15 陸攻対戦艦、再び

「第一次攻撃隊の損害は零戦九機、第二次攻撃隊は零戦一、九九艦爆十七機、一式戦三、九九軽爆八、第三次攻撃隊は零戦四、一式陸攻二、九七艦攻三となっております。その他、損傷機多数です」


 ラバウルの第十一航空艦隊司令部では、三次にわたる攻撃隊の損害集計が行われていた。


「戦闘機隊を退けたとはいえ、米軍の対空砲火は侮れんな」


 意外に第二次攻撃隊の損害が多いことに、草鹿任一司令長官は渋面を作った。


「とはいえ、第三次攻撃隊の損害が予想よりも少ないため、対空砲火の減殺という当初の目的はある程度達成出来たものと認められます」


 参謀長の中原義正少将が言う。


「そうだといたしましても、敵艦隊上空になおも戦闘機隊が存在していることは、留意すべきでしょう」


 そう指摘したのは、先任参謀の三和義勇大佐である。


「昨年末から確認されている米軍の双発新鋭戦闘機は、我が零戦に匹敵する航続距離を持つものと考えられます。恐らく、エスピリットゥサントから飛来したものでしょう」


「しかし、その数は少なかったと聞く」中原参謀長は言う。「旋回性能も我が零戦に劣るとなれば、現状でそれほど脅威に感じる必要はないのではないか?」


「しかし、陸攻隊にとっては鈍重な双発戦闘機であっても脅威となります」


 P38は双発戦闘機としては軽快な操縦性を持つのであるが、その実態を知らない彼らは、この段階では陸軍の二式復座戦闘機「屠龍」と同様な使い勝手の悪い双発戦闘機と捉えていたのである。


「やはり、第四次攻撃隊は夜間攻撃を期すべきだな」


 継続的な航空作戦を行うためにも戦力を維持すべきと考えている草鹿中将は、少しでも陸攻隊の損害を局限する方針をとった。

 薄暮攻撃も考えたが、敵戦闘機が日没近くまで敵艦隊上空に留まっている可能性を懸念したのである。


「ただちに照明弾を搭載した接触機を発進させろ。また、現在の接触機に、夜間攻撃用の接触機を誘導するよう通信を出せ」


「はっ!」


 こうして、第十一航空艦隊の主力陸攻隊による夜間空襲は決定した。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 月明かりの差し込む空に、南十字星が輝いている。

 雲は断片的であり、視界は良好。

 そんな空の下を、一式陸攻の大編隊が飛行していた。


「ソロモンの空も、中々捨てたもんじゃねぇじゃねぇか、ええ?」


 一式陸攻の操縦席で、野中五郎少佐は部下に笑いかけた。


「ええ、ちょっとした遊覧飛行気分ですよ」


「んで俺たちはこれから、アメ公どもを夜の海水浴に招待してやるわけだ」


 機内に笑いが弾ける。その様子を見て、野中は内心で安堵した。

 彼の部下統率法は、基本的には部下たちの緊張と恐怖を和らげることを考えてのものだった。侠客じみたべらんめえ調も、そのための手段の一つでしかない。

 現在、彼ら七五二空を始めとする第十一航空艦隊の陸攻隊は、レンネル島沖を航行中であるという米戦艦部隊へと向かって進撃していた。戦力は七〇一空(元美幌航空隊)、七〇五空(元三沢航空隊)、七五一空(元鹿屋航空隊)、七五二空(元第一航空隊)、七五五空(元元山航空隊)と、現状で第十一航空艦隊が出撃させられるほぼすべての陸攻隊で構成されていた。

 一部の搭乗員が熱帯病にかかるなどして完全な全力出撃というわけでもなかったが、それでも整備中の機体や予備機などを除いた約九〇機の一式陸攻が出撃したのである。

 とはいえ、野中はその軽口に比して、内心では決して楽観などしていなかった。各飛行隊の定数は、三十六機ないし、四十八機なのである。つまり、本来であれば五個飛行隊で二〇〇機以上の大編隊を組めるはずであった。

 それが九〇機程度となってしまったのは、開戦以来の消耗故である。

 今はこうして笑い合っている部下たちも、何人が無事に明日の朝日を眺められるのだろうか?

