不遇職【人形遣い】の成り上がり ~美少女人形と最強まで最高速で上りつめる~

八又ナガト

第一章 人形の覚醒

第1話 フィギュア・マスター

 背後から鈍重な破砕音が鳴り響く中、俺たちは全力で駆けていた。

 一歩でも足を止めれば、すぐ後ろにいる敵――Aランク魔物、ミノタウロスに追いつかれると理解していたからだ。


「くそ、なんでこんな目に! ふざけるな!」


 先頭にいるこの勇者パーティーのリーダー、

 勇者ノードが苛立ちを隠せないとばかりに叫ぶ。

 想定していなかった危機的状況に耐えられなくなったのだろう。


 最後尾で走る俺――アイクもまた、思わず不運を呪わずにはいられなかった。

 こんなことになるなど、つい先ほどまでは考えてもいなかった。



 ――――――



 グレイセア王国、最高難易度ダンジョン――セプテム大迷宮。

 数多の迷宮資源を内包したこのダンジョンは七階層まであると言われている。

 今回俺たちは三階層までの攻略と、三階層にて入手できる魔留石まりゅうせき(低)の入手を目的としていた。


 攻略は順調に進み、俺たちは三階層のボス、ゴブリンジェネラルとその配下である数十体のゴブリンの討伐に成功した。

 ボス部屋に存在する魔留石(低)の回収も済み後は帰るだけとなった時、ふとノードが言ったのだ。


『なんだこれは。壁のこの部分だけ、魔力密度が異常に濃いぞ』


 ノードはその部分に向けて手を伸ばす。

 俺はその行為の意味を理解した瞬間、驚きのあまり叫んだ。



『待て、それには転移魔法の術式が――』

『ウォォォオオオオオ!!!』



 しかし、もう手遅れだった。

 ノードが壁に触れた瞬間、眩い光が辺りを包み込む。

 数秒後、光が収まった時。

 そこには本来ならば五階層のボスであるAランク魔物、ミノタウロスがいた。


 それはセプテム大迷宮内に不規則かつ稀に現れる罠だった。

 転移魔法の罠があることは事前に聞いていたはずだが、三階層のボスを倒した直後で気を抜いていたからだろう。

 ノードは深く考えることなく罠にハマってしまったのだ。


 各々の魔力も残り少なく、絶望的な状況。

 応戦か撤退か、誰もが迷う中。

 真っ先に動き出したのもまたノードだった。


『う、うわあぁあああ!』

『おい、ノード!』

『ちょっと、どこに行くのよ!?』

『……! おいていかないで』


 我先にと背を向けて走り出すノード。

 彼を追うように重戦士タンクのルイド、魔法使いマジシャンのユン、僧侶プリーストのヨルも走り出す。


 残ったのは、パーティーで最弱である人形遣いドール・オペレーターの俺。

 そして――


『フレア、俺たちも逃げるぞ!』


 ――そんな俺が使役する剣士ソードマン型人形、フレアだった。

 一目見ただけでは人と区別はつかないが、思考したり会話したりする機能は備わっていない。

 言葉に出さずとも使役することは可能なのだが、それでも俺はいつものように声に出して告げた。


『グルァァァアアアアア!!!』

『くそっ!』


 だが、当然逃げる敵を簡単に見逃してくれるミノタウロスではない。

 ミノタウロスは巨大な斧を振りかざしながら、猛烈な勢いで迫ってくる。

 このままなら簡単に追い付かれる――仕方ない。


『フレア! 足を狙え!』


 ミノタウロスの視線が、最も奥にいるノードを捉えているのを確認し、俺は作戦を決行した。

 フレアは身を低く屈ませ、ミノタウロスの足元に潜り込む。

 そして一閃。手に持つ剣で、片足を斬る。


『ルゥウ!?』


 突然のダメージに、ミノタウロスは驚いたように動きを止める。

 ミノタウロスの濁った瞳が足元にいるフレア、そしてそのすぐそばにいる俺を捉える。

 逃げ切れるチャンスは今しかない。


『いくぞ、フレア!』


 既に回復が始まっているミノタウロスの脅威から逃れるためにも、俺とフレアは全速力で駆ける。

 この攻防の間に、ノードたちとの距離は大きく開いていた。



 ――――――



 ここまでが、今に至ることの顛末。

 それからも俺とフレアはヒット&アウェイに徹して時間を稼いだ。

 しかしある程度の時間は稼げたとはいえ、広大なダンジョン内をいつまでもAランク魔物から逃げ切ることはできない。


 ミノタウロスはもう、目と鼻の先まで迫っていた。


 そんな中、俺たちは巨大な石橋に到着する。

 下は真っ暗。落下すれば命はない。

 けれどここを超えれば二階層へ続く階段がある。

 階段はミノタウロスのような巨躯が移動できるような仕様ではない。

 そこまで行けばなんとか振り払えるはずだ。


 安堵しかけた、次の瞬間だった。



聖閃剣ディヴァイン・ソード

「――――は?」



 何を考えたのか、真っ先に石橋の向こうに辿り着いたノードが、聖剣を石橋に向けて振るった。

 衝撃によって石橋全体にヒビが入ると共に、大きく揺れる。


「何してんのよ、ノード!」

「うるせぇ! 要はその化物を排除できればいいんだろうが!

