第49話

「ちょ、ちょっとレオナ……! 引っ張るなってば……!」


「急いでください先生! 時間は有限ですよー!」


 今日はゆっくりと過ごそうとしたのだが、昼頃になってレオナから急に引っ張り出されてしまった。部屋着のまま、何とか壁に掛けてあったローブだけを羽織り勢いに乗せられて街中を歩く。


「最近の先生は引き籠り過ぎです! 外に出て、リフレッシュしましょう!」


「分かったから……引っ張らないでくれ……ひぃ、つかれた……ちょっと待って……」


「あはぁ、体力無さすぎですってばぁ! 毎朝走り込みでもしますかっ?」


「か、勘弁して……」


 魔法使いとは引き籠る生き物なのだ。冒険者であるレオナには理解できないだろう、体力の無い人間の気持ちが。


「ギルドに顔を出しても仕事を貰うだけ貰ってすぐに帰るじゃ無いですか。もっとゆっくりしていけばいいのに……」


「……ははっ、時間は有限だからさ」


 一体何に言い訳をしているんだと自分でも可笑しくなってしまう。最近の俺は確かにギルドから仕事を貰っている。


 だが、ギルドの滞在時間は精々五分程度だ。急かしながら仕事を貰い、数十秒で依頼をこなし帰路に就く。一日で大量に稼ぎ、一週間程度は引き籠る。それが今の俺の生活ルーティーンである。


「どうしたんですか? 何かありました?」


「……いや、何も無い……ぞ? 何も無い……よ?」


「うへぇ、何ですかその反応……。おっ、居た居た。おーいっ!」


 居た? 俺はここに居るぞ? もしかして誰かと待ち合わせをしているとでもいうのか?


 レオナの視線を追う様にして見てみると、人混みの中で頭が一つ分はみ出している大男が突っ立っていた。赤茶色の短髪に海賊風のコートを靡かせ、エイプリルが組んでいた腕を解いてこちらに手を上げる。


「どしたよレオナ、いきなり呼び出してよ。飯でも奢って欲しいのか?」


「そんなトコです! 先生と一緒にご飯でもどうかと思いましてっ!」


 レオナがエイプリルに近付き、俺は少し離れた地点で立ち止まる。


「お、ザイン大先生じゃねえか! お前さんよぉ、全く顔出さねえじゃねえか。その癖依頼は受けてるみてえだしよォ」


「――――ごめんお腹痛いから帰るっ!」


「先生っ!?」


 即座に境界線を飛び越えて、レオナの反応を振り切り屋敷へと帰宅する。


 エイプリルとはあれ以来……襲撃の日以来会っていない。顔面を砕かれたエイプリルを治療してから、俺は彼の顔すら見ていないのだ。


 何となく後ろめたさがあり、彼から逃げる様に過ごしては来たが、レオナの所為かおかげか、今日という日に再会してしまった。


「ここは……倉庫か……?」


 あまりの事態に気が動転している様だ。屋敷の方では無く、庭にある倉庫の方へと飛んでしまったらしい。未だに心臓が跳ね動いているのを感じ取れてしまう。


「ザイン……?」


「うおっ!? なんだ……ロウか……」


 いきなりの声に飛び退きかけるが、どうやら倉庫の奥でロウが遊んでいる様だ。色々な物を詰め込んでいるから、確かに子供にとっては最適な遊び場なのだろうな。


「何してるんだぁ、こんな所で。面白い物でもあったかぁ?」


「うん、コレっ……!」


 小さな手に握られていたのは肌色をした物体。シリコン製でボールの半分に切り取り、空気を抜いた様な形状。男で使用する事は無いであろう、女性の精一杯の見栄の為の必需品。


「あぁ……っとお……だな……」


 所謂、胸パッドである。


 最近になってリゼが倉庫を出入りしているなと思ったら、そういう理由だったのだろうか。


 ロウの奥には棚があり、巧妙に隠されながらも何種類かの物がはみ出てしまっている。


「それは、元に戻しておこっか」


「これ、なに……?」


「ロウが大きくなったら、次第に理解が出来る筈だよ」


「むぅ……風船……みたいなの」


 何度か端を持ちながら引き伸ばし、満足した様に元あった場所へ戻してくれた。願わくば、ロウには必要ありません様に。


「ザインはどうしたの? レオナと出て行ってたのに」


「俺は……そう……だな……」


 ロウの言葉で思い出してしまう。俺が逃げる様にして倉庫に滑り込んで来たという事を。心に重りが圧し掛かり、溜息となって吐き出そうとするが我慢する。


 ロウに情けない姿を見せたくないという見栄により、更なる自己嫌悪へと陥ってしまった。本当に情けない男である。


「……うぅ……ロウ……抱っこさせてくれぇ……」


「あは、ザイン、今日は甘えんぼさんだぁ」


 ロウを胸の中にストンと納め、頭を何度か撫で付ける。その度に赤い頭髪から火の粉が舞い、心なしか俺を癒してくれる。


 ロウを抱き締めたまま壁に背をつけ座り込む。彼女は小さな声を漏らし、顎に頭を軽く押し付けてくる。


 ロウも少しは気持ちよくなってくれているだろうか。嬉しいと思ってくれているだろうか。もしも俺に子供が出来たら、こんな感じなのだろうか。


「ロウー、俺に元気を分けてくれー」


「きゃはっ、あはははは、くすぐったいってばぁっ!」


 俺の腕の中に捕らえられたロウに逃げ場はない。俺のくすぐりの刑を受けていただこう。


「ははは……はぁ……。ロウ……ちょっと相談してもいいか……?」


「むぅ、報酬によります」


「報酬って……どこで覚えたんだ、そんな言葉」


「ダンタリオン! せいとうな仕事にはせいとうな報酬が払われるべきだって!」


「そっか……なるほどね……良い勉強になったな」


「うんっ!」


 これで下ネタでも仕込んでいるものなら大気圏外まで吹き飛ばしてやるつもりだが、今の所は大丈夫らしい。どうか強かな女性に育つように、願わせてもらおう。


「そうだな……ケーキとか……アイスとかでどうだ?」


「むぅ……ロウは食べ物で引き受けるやすいおんなじゃ無いんだからね!」


 ダンタリオンの野郎、何を教えているのか、後でたっぷりと尋問してやろう。


「えっとね……ザイン、魔法教えてっ!」


「魔法? それなら、頼まなくたって教えてるだろ? 昨日だって……」


「ううん、もっと強くなる魔法が良い! リゼを守れるぐらい強いのっ!」


「そんな……守るなんて……俺が――――」


 居るじゃないか。そんな言葉がどうしても吐き切れない。頭の中で思い浮かぶのはキャロルの顔と黄色の指輪。


 俺は随分と参っているらしい。何一つ、前へ進めなくなってしまったのか?


「…………分かった。少しずつだけど、レベルを上げて行こうな。いっぱい一緒に居るリゼを、守れるぐらい強くなろう」


「うんっ!」


 弾ける様な笑顔と返事。顔は見えないが、ロウの存在だけで俺の心は癒されていく。


 非常に情けない話だが、そんな彼女に相談事をしてしまう俺をどうか許して欲しい。


 一体誰に対しての謝罪なのだと一人で突っ込み、静かに胸の内を吐き出し始める。

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