて私を凝視する。

 え、てか、私「彼」扱い?


「……しかし……なぜ」


 裸なんだとおっしゃりたいんですね。


「今まさにゲームを始めようとしていたところで、倉庫に行く間もなくここに飛ばされたんです」

「そ、うなのか?」


 と、佐藤さんは、何故か私でなくカイに顔をむけて尋ねる。カイはこくんと頷いた。


「下層で倒れているところを見つけました」

「そう……か」


 ようやく納得してくれたらしい佐藤さんは、ぶんと軽く杖をふって戦闘態勢を解除する。


「あの! 佐藤さん。始めまして、オクトと申します」


 私は、未だどこか焦点の合わない佐藤さんに向かって深々とお辞儀をした。


「あ、ああ、佐藤だ。よろしく頼む」


 くいっと中指で何もない眉間の前を押し上げる佐藤さん。

 空をきる指に、はっと、顔を離して、己の手をまじまじと見詰める。

 どうやら中の人は普段眼鏡をかけているらしい。

 力なく首をふる姿に、何ともいえない悲哀を感じる。

 性別の変わってしまった私もたいがいだが、こんな、なにこれ以下略な姿になってしまった、カイの 態度からして恐らくそこそこの年齢の男性だろう佐藤さんも哀れだ。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 にっこりと微笑めば、悄然とした笑みが返される。

 ずっと、一人でここにいたのだろう。

 震えの止まらない指先が痛々しい。

 早々にカイと出会えた自分の幸運を、私はこのとき思い知った。


「佐藤さん、虎徹は?」

「あ、ああ。この先の窪みに置いてきた」


 まずはそこまで戻りましょう。と虎徹の手綱を引いて歩きはじめるカイ。

 そのあとに続こうとした佐藤さんの手を、私ははっしと掴んだ。

 びくっと肩を震わせて振り返る佐藤さんに、私は一縷の望みをかけて言葉をかけた。


「予備の装備、持ってませんか!?」


 と。

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