 だが、そうした懊悩に苛まれるのは後ででいいと野中は気持ちを切り替える。

 敵艦隊にはすでに接触機が張り付き、長波を発して陸攻隊を誘導している。

 矢は弦を放れ、後は的に突き刺さるだけ。

 ならば一際でかい的に必殺の魚雷を叩き付けてやろうと、野中は決意していた。






 各種計器板の蛍光塗料の光だけが淡く輝くコロラド艦橋は、肌がひりつくような緊張感に包まれていた。

 先ほどから、海面に赤や緑に発光する照明浮標が艦隊の進路上に現われたのである。


「間違いなく、ジャップの接触機によるものでしょう」


 モールトン航空参謀が固い声でそう判断した。

 艦隊は日没後も、断続的に日本軍機による接触を受けていた。それらの機体が、照明浮標を投下したのだろう。

 艦隊将兵にはそれがまるで地獄へと続く道しるべのように見え、不気味極まりなかった。


「ジャップの夜間空襲が始まるぞ。総員、警戒を怠るな」


 ハルゼーは厳しい声で部下に命じた。

 現在、艦隊はレンネル島沖を通過したところであった。ガ島まではおよそ一〇〇キロ(約五十三浬)。

 十五ノットの速度で進めば、三時間弱で到着できる。時刻は一九〇〇時を回ったところ。日付が変わる前にはガ島沖へ突入出来る。

 艦隊は魚雷二本を喰らった軽巡ボイシが沈没したものの、被雷した戦艦メリーランドとミシシッピーは未だ十七ノットでの航行が可能であったので、艦隊は戦艦四、重巡一、駆逐艦三、高速輸送艦四の編成で北上を継続していた。

 そして、一九一八時。

 ついに恐れていた報告がレーダー室からもたらされる。


「西方より接近する機影、多数確認。およそ一〇〇機規模の大編隊です!」


「対空戦闘用意!」


 昼間の空襲で生き残った対空火器に向け、乗員たちが駆ける。


「砲術長、星弾スターシェルの用意だ!」


「アイ・サー」


 対空火器には、射撃管制レーダーが存在しない。そのため、対空射撃そのものは目視によって行わなければならないのだ。だから、視界を確保するために星弾を撃ち上げる必要がある。

 やがて、輪形陣の上空に黄白色の光球が出現した。およそ一秒間隔で、光の玉が次々と花開いていく。

 ジャップの投下した吊光弾である。


「敵機群、散開を始めました! 襲撃態勢に入りつつある模様!」


「砲術長、星弾射撃だ! レーダーで探知した方角に射撃せよ!」


「アイ・サー!」


 コロラドの舷側に備えられたケースメイト式の五十一口径五インチ砲が旋回し、仰角を取り始める。


撃てファイア!」


 軽い振動と共に、コロラドは副砲射撃を開始した。

 左舷の彼方で星弾が炸裂し、周囲の空を照らし出す。それとほぼ同時に、見張り員の報告が届く。


「敵機を視認しました! 距離、およそ四〇〇〇! 一式陸攻ベティの編隊です!」


 星弾の光によって姿を現したのは、葉巻のような太い胴体を持つ双発の日本軍機。

 開戦直後にイギリス戦艦二隻を撃沈し、そして今も南太平洋の連合軍を苦しめる忌々しい機体。


「目標、左舷四〇度の敵機群! 撃ち方始めオープンファイアリング!」


 左舷を指向する高角砲、機銃が曳光弾混じりの射撃を開始する。

 ジャップの吊光弾とアメリカの星弾、そして対空射撃の閃光と曳光は、夜を昼に変えるには十分なものであった。

 第七十七任務部隊の周囲は、日米両軍によって擬似的な昼が作り出されていた。

 その中を、一式陸攻は進んでいく。


「敵機、高度一〇〇以下です!」


「クレイジー・ジャップめ!」


 コロラド艦長が罵声を漏らす。

 いくら照明弾があるとはいえ、視界の限られた夜間に操縦性の悪い双発機で高度一〇〇以下だと? 操縦桿の引きを少しでも誤れば海面に激突するだろうに。

 艦長は初めて体験する日本軍の空襲に、得体の知れない理不尽さを感じていた。


「敵機、本艦に向け突っ込んできます!」


「面舵二〇度、急げ!」


 大きく舵を切れば、舷側の対空火器を敵機に向けることが出来なくなってしまう。それゆえ、敵の雷撃を回避しつつ、対空射撃の密度を落とさないためのコロラド艦長の判断だった。

 コロラドは二十一ノットの速力で、吊光弾の光が反射する黒い海面を引き裂いていく。

 夜間で視界が悪化しているのは、日本軍だけでなくアメリカ軍も同様であった。輪形陣を構成する各艦が高速で動き回っているが、これは下手をすれば衝突の危険性さえ生じる行為である。


