第13話 木曜日の怪人③
「寺原、ずっと何をしているんだよ」
寺原と呼ばれた男はスマホから目を離し、対面に座る男を見る。
「ああ、すいません。オカルト系のサイトを見ていたんです」
「オカルト系のサイト?
お前そういうの好きだよな」
「先輩はあんまり好きじゃないんですか?」
寺原は不思議そうな顔をして尋ねる。
「仕事の休憩中に見るほどは好きじゃねえよ」
個人プレーが多い営業の仕事で、珍しく課長から二人で回るように指示を受けたときはげんなりもしたものだが、相手がこの寺原だと分かってホッとした。
寺原は入社から常に営業成績はトップクラスで人当りもいい。他の生意気な新卒と違って、先輩を立てるということもわきまえている男だった。
オカルト好きということも話には聞いていた。社内の人間や取引先の担当者に喜々として語っているという噂を耳にする。意外とみんな、そういう話は好きなようで好意的に受け入れられているようだ。
「面白いですよ」
寺原はこちらにスマホの画面を向けてくる。
「あぁ、都市伝説ってやつか」
昔は自分も好きだったなぁと考える。
「こういうのって実際いつ、どこであったのか分かんないから、そうなんだ、で終わっちまうんだよな」
「ええ~そんなことないですよ!
結構身近な話があるんですって」
意外と食い下がってくる。
普段の様子からは意外に思えた。
「どんなのがあるんだよ?」
次の商談まではまだ時間がある。時間を潰すためと昼食をとることを兼ねて入った店だ。もう少し長居をすることもできるだろう。
「そうですね…これなんてどうですか?F市って書いてありますけど多分この辺のことですよ」
「Fがつく市なんて、たくさんあるだろうよ。で、どんな話なんだよ」
「タイトルはこうです、『木曜日の怪人』」
語り始めた寺原の声は囁くほどだが、不思議と耳にすんなりと入ってくる。
「木曜日の怪人?はじめて聞いたな」
「最近投稿された話なんですよ。先ずその人物が現れるのは木曜日に限られています」
だから木曜日の怪人。安直だなと素直に思う。
「木曜日の夕方から深夜にかけて人通りの少ない道を歩いていると、徐々に人気が減っていきます。そもそも時間とか人通りの道なので変なことでもないんですがね。それで周りに人が全くいなくなったところで後ろから、ひたひたと足音が聞こえてくるんです」
「ひたひたってことは裸足かよ」
何となく茶々を入れたくなってくる。
「それはどうでしょう?でも、被害に遭った人はみんなその音を聞いているそうです」
被害?こいつは何かしてくるのか?
「その音が聞こえてからどんなに歩調を早めても、ぴったりと一定間隔でその足音はついてくるんです。どんなにどんなに走っても、何をしようとその足音は一定の間隔であなたについてくる」
寺原の言葉に自分がその状況にいるように錯覚をする。
「そこであなたは気が付きます。これだけ歩いたら、もう目的地にはついているはずだ、と。それにおかしい。ここまで誰にも会っていない、いるのはあなたと後ろにいる誰かだけ」
ごくりと喉が鳴るのを感じる。寺原の話し方に圧倒されているのかも知れない。茶化せるような雰囲気ではない。
「でね、それに気付くくらいには後ろの足音が段々と近付いてくるのを感じるんです」
寺原はふーっと息を吐きだす。
「一歩、また一歩と後ろの足音は近付いてくる。先輩ならどうしますか?」
「お、俺なら?後ろを振り向くかな…」
突然質問をされて声が裏返ってしまった。
「そうです、誰もがみんな後ろを振り向きたいと思う。どうせこのまま近付いてくるなら正体を確認してやろう、って思うんです。そこで振り向くと」
「振り向くと?」
続きを聞きたいような聞きたくないようなそんな気持ちに支配される。
「そこには誰もいないんです。誰一人いない」
寺原のその言葉がむしろ恐怖を煽る。
「…何かの気のせいだったのかな、とあなたが向き直るとそこには男が立っています。顔は見えない黒尽くめの男。男は間髪入れずに持っている鉈を振り下ろしてくる。何度も何度も、何度だって」
寺原はそこまで言うと、食後に運ばれてきた珈琲をズズズと啜った。
「実際にF市では通り魔事件があって、まだ解決してないそうですよ。でもね、誰も目撃者がいないんですって。本当に通り魔がいるのかも分からない。それが木曜日に現れる怪人……って話です」
いつもの口調に戻った寺原に大きく息をつく。
「お前なぁ、そんな話をいつも読んでるの?」
「はい」
きょとんとした顔で寺原は返事をする。
ため息をつきたくなるが、話しぶりは真に迫っていた。こいつの営業成績の秘密はこの話の上手さなのかも知れないなとぼんやりと思う。
「おっと、そろそろ行かないと」
取引先までは10分かかる、早めに出ておかなければ。営業は時間厳守が命だ。
「先輩、先輩」
帰り支度をしていたところで寺原が呼びかけてくる。
「なんだ?」
「あの子、めちゃくちゃ可愛くないですか?」
寺原の目線の先には綺麗な顔立ちをした女が談笑していた。
デートだろうか、正直羨ましい。大学生くらいだろう、今が一番楽しい時期だぞと後ろを向いて座っている男に念を送る。
表示された二人分の金額を見ながらこういう店のランチにしてはリーズナブルだな、と思う。
寺原がパスタを食べたいと言い出した時は大いに渋ったが来て良かった。
「お前、あんな感じの子が好みなのか?」
会計を済ませながら、寺原に尋ねてみる。
あまり付き合いが深いわけではないが、寺原の浮いた話を聞いたことがない。もしかしたら、ものすごく理想が高いタイプなのだろうか。
「いや、全く好みじゃないですね~」
もう一度客席に目を向けながら、寺原は冷たく言った。
「あんな人形みたいな子」
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