「中央アジアって、どこですか?」ー広島県立美術館(広島県)


 2018年8月、広島県立美術館にかの有名な『ジブリ展』がやってきました。ちょうど夏休み中でもあり、子ども達を連れて行ったのですが、新型コロナウイルス・パンデミック前のこと、チケット購入も入場も長蛇の列。会場はすし詰め状態で、観覧するのが大変でした。……おかげで、あまり記憶に残っていません(^^ゞ 入り口付近の『天空の城ラピュタ』に関連したオブジェがかっこよかったなあ……と(←こら💧)。


 ところで、同時期に「広島県立美術館所蔵作品展 中央アジア・コレクション」が開催されていました。実はこの美術館、世界有数の中央アジアの工芸・刺繍作品のコレクションをもっているのです。その数はなんと染織174点、ジュエリー750点に上ります。

 『ジブリ展』の混雑を抜け出した私は、さっそくイソイソとそちらへお邪魔しました。案の定、私たち以外に見学者は誰もいない閑散とした展示でした……。


          ◇


 中央アジア、とは。広義では中国新疆ウイグル自治区よりカスピ海に至る地域、狭義では中国領・旧ソ連領・イラン東北部・アフガニスタン北部を含む一帯を示します。いわゆるシルクロードの真ん中です。6世紀には突厥、13世紀にはモンゴル帝国、14世紀にはチムール帝国の支配を受け、19世紀半ばからは西部はロシア、東部は中国清朝に支配されていました。

 現在は、カザフスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、キルギス、タジキスタンの五カ国を指します。さまざまな民族が暮らしていますが、7~8世紀以降はイスラム教の文化圏となっています。

 

 美術館の展示は、刺繍布スザニに代表される民族衣装と、貴金属装身具に分かれていました。



◆スザニ

 ペルシア語で「針」を意味する「スザン」から派生した語で、刺繍または刺繍した布を示します。ウズベク人、タジク人によって制作され、地域によって様式が異なります。だいたい以下のように作られます。


 まず、木綿や絹布に下絵を描きます。イスラムの教えにしたがい人物画をさけ、蔦や花や果物を表す模様や、月を表現した円文が多いです。色の名前を書き入れたのち布を帯状に切り分け、一族の女性達が分担して刺繍します。親戚づきあいの場で、多勢で集まり賑やかに作業したようです。刺繍はカザフ刺繍と同様かぎ針を使い、チェーンステッチを用いました。仕上げた布を最後に縫い合わせて完成させるので、継ぎ目で糸の色や刺繍の刺し方が違っていたり、下絵通りに刺繍されていなかったりします(ご愛嬌♪)。


 かつては、女の子が産まれるとその子の小さい頃から用意を始め、婚礼までに十数枚のスザニを作り、嫁入り道具にしていました。

 ブハラやタシケント、サマルカンド、シャフリサブスなど、都市名をつけて呼ばれます。現代では市場バザールで購入したり、ミシン刺繍のスザニを注文するようになってきました。輸出用のスザニも増え、ネット通販で購入できます。



◆ハンアトラス

 ウズベキスタンの経絣たてがすりとは、あらかじめ経糸となる糸をくくって染め分けてから織るかすりです。よこ糸に木綿や絹などを使い分け、玉ねぎのすりおろしを塗り、きぬた打ちをして光沢を出しました。七色の経絣「ハンアトラス」と呼ばれます。オアシス都市で発達した技術で、ウズベク人はこの布を使って長袖長丈のコート「チャパン」を作りました。


 ウズベク女性の伝統的な衣装は、長ズボン「イシュトン」をはいた上に丈の長いワンピース「クイナック」を着て、コート「チャパン」を羽織ります。外出の際は被衣かずき「パランジャ」を頭からかぶり、馬の尻尾の毛を編んで作った目の荒いヴェール「チャチワン」を顔の前に垂らして人目を遮ります。このヴェールは内側からは外が見えますが、外からは女性の顔は見えません。


 男性は、柄の大きなかすりのチャパンを羽織り、腰には帯布「ベルボク」や重厚な金属製のベルトを閉めます。四角い帽子「チュビチェイカ」をかぶり、その上にターバンを巻きました。チュビチェイカには妻や母親の手で繊細な刺繍が施されています。人気のペイズリー模様は実は唐辛子🌶を表し、疫病に効くとされています(20世紀以降はターバンをつけず帽子だけのことが増えました)。ブーツは二重になっていて、家に入る時は外靴だけを脱ぐ習慣です。


 チャパンにはさまざまなヴァリエーションがあり、オスマン帝国の影響を受けた宮廷着「ザルチャパン」(ベルベット地に金糸刺繍、現代では婚礼衣装)のように豪華なものや、脇にギャザーを寄せて裾をひろげた「ムルサク」、綿を入れた刺し子などがあります。絣にも水の流れを表す模様や、子孫繁栄を願うザクロ、蛇や櫛・生命樹といった吉祥模様を描いたり、ロシア製のプリント裏地をつけたりしました。袖丈の異なる上着を重ね着して色合わせを楽しむ、日本の十二単のようなお洒落もあります。



