4 加害者


 少女の表情に笑顔が増えた。良かった、これで生きることに希望を見出だしてくれる。

 オレは密かに安堵しながら、少女にたくさんの話を振っていった。例えば、好きなアーティストの話。

「オレってこんな見た目通り、パンクロックが好きなんだよね」

「本当に見た目通り。私、そんなの聴いたことないです」

「君にオススメのアーティストがいるよ。生と性に執着してる」

 少し皮肉みたいになったけれど、彼女は笑ってくれた。スマホに入ったアーティストのアルバムを彼女に見せて、二人で音楽を楽しむ。

「スマホの中まで髑髏ばっかり」

「このバンドが好きな柄なんだ」

 画面を横にスワイプしたらそこは、今のオレの最大の趣味でもある愛する車両の待ち受けだ。そうそう、趣味の話は狙っている子には外せない話題。

「電車、好きなんですか?」

「うん。毎日車両をオレの手で汚したいって考えるくらいには好き」

「それは……凄いですね」

 まずい、少し引かれた。……知らない子からしたら下ネタになっちゃうのか。ダメだね、オーケー。

「この写真……凄い迫力」

 彼女が見入っているのは、先日手に入れた写真だ。ホームの奥から迫り来る車両を撮ってある。少々ぶれているのは、動画から静止画を切り出したから。動画には直撃の瞬間まで明確に記録されている。

 今までのオレのお気に入り。オレは慢心なんかしないから、常に新たな、これを超えるお気に入りを求めている。

 それにしても隣で、いつの間にか近くなったこの距離で、夢中になってスマホを触る彼女はとても魅力的だ。先程までとは全く違う、生き生きとした表情に惹かれる。

 きっと本来はこういう子なんだ。オレが、もっと輝かせてあげる。

「……なんですか?」

 オレの視線に気付いた彼女が、おどおどとこちらを見上げた。小動物みたいで可愛い。

「うーん? いや、可愛いなぁって思って。君多分、今みたいにしてたらモテるよ」

 お世辞のつもりはなかった。それを彼女も感じ取ったのか、みるみるその顔が赤面する。元から白いその肌に急激に紅が差し、年齢以上の色気すらも漂わせた。

「も、モテるなんて、そんなっ……」

 押せばイケるなぁ、なんてことを考えながら、視線を外そうとする少女の頭を両手で阻止する。心臓の鼓動が聞こえてきそうなまでに赤みが増す彼女を見据え、甘く囁くように告げる。

「今みたいにさ、“普通”に接してあげないと、ますます浮いちゃうよ」

「……」

 オレの予想外の言葉に、彼女は目を見開いたまま硬直してしまった。

 全てを慰めるだけならば誰にでも出来る。しかし現状の回復のためには彼女が変わることも必要だ。

 同じクラスに最初見たままの彼女がいたら、オレも恐らく加害者側に回っている。せめて、彼女からまわりに伝わる緊張感だけでも取り除かなければ。

 人間に一番力を与えるのは、愛でも正義でもなく自信なのだ。

「オレにこれだけ自然体で話せるんだ。クラスの意地悪な子達なんか目じゃねーだろ」

 敢えて少し大きな声で、強い瞳で彼女を覗き込む。オレの威圧は怖いんだぜ。芸術コースのモヤシ共は、オレと目を合わさない奴が大多数。

「……今日も本当は早退して病院に戻らないといけないんです。だから次、いつになるかはわからないけど……」

 小さく、やや早口に言い訳を口にした彼女。オレはずっと覗き込んだまま。

「……頑張ります!」

 たっぷりと時間をかけて、それから彼女はそう宣言した。こちらを向いた瞳の強さに唖然とした。オレの女神に相応しい。

「君って、彼氏とか、好きなやつとかいる?」

「……す、好きというか、気になる人なら、います」

 たどたどしく返って来た言葉に、オレはあくまでも紳士的に対応した。がっつく獣ではない。

「へー、どんな人?」

「……隣のクラスの人なんですけど」

 ありゃ、違ったか。恥ずかしー。今からでも押したらイケるかなー。いや、好きな人がいる。それが希望にはなる、か。

「……お兄さんが聞いてやるよ」

 気恥ずかしさで言った言葉に、少女は小さく吹き出した。そんな顔を見せられるようになったなら、もう充分かもなとも思う。

「この前、社会科見学があったみたいで。私は行けなかったんですけど、その人がお土産を買って来てくれたんです。なんてことはないストラップなんですけど」

 これですと言って、彼女は自分のスマホについたストラップを見せてくれた。彼女には似合わない拳銃の形のストラップだった。

「女の子に拳銃って、その彼なかなか変わってるね」

「彼、将来は警察官になりたいみたいなんです」

 警察という言葉に敏感に反応してしまうのは、オレみたいな奴の特徴とも言える。バレてないかな?

「なるほどね。けっこう仲良いんだ? 片想いでもなさそうだけど。どこで貰ったの?」

「私が久しぶりに登校した時に、わざわざ私のクラスに届けてくれて。そこで初めて話しました」

 つまり向こうが片想いで、上手く気を引けたというわけだ。それにしてもその男子の行動力には驚かされる。

 いくら違うクラスとはいえ、イジメといった空気はある程度は周知されているものだ。それすら意に介さずプレゼントを渡しに行くなど、並大抵の精神では出来ない。

 オレならやらない。出来ないのではなく、やらない。恐らくその彼も、絶対に面倒なことになっているだろう。

「その彼凄いね。その彼のためにも、生きよう」

 自然と出たその言葉に、彼女も小さく頷く。

「あ、そうだ」

 ちょっとだけ嫉妬心が湧いたので、荒療治も兼ねてオレのお気に入り達を見せてあげることにした。

「この駅のこの時間、自殺者が多いのは知ってるよね?」

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