「輪形陣北側、東側、南側からも敵機が接近してきます!」


 レーダー室から、混乱したような報告が寄せられる。


「奴ら、全方位からこちらを雷撃するつもりだ」


 艦橋で対空戦闘の推移を見守っていたハルゼーは、敵指揮官の狙いを即座に悟った。

 全方位から雷撃することで命中確率を上げようとしているのか、それとも輪形陣の混乱を狙っているのかは判らない。

 だが、少なくともこの状況下において有効な戦術であることは間違いない。


「陣形を維持しつつ、北上を続けよ!」


 ハルゼーはそう命ずるより他になかった。各艦の操艦は、それぞれの艦長たちの役目である。彼はただ、艦隊の行く先を示すことしか出来ない。

 指揮官席に座ったこの猛将は、しかめ面で腕を組んで戦闘の様子を眺めているしかないのだ。






「行くぞ、手前ぇら! しっかりと付いてこい!」


 七五二空の一式陸攻、その機上で野中五郎少佐は気炎を上げた。

 編隊灯を点滅させ、部下の機体に突撃の信号を送る。

 照明弾の光を反射する黒い海面の上を、一式陸攻は高速で駆け抜ける。

 搭乗員たちが「アイスキャンディー」と呼ぶ曳光弾混じりの敵弾が、陸攻隊の頭上を飛び抜けていく。さらにその上空では星弾が炸裂し、彼らの機体を夜の空に浮かび上がらせている。


「アメ公から花火でお出迎えだ! こっちもお返しに魚雷をぶち込んでやれ!」


「はい!」


 機内から威勢のいいかけ声が返る。

 部下たちの士気が高いことに満足して、野中は機体を操っていく。狙うは、輪形陣から遅れつつあるメリーランド級戦艦。恐らく、昼間の第三次空襲で被雷したのだろう。


「野郎どもは付いてきているか!?」


「はい、四番機までしっかり後続しています!」


「おっし! このまま殴り込むぞ!」


 野中は部下の前では、敵艦隊への突撃を「殴り込み」と表現する。

 回避行動を取りつつ対空砲火を放つ米戦艦。だが、その火箭は昼間に受けた損害の結果か、ひどく散発的なものであった。

 昼間に出撃した搭乗員たちには感謝しないといけないなと思いつつ、野中は機体を操っていく。

 すでに高度は十メートル前後。操縦桿の操作一つ誤れば、海面に激突してしまう。

 だが、対艦攻撃を行うために猛訓練を続けてきた陸攻隊にとっては、いつも通りの高度であった。この高度ならば、敵の対空火器は俯角限界からまともに照準を付けられないのである。

 野中の直率する小隊四機は、統制された動きでメリーランド級への射点に付く。


「用意、てっ!」


 胴体下の九一式航空魚雷改三が投下され、八〇〇キロの重りを外された機体が浮き上がろうとする。それを防ぎながら、野中はなおも機体を直進させる。

 マレー沖海戦での戦訓から、陸攻隊は雷撃後、直進して敵艦上空を突っ切ることになっていた。それまでの訓練では雷撃後、退避行動を取ることになっていたのだが、機体を旋回させると速度が落ちる上に胴体側面を敵に晒して被弾面積を自ら大きくしてしまう。だからこそ、マレー沖海戦以降、陸攻隊は敵に対する面積を最小限にするため、雷撃後も直進して敵艦上空を通過することになっているのだ。

 距離一〇〇〇メートル未満で魚雷を投下すれば、敵艦上空を通過するまで十秒もない。

 理論の上では敵艦上空を通過した方が被弾の確率は低いのだが、自ら対空砲火に飛び込んでいくようで心理的圧迫感の方はもの凄い。

 敵メリーランド級の船体が迫り、吊光弾に照らされた艦橋や十六インチ主砲塔がくっきりと見える。

 そして、航過。

 反対側から雷撃を仕掛けた別の小隊の機体と、危なげなくすれ違う。

 そのまま輪形陣の外側まで一気に通過し、戦果確認のために高度を戻す。

 そうして始めて緊張から解放され、野中を始め搭乗員たちは深く息をついた。






「メリーランド被雷! 速力低下! 輪形陣から脱落していきます!」


 見張り員の悲鳴が艦橋に届けられる。今もコロラドは左右へと必死の回避運動を行っている最中だった。


「くそっ、夜行性の忌々しいサルどもめ」


 ハルゼーはぎりっと歯を軋ませる。


「敵機は依然少数の編隊で、連続的に我が輪形陣全方位から襲撃をかけています!」


 レーダー室からの報告も、悲痛なものだった。

 全方位からの五月雨式の波状攻撃は、完全に米艦隊の処理能力を超えていた。陸攻隊による飽和攻撃によって、元々昼間の空襲で少なくなっていた対空火器はさらに分散して射撃をすることを余儀なくされ、米艦隊の特徴の一つとも言える濃密な対空弾幕を形成出来なくなっていたのである。