◆銀製装身具

 トルクメン人、ウズベク人ともに銀製の装身具を多数身につけます。頭飾り「コシ・ティッロ」、こめかみ飾り「テネチル」、胸飾り「グルヤカ」、背飾り「アシク」、護符入れ「トウマル」「クムシュドガ」、腕輪「ビレジク」、指輪「ユズュク」など。民族・支族によって様式やデザインが異なります。


 これらはかつて中国製の銀貨を鋳つぶして作られていました(シルクロードの交易は、もっぱら銀を用いていました)。銀は「清浄な金属」と考えられており、寝るときも料理のときも腕輪や指輪を外すことはありません。怪我や邪視を避けるための御守りであり、換金・持ち運び可能な財産であり、社会的な地位を表すものでもあります。


 チューリップを表す文様を金で象嵌し、紅玉髄カーネリアンやトルコ石、珊瑚、ガラスビーズなどを埋め込んだ装身具は、高値で取引されました。紅玉髄は特に好まれ、赤は血の色に通じ、怪我や落馬を防ぐと信じられています。


 背飾り「アシク」は服に縫いつけたり、提げたりして着用しました。女性だけでなく男性・子供も身につけます。護符入れにはコーランの章句や祈祷文を入れます。女性が三つ編みの髪に垂らした飾りはシャラシャラと音をたて、この音も魔を退けると言われています。



◆チルピイ

 トルクメン女性の被衣かずきを「チルピイ」と言います。テケ族の既婚女性のチルピイは、地色によって三種に別れます。紺や黒といった暗色のチルピイは新婚女性が、黄色は男児のいる中年女性が、白いチルピイは60歳以上の女性がかぶりました。平均寿命の関係から、白いチルピイは数が少なく貴重です。


 チルピイは、チューリップなどの草原に咲く花や羊の角を表す模様、「花嫁の指」と呼ばれるE字型の刺繍などで彩られ、裾にはフリンジがついています。絹地に、撚りをかけた絹糸を用いた「ケシテ」というダブルチェーン・ステッチで刺繍されています。コートの袖のようなものがついていますが腕を通すことはなく、袖山を頭にかぶって背中になびかせます。


 テケ族の女性は、ズボン「バラク」をはき、丈の長いワンピース「コイネク」を着て、背の高い帽子の上にスカーフを巻き、その上からチルピイをかぶります。ワンピースは絹地を直線的に裁断したもので、襟元には魔除けの刺繍が施されています。

 男性は羊毛の帽子「テリパク」をかぶります。白い帽子は青年・老人用、黒い帽子は壮年用です。男性のコートは「ドン」と言います。


          ◇◇

 

 広島県立美術館には、18〜20世紀にかけて作られた刺繍布スザニ、ウズベクの絣のチャパン、トルクメン人テケ族やヨムート族・エルサリ族の民族衣装、被衣チルピイ、各種の装身具、刺繍かばん、未婚女性用の帽子飾り「グッパ」や花嫁用頭飾り「エグメ」などが所蔵されています。

 ちょうど2021年10月1日より、「中央アジアの刺繍と衣装 #乙嫁たちの手仕事2」が開催されていますので、ご興味のある方は現地またはwebでごらんください。


 森薫先生の漫画『乙嫁語り』は、トルクメン女性をモデルにしていることで有名ですが、こちらには森薫先生が描かれた民族衣装の説明イラスト(原画)があります。無料で配布されているミニパンフレットにも掲載されているので、ファンの方は是非ご覧ください。

 

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広島県立美術館HP(収蔵作品がwebで観られます):https://www.hpam.jp/museum/


外務省 中央アジア・コーカサス室:https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/europe/caj/index.html

同 公式ツイッター「中央アジア・コーカサスとゆかいな仲間たち」:https://twitter.com/CentralAsiaplsJ



参考図書:

「中央アジアの工芸 ウズベクとトルクメンの手仕事」広島県立美術館・編

「世界の民族衣装の事典」丹野 郁・監修(東京堂出版)

「世界の民族衣装図鑑―約500点の写真で見る衣服の歴史と文化」文化学園服飾博物館・編著(ラトルズ)

「アジア・中近東・アフリカの民族衣装―衣装ビジュアル資料2」芳賀 日向(グラフィック社)

「100年前の写真で見る 世界の民族衣装」ナショナルジオグラフィック・編(日経ナショナルジオグラフィック社)

「カザフ刺繍 中央アジア・遊牧民の手仕事、伝統の文様と作り方」廣田 千恵子/カブディル・アイナグル(誠文堂新光社)

「BEFORE THEY PASS AWAY 彼らがいなくなる前に」ジミー・ネルソン(パイ インターナショナル)

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