第270話 閑話:ある男の執着

ゲスナンside




あの日、心を奪われた。



「初めまして、キリアと申します。」



笑顔の似合う女。

それがキリアに対しての第一印象。



「ーーーこんな所で、何をしているんですか?」



優秀な兄。

そんな兄が誰かに褒められる度に降り積もる、劣等感。

惨めな気持ちになると来る河川敷。

ぼんやりと川の流れを見ていた俺に声を掛けたのはキリアだった。



「・・キリ、ア?」

「ふふ、ぼんやりされてたんですか?」



俺の父親が営む工房。

その工房に彼女の父親も働いていて、そこで俺はキリアと出会った。

微笑むキリアを呆然と見上げる。



「・・・、どう、し、て。キリアはここに?」

「どうして、とは?」



キョトンと、キリアが俺を見た。



「いや、今日は工房で兄貴のが作った武器の完成の宴を催しているだろ?キリアは宴に出なくて良いのか?」



だからこそ、俺は皆んな輪から抜け出して来たんだ。

褒めれるだろう兄貴の宴から。



「だって、貴方がこっそり1人で外へ出で行くから。」

「・・追い掛けて来てくれたのか?」

「1人は寂しいでしょう?」

「っっ、」



沁み渡る、キリアの心遣い。

泣きたくなった。

孤独は寂しくて、でも、1人になりたくて、抜け出した宴。



「貴方は宴が嫌いなの?」

「・・違う。」

「あら、じゃあ、何でこんな所で黄昏ているの?」

「・・俺がいなくても良いから。」



目を伏せる。

どうやったって、優秀な鍛治師の兄貴には勝てない。

優秀な兄に対する劣等感。



「あら、私は貴方にいて欲しいわよ?」

「嘘だ!!お前だって兄貴がいれば良いんだろう!!?」



ふざけるな!

兄ばかり褒め、一度だって俺を見てくてた事などないくせに。

両親だってそうだった。

何かとつけて、兄の事ばかり。

俺に対しては呆れた様な溜め息ばかり吐き出す。



「・・どうして、比べるの?」

「は?」

「貴方は貴方、お兄さんはお兄さんでしょう?良い所も、できる事だって違って当然じゃない。」



言い切るキリアに目を見開く。



「私は、貴方が人一倍努力している事を知ってる。それなのに、そんな悲しい事を言わないでよ。」

「っっ、」



目に涙が滲む。

俺の努力を認めてくれたのは、キリアだけだった。



「帰ろう?」



差し出されるキリアの手を握る。

恋をした。

孤独だった俺を見つけ出してくれた君に。



「あっ、ホムラ!!」



ーーなのに。

君は、俺ではない男に女の顔を向けた。

決して、俺には見せない顔を。



『ゲスナン』



今でも、俺の名を呼ぶキリアの声が鮮やかに蘇る。

もう聞けない、君の声が。

愛おしくて。



『ふふ、ゲスナン、私、この人と結婚するわ。』



憎い、キリア。

あっさりと他の男のものになり、2人の子供をもうけたキリア、お前が。

大事だったキリアが、俺のこの手をすり抜けていく。



「キリアっっ、!!」



好きだ。

君の事を愛してる。



『貴方は貴方、お兄さんはお兄さんでしょう?良い所も、できる事だって違って当然じゃない。』



あの日、俺に微笑んでくれた君は、なぜ俺の隣にいない?



「・・キリア。」



あの男と結婚する前に愛してると告げて強引に自分ものにしていれば、今もキリアは俺の隣で笑ってくれたのだろうか?

兄がモルベルト国一の鍛治師になり、国王となってしまった為、父親の工房の頭になった俺の心は、ポッカリ穴が開いてしまっていた。

何をしても満たされない。

父親の勧めで妻を娶っても、自分の子供が生まれても、心は穴が開いたまま。



「・・俺は、どうしたら、」



あの日と同じ河川敷に1人で座り、小さく呟く。

キリア、教えてくれ。

一体、俺はどうすれば良い?



「ーーーおじさん、こんな所でどうしたの?」



悩む俺の前に、キリアは現れた。



「っっ、キリア・・?」

「おじさん、お母さんの事を知ってるの?」



キョトンとする少女。

キリア面影そっくりの、彼女の娘、ルミア。



「・・君が俺の元へ寄越してくれたのか、キリア?」



もう、手離さない。

俺の、自分だけのキリアを今度こそ手に入れよう。

ーーーそう、思っていたのに。



『ゲスナン、あの子に手を出さないで、お願いよ。』



ーーー最後まで俺を拒絶し続けたキリアが死んだのは、2人目の子供を産んで5年後の事だった。

永遠に、俺の手の届かない所へ行ってしまったキリア。



「っっ、なぜ、お前まで、他の者の手に!!」



俺以外の者に買われていった、ルミア。

全て、あの奴隷商人のせい。



「さっさと、ルミアを俺に売れば良かったものを!!」



歯噛みする。

この街一番の奴隷商だと思って、潰すのを躊躇ったのが間違いだったのだ。



「必ず、ルミアは手に入れる!」



俺のキリアを。



『ーーーくくっ、なんだか心地良い増悪だな。』



その瞬間。

俺の足元にある影が、どろりと蠢いた。



『この俺様が、そのお前の望みを叶えてやるよ。』



悪魔は囁く。

俺を蝕む、甘い誘惑の言葉を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る