第66話 ジン・フィズ完成

 ミナトがシャーロットとデボラのために作ったベイクドアップルとエッグベネディクト。それに合わせる食中酒としてのカクテルを作るためミナトはタンブラーを用意する。アルカンに作って貰った美しい薄手のタンブラーだ。


 用意するのはジン、レモン、砂糖、レモンスライス一枚、そして炭酸水といったシンプルなものだ。レモンもリムの実ライムと同様この国ではよく知られた果実でありマルシェで日常的に入手ができた。これを搾り器で絞って果汁を取り出す。


 タンブラーに大きめの氷を二個、それを銀のバースプーンで手早く回しタンブラーを冷やす。次にシェイカーを用意するとそこへジンを注ぐ。銀製のジガーとも呼ばれるメジャーカップでジンを注ぐ様はいつも以上に様になっていた。レモン果汁、砂糖を続けてシェイカーへと入れるとバースプーンで攪拌し一滴を手の甲に落として味を確認する。このカクテルはここで味が決まるためこの確認は重要だ。どうやら一発で味を決めることができたらしい。


 満足げに頷いたミナトは氷の入ったタンブラーを手に取るとトングで氷を押さえつつ僅かに融けた水分を切る。次にシェイク用の氷を冷凍庫から取り出す。シェイカーに氷を入れストレーナーとトップを被せる。流れるような所作で構えると素早くシェイク。しっかり混ぜ合わせつつ適温まで冷やす。


「キレイ…」

「流石の身のこなしだ…」


 思わずそう呟いてくれる二人の美人を視線の端に捉えつつ、シェイクが終ったミナトはシェイカーからトップを外すとその中の酒を氷の入ったタンブラーに静かに注いだ。タンブラーの半分ほどまでがシェイクされた液体で満たされる。全てを注いだミナトは次に炭酸水が入った小瓶を持つ。タンブラーの残り半分といったところを今度はゆっくりと炭酸水で満たすミナト。バースプーンで炭酸を逃さないように注意しつつ軽く攪拌してレモンスライスを添えればカクテルが完成する。


「どうぞ!ジン・フィズというカクテルです!」


 二杯を同時に作ったミナトはシャーロットとデボラの前にグラスを運んだ。


「ありがとうミナト!頂くわ!」

「マスター!頂戴する!」


 そう答えて二人はカクテルを口へと含む。


「美味しい…。ジンの味、レモンの酸味、砂糖の甘みが絶妙ね。そして炭酸水を使ったことでとてもさっぱり頂ける!」

「見事だ…。炭酸水の刺激がとても心地よい…。そしてこれはこの料理にもよく合う気がするぞ!」


 二人の感想を聞いたミナトは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「気に入ってくれてよかった。このカクテルの名前はジン・フィズ。今日の料理と同じアメリカのニューオリンズって街で誕生したとされるカクテルなんだ。あの街の夏は熱くて湿度も高いからこういったさっぱりするカクテルが好まれたのかもね」


 ミナトの説明に納得顔になる二人の美形。


「なるほど…、このカクテルと料理の相性はそういったところに由来があるのね…。そしてとてもシンプルなのにこんなに美味しいなんて…」

「うーむ…、使っている酒や他の材料はありふれた物ばかりだ…。マスターが作るとなぜこうも美味くなるのか…」


 感心しながら盛んに飲み食いをしてくれる二人に嬉しさを隠せないミナト。


「このカクテルは作り方がシンプルなだけあって美味しく作るのは結構難しいカクテルなんだ。初めてお店に来たお客がいきなりこのカクテルを頼むとちょっと緊張するかな?同業者なんじゃないかな…、とかってね」


「難しいって言ってる割にこのカクテルとても美味しいわよ?」

「うむ。マスターでも失敗はするのか?」


「随分と修業したからね…。お客の前ではもう滅多なことでは失敗しないよ」


 そう言いながらミナトは笑顔でテーブルへとついた。


「ではおれも…。頂きます!」


 三人での食事はとても楽しく、とてもとても美味しかった。


「ねえ、ミナト!あの貴族のお客さんのことはどうするの?」


 食事も終盤という時にシャーロットが問いかける。


「そうだね…。とりあえず今度の休みに冒険者ギルドに行ってみようか?どこの家の人かくらいは確認できると思うんだよね…」


 あの時は命を救うことができたが、ミナト達が彼を四六時中護衛することはできない。またそんな義理も使命もある訳ではない。カクテルを美味いと言ってくれたお客の命がその直後に失われてしまうことがミナトは嫌だったのである。


 とりあえず双方の家を特定して出来るだけ関わらないようにする…、この時のミナトはその考え以上この国の貴族に係わることなどは全く考えていなかった。

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