第57話 私のプライド

ファンタジー小説でも、フェンリルは強力な存在として出てくる事が多い。

定番のモンスター。

今回、そのフェンリルを新しい私の従魔として作ろうと思っている。



「ーー・・フェンリル、ですか。さすが、ディア様です。そんな脅威ランクSのモンスターを従魔になされようとするなんて。」



うっとりと、ほんのりと頬を染めて熱い眼差しで私を見つめるコクヨウ。

どうやら、新しい従魔がフェンリルと聞いて、コクヨウの変なスイッチが入ってしまったらしい。



「・・・うん、分かったからコクヨウ、少し落ち着こう?」



私の、精神的な安全の為にも落ち着いておくれ。

もう少し暴走は抑えようね?



「・・はっ、も、申し訳ありません、ディア様。」

「はうっ、」



しょんぼりするコクヨウの余りの可愛いらしさに、ハートを撃ち抜かれてしまう。

・・・なんだ、この可愛い生き物は。



「だ、大丈夫だよ、コクヨウ。私、気にしてないからね?」

「ありがとうございます、ディア様。」



はにかむコクヨウ。

うん、やっと私は気が付いた。

可愛いとは、この世の最強の正義だと言う事を。



「ふぅ、集中よ。」



何だかんだの末、目を瞑った私は従魔を作る為にイメージを固めていく。

その間の護衛は、コクヨウだ。

従魔作りに集中している間は、私はとても無防備になってしまうからね。

私の頭の中に鮮明になるフェンリルの姿。



「来なさい。」



強く、その姿を頭の中に思い描いていく。

私の前に広がる魔法陣。

少しづつ、魔法陣へ自分の魔力を流し込んでいく。

輝く魔法陣。

ふわりと、周囲に風が舞う。



『ーーー・・人間、この我を求めるか?』



頭の中に声が響く。

それが、フェンリルの声なんだと、私は直感的に理解した。



「求める、だから来て。」



私の元へ。



『なぜ、人間である其方は我を求める?』

「大事な皆んなを、守りたいから。」

『だから我を欲すると?』



小さくフェンリルが笑った気配がした。



『我は、フェンリル。この力を求める人間よ、我を強く欲せよ。』



貴方は、私のーーー



「ーーーっっ、来なさい、フェンリルッ!」



私の中から大量の魔力が失われると同時に眩く光り輝く、目の前の魔法陣。



「っっ、あっ、」



次の瞬間、酷い貧血が私を襲う。

ぐらぐらと揺れる視界。

開けていられなくて、私は目を瞑った。



「っっ、ディア様!!?だ、大丈夫、ですか!?」



倒れ込みそうになった私の身体を、慌ててコクヨウの腕が抱きとめる。

危なかった。

コクヨウがこの場にいなかったら、もしかしたら倒れていたかもしれない。

別の意味で冷や汗を流す。



「・・うん、ありがとう、コクヨウ。」



やっぱり、一緒にコクヨウに来てもらっていて良かったよ。

ゆっくりと、目を開ける。



「ーーーあっ、」



開けた私の視線の先には、ゆらゆらと尻尾を揺らしたフェンリルが、じっと青い瞳を私へと向けていた。



「ふむ、其方が我の召喚主か。」



コクヨウの腕の中でヘロヘロでへたり込む私の元へと、呟きながらフェンリルがゆっくりと歩み寄る。

その堂々たる姿は、さすが伝説のフェンリルと言わざる得ない。



「・・・フェン、リル。」

「いかにも、我を呼びし人間よ。」

「っっ、」



だからなのか、私を抱くコクヨウの腕に力がこもっていく。

私を抱き締めながら身体を緊張させたままのコクヨウの腕の中で、近付くフェンリルを見つめた。



「・・本当に、フェンリルを作れちゃったよ。」



驚く私の数歩手前立ち止まって、静かに座るフェンリル。

こちらに完全に近付かないのは敵意はないけど、伝説上のフェンリルの力を警戒するコクヨウに少し配慮してくれたのだろうか?

伝説のフェンリルだけあって、その知能は高い様だ。



「人間、名は?」

「ディア、私の名前はディアレンシア・ソウル。私の事はディアって呼んで?私の隣の子は、コクヨウよ。」

「ディア、と、コクヨウか、承知した。では、ディアよ、我に名を与えよ。さすれば、我はそなたの完全なる支配下に降ろう」

「・・・支配下?」



フェンリルの言葉に身体を震わせた。

一体、フェンリルは何を言っているのだろうか?

訝しげな視線を向ける。



「ん?その様な顔をして、いかがした、ディアよ。」

「っっ、私、は、フェンリルを支配したいから従魔として作った訳じゃないよ!」

「ほう。」



フェンリルの目が細まった。



「先ほどの我の問いに答えた言葉は、全て其方の偽りない本心だと?」

「そうよ。フェンリル、私が従魔として貴方を求めたのは大切な人達を守る為だもの。」



即答する。

コクヨウ、アディライト、ディオン、フィリア、フィリオ、リリス。

この子達が全員が私の大切でかけがえのない、この世界で何があっても守りたいと思える存在。



「弱き者を守る為に我を欲したか。しかし、ディアはおかしな事を言う。」

「おかしな事?」

「其方は我を作りし主人だ。なら、ただ我に命令すれば良かろう。自分の命令に従え、と。」

「っっ、しないよッ!」



記憶の先に、私を嘲笑う彼等の顔が浮かぶ。

頭の中に反響する、悪意の言葉。



「っっ、私は、絶対に誰かの気持ちを無理矢理に押さえつけたりなんかしない!もちろん、フェンリル、貴方の事も!」



絶対にあの人達と同じにはならない。

主人?

だから、自分の命令に従え?



「フェンリル、貴方は意思のない“もの”ではないでしょう?」



心は自由だ。

自分の意思で考え、大事だと思える行動をすれば良い。



「私は貴方に主人だからと言って偉そうに命令なんか、絶対にしないよ。」



それが、私のちっぽけなプライド。



「貴方も私も、同じ心を持ってる。自分がされて嫌な事を、私は相手にしない。」



譲れない、決め事だ。

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