 橋を落として奈落に落としてやる!」


 ユンの非難に対し、ノードは悪びれもせずそう答える。

 何を言っても無駄だと理解したのか、ユン、ルイド、ヨルの三人は急いで向こう側に移動する。


 だけど、俺は。

 俺とフレアは。

 ここまで時間稼ぎに徹してきた。

 だから彼らとの距離があるし、どう考えても崩壊までに移動は無理だ。


「待て、ノード! 俺とフレアがまだ残っている!」

「黙れ! 何がフレアだ! 人形風情に名前など付けやがって!

 そもそもお前みたいな足手まとい、

 初めから囮くらいしか役目なんてねぇんだよ!

 俺たちのために死ねることを光栄に思え!」


「なっ……!」


 思わず、言葉を失ってしまった。

 確かに俺は不遇職と言われる人形遣いで、俺自身には戦う力なんてほとんどなくて。

 使役する人形に指示を出すくらいしかできない。

 だけど力不足を自覚しながらも、勇者パーティーの一員として精いっぱい頑張ってきたつもりだった。

 なのにノードから見て俺は、捨て駒程度にしか認識されていなかったらしい。


 ショックのあまり、瞬間的に思考が停止する。

 それは人形遣いである俺にとって致命的な隙となる。


 フレアを使役するための意識さえ失ってしまったのだ。


「しまった――」


 自分の失態に気付いた時にはもう手遅れだった。

 ミノタウロスはフレアの眼前に立ち、斧を振り上げている。

 瞬間、俺の頭に二つの選択肢が生まれる。


 一つは、フレアを見捨てて俺も橋の向こうを目指すか。

 崩壊しかけている現状だが、今ならまだギリギリ間に合うかもしれない。

 本来の人形遣いの立ち振る舞いとは、使役する人形を囮にしてパーティーを支援するというもの。



 ああ、それがきっと、正しい選択なんだろう。

 だけど――――!!!



 残る一つの選択肢。

 迷うことなく、俺はフレア目掛けて駆け出した。

 そしてその勢いのまま、フレアの体を抱きしめ、その場から飛び退く。


 ミノタウロスの振り下ろした斧が、先ほどまでフレアのいた地面を破壊する。

 同時に石橋は完全に破壊される。

 俺とフレアは空に放り出された。

 ミノタウロスは足場が完全になくなる直前でその場からジャンプし、

 凄まじい跳躍力でノードたちとは逆の足場に着地していた。



 刹那、走馬灯のようにこれまでのことを思い出す。


 かつて、冒険者に憧れて。

 けれど10歳の時に告げられた俺の職業は人形遣いという、囮程度にしかなれない不遇職で。

 嘲笑と非難を受ける中、それでも必死に足掻いてきた。

 他の人形遣いが道具のように扱う人形に

 ただそれだけを信念にここまでやってきた。


 きっと俺はこのまま死ぬのだろう。

 それでも、フレアだけは傷付けない。

 絶対に傷付けてやるものか!


「グルォォォオオオオオ!」


 ミノタウロスは最後まで追いきれなかった鬱憤を晴らすかのように、

 崩壊していく石橋の破片を掴むと俺たちに向けて投石する。

 俺はその破片をフレアだけには浴びせまいと、必死にフレアの体を抱きしめる。


 ゴンッ、という鈍重な音と共に、後頭部に衝撃が走る。

 それと同時に、俺の意識は静かに落ちていく。



 ――完全に意識が落ちる直前、不思議な声が聞こえた気がした。



【条件突破】

人形遣いドール・オペレーターから人形遣いフィギュア・マスターに進化】

魔力供給リソース派生、魔力作成メイカー獲得】

魔糸操作マリオネット派生、自立行動セルフ・アクト獲得】

基礎能力ステータス向上】



 その声が何を意味しているのか。

 薄れゆく意識の中で考えることはできなかった。







「――――っ!」


 はっ、と。

 俺は跳びはねるようにして目を覚ました。


「いつっ!」


 瞬間、ズキンと後頭部が痛む。

 こんなところをいつ怪我したのだろうか?

 俺は原因を突き止めるべく、眠る前の記憶をゆっくりと遡っていき――


「――フレア!」


 全てを思い出し、咄嗟にフレアの名を呼んだ。

 今、俺に命があることを喜ぶのは後だ。

 まずはフレアの体が無事かを確かめなくては!


 当然、名前を呼んでも返事がないことは分かっている。

 辺りを見渡し、直接確かめる必要がある。

 そう思っていた、だからこそ。


「あっ、目が覚めたんだね、アイク」

「……え?」


 自分以外の声が聞こえた瞬間、俺は目を丸くした。


 いや、正確には声が返ってきたことよりも、その声を発した存在が誰かということが重要だった。

 燃え盛る炎のような赤色のポニーテールを靡かせる、優しさと力強さを感じさせる美しい少女。

 俺は彼女を知っている。

 間違える訳がない。だって、ずっと一緒にいたんだから。


 俺はもう一度、彼女の名を呼ぶ。


「……フレアか?」

「うん! そうだよ、アイク!」


 その少女――フレアは、満面の笑みを浮かべて頷いた。



 奇跡のような邂逅。

 これが、やがて俺が世界最強の人形遣いフィギュア・マスターとなるきっかけになるだなんて。

 この時の俺には、まだ知る由もなかった。

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