 また、旧式戦艦に対空火器の射撃管制レーダーが備えられていないことから、命中率も芳しくない。ほとんど、夜の闇の中に曳光弾が消えていくだけである。


「ミシシッピーも被雷の模様!」


 昼間の雷撃で被害を受けていた二戦艦は、もともと速力の低下から遅れ気味であった。そこを、ジャップは狙ってきたのだ。

 だが、それで満足するジャップではない。何しろ大型艦という極上の獲物は、メリーランドとミシシッピーの他にもいるのだ。


一式陸攻ベティ、低空にて左舷より接近中! 本艦に向かってきます!」


「取り舵一杯!」


 コロラド艦長が命じる。魚雷に対して艦首正面を向けることで、被雷面積を少しでも減らそうとしているのだ。一時的に対空火器の射界を遮ることになるが、やむを得なかった。

 とはいえ、二十一ノットの慣性がついた排水量三万二〇〇〇トンの船体は簡単には転舵を始めない。

 敵機が次々とコロラド艦上を通過していく。アメリカ軍にとって口惜しいことに、撃墜される機体はない。

 左舷に目を向ければ、白い航跡を曳いてジャップの魚雷が接近しつつあった。

 そしてようやく、コロラドの艦首が左へと振り始める。


「……」


「……」


「……」


 艦橋の誰もが、コロラドと魚雷の行方を注視していた。向かってくる魚雷は四本。

 三本は、コロラドを挟み込むように右舷側へと抜けていった。しかし、残る一本が照明弾に照らされた海面をコロラド目がけて突き進んでいた。


「総員、耐衝撃防御!」


 命中を覚悟し、艦長は叫んだ。

 ジャップの魚雷が、コロラドの舷側へと消えていった。

 誰もが被雷の衝撃を覚悟していたが、それはいつまで経ってもやってこなかった。


「敵の魚雷は不発! 不発の模様!」


 誰の背にも、じっとりとした汗が滲んでいた。南洋の暑さのためだけではない。

 艦橋に詰める者たちが、深く息をついた。しかし、安堵を覚える状況でもない。コロラドは幸運に見回れたが、艦隊全体はそうではないのだ。

 指揮官たるハルゼーから末端の水兵に至るまで、誰もがジャップの攻撃隊がさっさとラバウルやブーゲンビルへと引き上げてくれることを祈っていた。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「戦艦三隻撃破、巡洋艦、駆逐艦各一隻撃沈確実。一式陸攻の損害は五機のみ。これが、攻撃隊からの報告だな?」


「はい」


 ラバウルの第十一航空艦隊司令部では、夜を徹して航空部隊の指揮が行われていた。

 草鹿任一中将は、攻撃隊から寄せられた報告に眉を寄せていた。


「命を賭して夜間雷撃を行ってくれた搭乗員には悪いが、この戦果を鵜呑みにすることは出来んだろう」


 彼は暗号電を解読した用紙を机の上に置いた。参謀長の中原義正少将が紙に手を伸ばし、内容を読む。


「はい。これまでにも、夜間攻撃では戦果が過大に報告された事例が多数あります。それを踏まえたのか、今回はかなり抑制的な内容ですが、それでも、だいぶ割り引いて考える必要があるかと」


「うむ」


 い号作戦発動以来、陸攻隊は南太平洋を航行する連合軍輸送船団に幾度となく夜襲をかけていた。

 しかし、敵の対空砲火や撃墜された機体の火柱を敵艦の爆発と誤認したのか、戦果が過大に報告される傾向にあった。酷いときには輸送船十隻撃沈と報告されながら、翌日、再び接触機を出してみるとその半数も沈んでいなかったという事例すらある。


