第70話 繋いだ手

顔が羞恥に染まる。

まさか寝顔を見られていたのだろうか?



「何か温かいお飲み物をご用意しますね。ディア様、少しお待ち下さい。」



その場から立ち上がったコクヨウが、私に背を向ける。

ーー・・ねぇ、コクヨウ。

どうして、そうやって、あっさりと私に背を貴方は向けるの?



「っっ、バカッ!」



枕をコクヨウの方に向かって投げ付ける。

ぽすりと、音を立ててコクヨウの背中に当たる、私が投げた枕。

知らない。

もう、勝手にすれば良いんだ、コクヨウなんて。



「へ?ディア様?」



私の急な暴挙に慌てて振り返るコクヨウ。



「ふぇ、」



ぼろぼろと、私は泣いた。

このままの変わらない日常で良いと思っていたのに。



「うぅ、コクヨウのバカぁ!なんで、あんなに優しくしたくせに、直ぐに私の事を突き放すの・・?」



酷い。

私1人だけがあたふた動揺して、みっともなく狼狽えてバカみたいじゃないか。



「っっ、ふぇ、良い子にするから、嫌いにならないでッ。」



我儘言わないよ。

言われた通り、良い子にするから。

だから、お願い。



「・・・、っっ、っっ、お願い、だから、私、を、1人にしないでよ。」



嫌だよ、一人ぼっちは。

寂しくて、怖い。



「ーーーっっ、捨てちゃ、ヤダ!」



私を置いて行かないで。

涙が止まらない。

ひたすら私の目から流れ落ちていく涙。

止め方さえ、分からない。



「・・ディア様、もう泣かないで。」

「・・・っっ、無理ぃ。」

「困ったな。」



目尻を下げたコクヨウの腕の中に引き寄せられる。



「ーーー・・僕は、貴方の涙には弱いんです。だから、どうか泣き止んでください、ディア様。」

「っっ、」



コクヨウは狡い。

私を包み込むコクヨウの腕の中で思った。

だって、私を抱き締めるコクヨウの腕は、こんなにも優しいから。



「っっ、コクヨウ、・・。」



縋ってしまう。

我儘な事だと分かっているのに。



「・・・少し、苛めすぎました。すみません、ディア様。」

「・イジ、め・・?」



苛めすぎた?

コクヨウの腕の中から顔を上げる。

どう言う事?

顔を上げた私とコクヨウの視線が絡む。



「ーーー・・あぁ、やっとディア様は僕の事を真っ直ぐ見てくれましたね?」

「っっ、」



嬉しそうに笑うコクヨウに、私の胸は締め付けられた。



「な、に・・?」

「だって、ディア様が僕の事を全く見ようともしないから。」

「・・・朝、の、事・・?」

「そうです。不安になるのは、ディア様だけじゃないんですよ?」



不安?

コクヨウも不安だったの?



「・・朝、は、ごめん、なさい。コクヨウを不安にさせて。その、」

「恥ずかしかったんですよね?」

「・・ん、」



どんな顔をしてコクヨウに会えば良いのか、分かんなかったんだもん。

あ、思い出しちゃった、昨日の事。

コクヨウにされた事を。

頬が熱を帯びる。



「ふふ、ディア様の顔が赤い。昨日の事を思い出してしまいましたか?」

「ぐっ、」



お願い、コクヨウ、そこは指摘しないで!

ますます顔が熱くなるから。



「恥ずかしそうに頬を染めるディア様も、可愛いらしい。」

「・・可愛い、く、無いし。」

「可愛いですよ?そう、このまま食べてしまいたいぐらいに、ね?」

「っっ、!?」



コクヨウの言葉に、ぶるりと私は身体を震わせた。

怖い。

コクヨウから向けられる、その真っ直ぐな熱を孕んだ眼差しが。



「ーーー・・怯えないで、ディア様。」



暴かれてしまう。

何を?

胸の内に波紋が広がる。



「今は、もう少しこのままで。ディア様を抱き締められるだけで良い。」

「・・・。」



コクヨウの胸元に凭れ、そっと目を瞑った。

しばらくの間コクヨウに抱き締められて、どうにか涙が止まった私。

目元がひりひりする気がする。

少し泣きすぎた様だ。



「はい、ディア様。温かいお茶です。」

「ありがとう。」



コクヨウから差し出されたカップを受け取る。

温かいお茶の入ったカップの中身を一口飲めば、口内に広がる優しい味。

ほっと、心が休まる気がした。



「ねぇ、コクヨウ、皆んなは?姿が見当たらないけど、出かけたの?」

「皆さんは外へレベル上げに行ってます。僕は、ディア様の護衛として残りました。」

「ふふ、護衛って、部屋にいるだけだから私は平気なのに大袈裟だね。」



なんの危険があるって言うのか。

過保護すぎない?



「って言うのは、ただの建前です。」

「建前?」

「ただ、ディア様の側にいたかった。それじゃあ、いけませんか?」

「・・・バカ。」



バカよ。

本当に、コクヨウはバカ。



「私を好きになるなんて、コクヨウは見る目がないね?」

「うーん、そう、ですか?自分では、ディア様を良く選んだと褒めたいぐらいです。」

「自画自賛したいの?ふふ、変なコクヨウ。私を恋愛対象に選んだ事を、後で後悔するかも知れないのに。」

「ありませんね。」

「即答って、もう少し考えようよ。」



笑みが浮かぶ。



「・・・ねぇ、コクヨウ?」

「はい?」

「・・、答え、待ってくれる?今は色々混乱してて、コクヨウへの返事に答えられないから。」



コクヨウへ答えを出さなきゃいけない。

向き合えるだろうか?



『ーーーあいつを殺したお前を、俺は絶対に幸せにはさせない。』



私を縛る、お父さんに。

カップを持つ私の指に、コクヨウの手が触れた。



「待ちます。ずっと、いつまでも。」

「・・うん、ありがとう。」



怖いね。

過去と向き合う事は。



「・・・コクヨウ、私を離さないでね。」

「はい、ディア様。」



繋いだ手。

最初に離せなくなったのは、どっち?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る