第49話 タッセル・エメフの見解




 王都の西側地区は魔法協会を中心に魔法道具を売る店や魔法協会に関わる人間が多く居住している。

 魔法に縁がない者は西側地区に滅多に立ち入らない。そのため、ロシュアが魔法協会を訪れるのは初めてだった。

 フリックについて巨大な魔法協会の建物に足を踏み入れると、すぐに柄の悪そうな若い男がやってきてフリックに声を掛けた。

「よう、来たな。魔法使いになる決心はついたか」

「次期宰相を勧誘するな。タッセル、こちらはロシュア・ビークベル殿だ。ロシュア、こっちの胡散臭い男はタッセル・エメフ」

「初めまして。ロシュア・ビークベルと申します」

「どうも~。んじゃ、まあ俺の部屋で話すか」

 狭いけど勘弁な、と言うタッセルについて行き、訓練棟の中にある職員寮の一室に案内される。部屋は大人が五人ほど入れそうな広さだが、ベッドの上と簡素な椅子とテーブル以外は大量の本が積み上げられていて、足の踏み場もない。

「ビークベル様は椅子にどうぞ。お前はその辺の箱にでも座っとけ」

 自分はベッドに腰を下ろしてそんなことを言う。フリックが本当に本を避けて部屋の隅に転がっていた木箱を持ってきたのでロシュアは慌てた。

「フリック様がこちらに……っ」

「あー、いーからいーから。いつものことだから」

 フリックは慣れた調子で木箱に座ってしまうが、ロシュアは立ったままおろおろした。デューラー家は侯爵位だ。フリックを箱に座らせて自分が椅子に座る訳にはいかない。

 だが、焦るロシュアを尻目にタッセルは「それで、何が聞きたいんだよ」と話を始めてしまう。

「ちょっと聞きたいんだがな。人間が人格を二つ持つってことがあり得るのか」

 フリックも真剣な表情で話題を切り出してしまい、口を挟めなくなったロシュアは狼狽えた後で仕方がなく椅子に腰を下ろした。

「人格が二つ?つまり……」

「自分の中に、もう一人の自分がいるっていう感覚だ。過去にそういう例はないか?」

「ふぅん……」

 タッセルは興味深そうに顎に手を当てた。フリックは真剣な表情を崩さないまま続ける。

「例えば、悪魔憑きとか……」

「悪魔憑きなんてもんはない」

 フリックが言い掛けた言葉を、タッセルがずばっと切り捨てた。思わず目が点になる。フリックとロシュアは一瞬目を見合わせた。

「悪魔が人に取り憑いたっていう例はないのか?協会の歴史の中にそういう話が伝わってたり……」

「ない。まず、悪魔というもんがこの世にはない」

 タッセルがきっぱりと告げた。

「魔法というのは人間が元々持っている魂の力を使って行うものだ。だから、悪魔は存在しない。魔法使いが戦うのは、魔法を悪さに使う人間や、自然災害だ。悪魔だの魔物だのと戦った魔法使いなどいない」

 ロシュアは目を白黒させた。そんな馬鹿な、と思った。

 だって、小説でも伝説でも、魔法使いや勇者が戦う相手は悪魔や魔物だ。

「でも、三年後には、魔王が蘇るんですよ?」

 思わず口にしていた。

 魔王が存在するのだから、悪魔や魔物だっているはずだろう。ロシュアはそう思うのだが、タッセルに面白そうな目つきを寄越されてぐっと口を噤んだ。

「正確には、「魔王」と呼ばれるほどに強大な魔力を持った存在が、だろ?」

 タッセルの言葉に息を飲む。

「つまり、今は普通の人間でも、強大な魔力を持っている奴が悪に墜ちて他人を傷つけ出したら、周囲の者はそいつを「魔王」と呼ぶかもしれないってこった」

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