「撃沈確実となっているところに関しては、撃破という程度に留まっているかと。また、戦艦三隻撃破についても、一隻、ないし二隻の可能性があります」


「それについては、戦果確認のため、新たに吊光弾を積んだ機体がすでにムンダを発進しているはずです」


 先任参謀の三和義勇大佐が言う。

 今回の攻撃は、米軍のガ島来寇を妨害するためのものである。それ故、戦果に大きな誤認があればガ島の陸海軍将兵そのものを危機に晒してしまう。

 そのため予め追加の接触機を用意していたのである。


「しかし、その間にも米艦隊はガ島へ向けて北上する可能性がある。やはり、ガ島には警告を出し、ツラギの甲標的部隊を事前の計画通りにルンガ沖に待機させるべきだろう」


 ガダルカナル島対岸のツラギに配備された甲標的部隊は、第八艦隊所属の第七根拠地隊の指揮下にある。しかし今回、第八艦隊は船団攻撃、第十一航空艦隊が米艦隊の迎撃という役割が連合艦隊司令部より割り振られたため、一時的に甲標的部隊の指揮が第十一航空艦隊司令部に預けられている。


「それと、第八艦隊からの通信はないのか?」


「はい。いえ、未だ無線封止中のようでして何の通信もありません」


「我々は未だ敵輸送船団の捕捉に成功していない。第八艦隊もそれは判っているはずだろうが……」


 第十一航空艦隊の放った索敵機は、結局日没までに米輸送船団の捕捉に失敗していた。そうなると、輸送船団への夜襲を試みている第八艦隊の作戦構想そのものが瓦解することになる。


「今から反転、北上すれば米艦隊の帰路を封鎖することが出来るのだろうに……」


 口惜しそうに、草鹿は呟いた。

 第八艦隊の指揮権は、第十一航空艦隊司令長官である草鹿には存在しない。第八艦隊長官である三川軍一とは、同時期に中将に昇進しため、先任・後任の序列がないのだ。

 南太平洋における二個艦隊(第十一航空艦隊は基地航空隊だが)の指揮系統が一本化されていない弊害が、依然として存在しているのである。


「ここは、三川長官のご判断を尊重するしかないでしょう」


 中原参謀長が、溜息をつくような調子で言った。彼もまた、指揮系統の分裂を苦々しく思っているらしい。


「やむを得んな。我々は我々で出来ることをやるしかあるまい」草鹿は言った。「明日以降の出撃に備え、搭乗員には十分な休養を与え、機体の整備もまた万全にするように」


「はっ。ただちに、各部隊に伝達いたします」


 航空隊としての第十一航空艦隊の役割は、一旦終わった。あとは、ガ島に所在する陸海軍各部隊の奮戦にかかっているといってもよいだろう。

 無線封止に入った第八艦隊の動向が判然としないのが、不安要素ではあったが。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「メリーランドには先ほどの空襲で魚雷四本が命中、昼間の被雷と合わせて浸水量が増大、現在八ノットでの航行が限度とのことです。また、ミシシッピーも被雷二、昼間の空襲と合計で三本の魚雷が命中し、速力十二ノット。ニューメキシコは艦尾に被雷し、右舷スクリューが損傷、速力十三ノット」


 ブローニング参謀長のまとめた被害報告に、ハルゼーは渋面を作る。


「ジャップは敢えて攻撃を分散したと見るべきでしょう」ダグ・モールトン航空参謀が言う。「奴らはこちらの戦艦を撃沈するのではなく、一定程度の損傷を与えて撃退することが目的だったのです」


「だったら、連中の目論見が外れたってことを、このコロラドが証明してやろうじゃねぇか」


 普段のぞんざいな口調で、ハルゼーは宣言した。


「神の加護のお陰か、ジャップの間抜けかは知らんが、本艦に命中した魚雷は不発。この戦艦だけは、未だ最大速力が発揮可能だ」


 それはつまり、コロラドだけでもガダルカナルへと突入するという意思表示であった。


「ここからは輪形陣を解き、単縦陣にてガ島を目指す。残存駆逐艦三隻で前衛を形成。その後方に本艦をつけ、ルイヴィルは高速輸送艦の護衛に当たれ」


「アイ・サー。三隻の戦艦については?」


「我が艦隊に、護衛を付けて退避させる余裕はない。キンケードの第五十一任務部隊に駆逐艦を派遣してもらえ。それでエスピリットゥサントまで退避させる」


「アイ・サー」


 通信参謀が敬礼と共に通信室へと急いだ。


「艦隊前進、各員は合衆国海軍軍人としての最善を尽くせ」


 ハルゼーは艦橋の者たちを見回し、そう宣言した。

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