第6話 眠り姫の憂鬱③

突然現れた女性は朝田に向かってズカズカと病室に踏み込んでくる。


タイトなスーツに身を包んでおり、ヒールを履いているせいか目線は朝田とさほど変わらない。


「あんた、花純の病室で何をやっているの」

女性からは明らかな敵意。


「お姉ちゃん、その人は……」

花純は病室の外から声をかける。


「あたしの可愛い妹の病室で何してるの?」

朝田は一言も発することが出来なかった。


この人は怒っている。何に対しての怒りなのかは分からないが、その矛先は今、朝田に向いていた。


「違うの、二度も私を助けてくれたのよ!」

花純が外から一際大きな声を出す。


女性は黙ってしまった。肯定も否定も出来ずに朝田は目の前の女性を見守る。


2度というところが引っ掛かったが、今はそれを聞いている暇はない。


「青年よくやった!」

一転、笑顔になった女性は、バシバシと朝田の肩を叩いた。


「妹を助けてくれてありがとう」

彼女は黒木梅香と名乗った。


~~~~~


花純から事の顛末を聞いた梅香は、わなわなと震えていた。


花純は羊男については触れずに、通り魔に襲われた自分を朝田が間に入って止めてくれたという話をしてくれた。


羊男について花純は追求しないのだろうかと朝田は戸惑っていた。それどころか、花純が気にしている様子すらなかった。


「助けられていないじゃない!」

突然、梅香が朝田の襟元を掴んで激しく揺さぶってきた。感情の起伏が激しいタイプのようだ、


「それは、本当に、ごめんなさい」

朝田は揺さぶられながらも何とか謝罪の言葉を口にする。


「お姉ちゃんやめて。

 助けようとしてくれたことは真実よ」

花純は声を落として、冷たく言った。


梅香は大人しく掴んだ襟を離した。花純には頭が上がらないようだ。


「取り乱しちゃってごめんなさい。

 花純のこととなるとどうしても熱くなっちゃって」

梅香はおほほとわざとらしく笑う。


「さて、朝田くん。花純がここに連れてきたということはあなた花純の身体のこと知っているのよね?」


梅香は声を変えて話し始める。冷静に話すと、梅香はキャリアウーマンの印象が強くなる。


「僕は花純さんの身体が消えるのを見ました」


朝田の言葉を聞くと、梅香は病室の外にいる花純の方を振り向いた。


「花純、まだ全部は話していないの?」

花純はコクコクと頷いている。


「でも、朝田先輩は言っても大丈夫な人だよ。お姉ちゃん」


「なるほどね、朝田くん今はあなたを信用することにするわ」

その言葉に梅香は何か思い当たったようで、朝田に対してにこりと笑う。


「朝田くん、あなたが見ている花純の身体はね、作り物なの」


「作り物?」

朝田にはその言葉が呑み込めなかった。


「うん。私が作ったのよ。

 妖怪『双子屋』がね」


妖怪『双子屋』、堂森と話したときにその名前は聞いた。朝田は一週間前の会話を思い出す。


「妖怪……ですか」

朝田はこんな時はどんな表情をすればいいんだっけと考えながら、言葉を絞り出した。


「そう、私には力があってね。

 右手で触れたものを複製できるの」


梅香は手を伸ばしてお見舞いの品の中にあったリンゴを手に取る。


リンゴを右手で掲げるような動きをすると、突然光が発せられる。目を開けると左手に全く同じリンゴが握られていた。


「ね!こういうことよ」

梅香はウインクをして見せる。


朝田は目の前で起きたことが信じられなかった。リンゴが複製されたことではなく、同じ方法で花純が作られたということに対してだ。


「もちろん、私もなんでも複製できるわけじゃないわ。良く知らないものは模倣が粗くなる」梅香は朝田を置いて、説明を続ける。


「模倣は時間がたてば消えてしまう。

 一応食べれると思うけど、身にならないわよ」

梅香は朝田に模倣したリンゴを投げてよこす。


「本当は複製を作るだけの手品みたいな能力なんだけど、私の花純への愛は不可能を可能にしたの」

梅香はうっとりとした表情で言った。


梅香の話はこうだ。

花純はある日、突然倒れ、そこから眠り続けている。様々な病院で検査をしたが、どの病院でも原因は分からないままであった。


そんな時、ふとしたはずみで梅香は自分の能力を使って花純の複製を作ってしまう。


時間がたてば消えるが、ここは病院。見つかったら大騒ぎになるだろう。どうしようかと考えていると、突然その作り物の花純の目が開いた。


梅香は花純を眠り姫にしたのは、妖怪の仕業だと考え、犯人を探している。


それもあってか見舞いに来た客を度々問い詰めることがあるようだ。怒りの正体は分かったが、迷惑なことだ。


「あの時、お姉ちゃんは嬉しさのあまり声を失ったわ」

梅香はしみじみと涙を拭うふりをする。


「私はずっと上から自分の身体を見下ろしていて、みんなが悲しんでいるのを見ていたんです。身体に入ろうとしても、全然入れなくて」

花純の声が病室の外から聞こえる。


「あの時、お姉ちゃんが作ってくれた身体なら入れるかもって試してみたらできちゃって」


「愛の力ね」

梅香は一人でうんうんと頷いている。


「つまり、昨日刺されて消えた身体は本物ではないということですか?」

朝田は恐る恐る尋ねる。


「そういうこと、昨日花純が珍しく身体を作って欲しいって言ってきたから、何事かと思ったらそういうことだったのね」

朝田はその言葉に安堵を感じていた。


消えてしまいそうな命を見ていたあの瞬間は何とも言えない無力感に襲われていた。


「さて、私たちのことはもう分かってくれたわね?」

梅香は朝田の方を向き直る。


依代のない魂だけの存在と妖怪『双子屋』、それが彼女たち姉妹。


「次はあなたの番よ、朝田くん」


「僕の番?それはどういう意味……」

言葉でははぐらかしながらも、朝田には次の言葉が予想出来ていた。


「あなたはどんな妖怪なのかしら」

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