第334話 偽物

勇者として、この世界へ呼ばれた相馬凪。

私が相馬凪が魔族を倒す為に勇者として呼んだのではないと知ったのは、あの日、ニュクスお母様に会った時だった。

ニュクスお母様は言う。



「あれは、ディアちゃんへの贄。いいえ、ディアちゃんが幸せになる為の踏み台かしら?」



何だと。

あの男は、この世界を守る為、魔族を討伐できる勇者として召喚されたのではないのか。



『・・なら、どうして相馬凪を、この世界へわざわざ呼んだのですか?』



真実をニュクスお母様からコクヨウ達に聞かれぬ様に、ひっそりと念話で告げられた私を困惑と嬉しさが襲う。

そして知る、私へのニュクスお母様の深い愛を。



『これで、あの男へディアちゃん自身が復讐が出来るでしょう?』



復讐が出来る。

あの、私を苦しめたあの男へ。



『ふふ、それ以外に相馬凪は、この世界に必要ないわ。』



この世界に必要なかった相馬凪。

私の復習の為だけに、この世界へ呼ばれた男。



『どう?相馬凪の召喚は、ディアちゃんへのプレゼントに相応しいものだったかしら?』



嬉しさに、私はニュクスお母様へ微笑んだ。

湧き上がる歓喜。

あの男を、この手で絶望の淵へ叩き落とす事ができる。

これ以上、嬉しい事があるだろうか?



「リリス、皆んなも、この事を私が黙っていて怒っている?」



だから、この事実をぎりぎりまで黙っていた。

あの男の真実を。



「いいえ、その事を知らされていたら、今頃はあれは処分していたでしょうから。」



リリスが首を横に降る。

他の皆んなも、リリスの言葉に同意と言わんばかりに頷く。



「そう、良かった。」



安堵する。



「最早あれは、ディア様の玩具なのですね?」



リリス達の口元に笑みが浮かぶ。

期待に輝く瞳。



「ふふ、皆んなも私と一緒に遊んでくれる?」



これから私達が行うのは、あの男、相馬凪への復讐と言う名の楽しい遊戯。

絶望に染まれ。

あの頃の、私の様に。



「「「「もちろんです、ディア様!」」」」



全員が頷いた。



「リリス、“勇者様”のお披露目は、いつ頃になりそう?」

「このままいけば、3ヶ月ほど先かと。」

「3ヶ月。」



その日、あの男は勇者として名前が広がる。

広がる勇者の名が、自分の首を絞める事になるとも知らないで。



「ふふ、十分に用意が必要ね?」



容赦はしない。

私が苦しんだ以上に、あの男は地獄へ落ちれば良いのだ。



「リリス、勇者として周りへお披露目されたら、相馬凪達は直ぐに魔族討伐へ向かうの?」

「いいえ、次に迷宮でレベルを上げるかと。」

「ふむ、迷宮でレベル上げ、ね。」



顎に手を添える。



「私達も同時期に迷宮に入る事は可能かしら?」

「迷宮へ入る者の規制がされる可能性がありますね。何よりも勇者の強化が優先される事でしょう。」

「では、内側の人間なら良いのでは?」

「内側?」



首を捻るリリス。



「Sランク冒険者が護衛なら、勇者様も安心でしょう?」



口角が上がる。

Sランク冒険者と言う名のブランドは、あの男へ近付く為の最高の餌。



「・・それ、は、飛びつく事でしょう。」



リリスからのお墨付きを得る。

この案は使える様だ。



「なら、聖皇国パルドフェルドで私達の名前を浸透させなきゃね?」



優秀なSランク冒険者。

その名のブランドに、早く食いついてくれると良いのだけど。



「それに、相馬凪達の他にも聖皇国パルドフェルドには会うべき人達がいる事だし。ねぇ、コクヨウ?」



コクヨウに視線を向ける。



「・・本当に会われるつもりなのですか?」

「ふふ、そのつもりよ?」



零れる笑み。



「コクヨウのご両親も、本当の真実を知るべきではない?」



なぜ、自分の子供に瞳が黒いのか。

その理由と、己が犯した最大の過ちを知らないなんて不公平だ。



「ニュクスお母様を信仰する者が、その使いである精霊王の加護を得ていたコクヨウを蔑ろにした。それって、許される事かしら?」

「それは、リリスさんに聞いたのですが、聖皇国パルドフェルドの神官の中でも鑑定スキルを持つ者は少ないので、あの両親が僕の称号を知り得なくても仕方ないのです。」

「それが虐げて良い理由になるの?」



知らなかった?

だから、コクヨウを虐げる事も仕方ない?



「コクヨウ、私は許さないよ。大切なコクヨウの事を理不尽に虐げたご両親は、私の敵だわ。」



相馬凪達同様に、絶望してもらう。



「・・・やっぱり、ディア様は僕達の為に怒って下さるのですね。」



コクヨウの瞳に熱が孕む。



「ーーー・・ディア様のお望みのままに。」



私の元へ近付いたコクヨウが、忠誠を誓う騎士の様に首を垂れる。



「・・良いの?コクヨウの両親だよ?」

「構いません。」



下げていた顔を上げるコクヨウ。



「僕の家族は、ディア様とこの場に集う者達だけですので。」



未練も執着もないと笑った。

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