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「ようやく見つけた! 無事か!?」


「あ、ああ……(焦り)」




 ――メル・ストーリア城下街の景色は一変した。


 グリフォンソール空中艦隊の墜落により、街は出来立ての廃墟となった。

 少年ビーンは、……合流したキリウの身体の傷を確認したのち、改めて周囲を検分する。



「全艦一気に撃墜か……。どういうスキルなんだろう。心当たりはある?」


「いや。この艦隊は全てが一級品の防御結界に守られていたはずなんだが、それを一射で射抜いたのか。想像もつかないな」



「……気配感知のスキルはある? この瓦礫に埋もれてる連中、今日会ったばっかりの人間ばかりだけど生き死にくらいは確認しておきたい」


「飛空艦に乗っていた奴らなら、誰も死んでないよ。全員、ぺしゃんことはいえ転生スキルで作った工房の中だ。今頃は無傷で、事前準備が全部一瞬でパァになった事実に直面してるんじゃないか?」


「き、気の毒に……」



 ボロボロの飛空艦『犬戌』から這い出た人間は、現状では彼ら二名のみである。


 しかし、この状況は「準備をしなくても敵と戦える彼ら」だからこそ身体の上に積み上がった瓦礫を自分で撤去できた、という意味



「……。」



 とかく、キリウの先の言葉については・・・・・・・・・、疑う理由がビーンにはなかった。



「それより、どうしようかキリウ。……『特級派』が擁した工房系スキル持ちはこれで全滅だ。流石に戦力が逆転したかな?」


「どうだろうな。艦隊に乗っていたのは大体工房系だろ? 直接戦闘できるようなのが『特級派』全体に全くいないとは思えない。……というか、俺たちの方が工房系を守る前衛として相乗りした一部の白兵役なんじゃないかな」


「なるほど、……聞きたいんだけど、その判断の根拠は?」


「いやそんなの、工房系ばっか抱え込むわけがないからに決まってるだろ?」












「――は?」











 その疑問符は、少年の言葉へ向けたものではなかった。

 そうではなく、その漏れ出た声は、











?」











 




「――――ッ!!? ぉ、ぉおおおおおおおお!????????」


「君が、『世界派』側のスパイだ。残念だよ。仲良くなれそうだと思ったのにね」




 激痛。

 しかしそれに、キリウは違和感を覚えた。


 刺す様に熱く、体内をぐちゃぐちゃにするほど冷たい。それがナイフによる殺傷だが、




「(毒か!?)」




 そう答えを出しながら、彼は背負った剣を抜く。

 伊達酔狂じみているほどに巨大なる剣。その剣こそが彼の異邦者スキルである。


 その銘は『バウンサー〈EX〉』。

 何かを守れる人間、誇れる人間は、広い背中でそれを語る。……そんな憧憬がもたらしたのが彼の、「背中に背負う巨大な剣」であった。


 その率直すぎる在り方には、彼自身、転生当時こそ失笑をしていた。これでは背中が広いのではなく剣がデカいだけだと。しかしながら今は違う。この背を『デカい』と思ってくれる人々のために、彼は胸を張ってその剣を振ることが出来る。


 そして、その剣は、

 ――






「――――起動ッ!」






 ……彼の持つ『バウンサー〈EX〉』に宿ったスキル、


『毒耐性』、『毒回復』、『治癒力強化』、『体力回復』、『体力最大値増加』、『体力回復』、『代謝強化』、『代謝回復』、『堅牢値増加』、『堅牢値回復』、『堅牢最大値増加』、『時空性回帰』、『健常化』、『負効果中和』、『不活性強化解除』、『不活性化』、『代謝停止』、『魔力依存効果解除』、『物理現象依存効果解除』、『寿命性致死解除』、『非寿命性致死解除』、『運命性現象解除』、『神意寄与恢復』、『蘇生』、『回復性死』、『同人格転生』、『時空再起動』、『現象回避』、『過去改変』、『過去否定』、『現在否定』、『未来否定』、『可能性選択』、『可能性否定』、『可能性生成』、『原点回帰』、『原点改訂』、『現象否定』、『現象改竄』、『現象適応』、『物理適応』、『全適応』、『神域到達』、『魔王覚醒』、『王位』、『覚醒』、『新生』、『不理解』、『完全理解』、『全属性吸収』、『世界依存脱出』、『世界同質化』、『万象相克』、『勝利確定』、『存在化』、『普遍存在覚醒』、『次元相克』、『次元昇華』、『死概念相克』、『死者転生』、『聖者』、『生存概念否定』、『生命複製』、『生命連続性棄却』、『生命非連続性棄却』、『世界連続性棄却』、『世界非連続性棄却』、『対象生命連鎖』、『感応刺激』、『絶対確定存在』、『非確定情報体化』、『高次元移動』、『低次元移動』、『幽世』、『支配』、『自由獲得』、『世界操作』、『自己操作』、『無意識化』、『精神別離』、『身体無為』、『空転現象』、『守護』。


 ……思い浮かべた、ありとあらゆる生存のためのスキルが、






残念・・






あ、れ・・・……?」









 









 彼は、相棒たるその剣を保持する膂力さえ確保できずに、剣を取り落とし膝を付く。



「なに、 を、  ……し た ?  」


「実はね、君の事は知ってるんだ、『大いなる剣』。……気の毒に。そんなふざけた性能の剣を持ってるくせに君自身はただのヒトだ。


 その言葉にただ従うようにして、男、『大いなる剣』キリウ・カズキは自らの手を見る。



「……………………。」



 ――こんなものはなかったはずだ。

 こんなものを付けられて、気付かないはずがないだろう。



。君の剣は必要に応じてスキルを捻出してくれるんだろ? 次は、『素手じゃなくても剣のスキルを使えるスキル』でも作っておくんだね」



「あ   ぁ 」



「安心してくれ。。だからその毒は致死性じゃない。だけど耐えようと思って耐えられる気絶でもないから、さっさと気絶しとけ。あと30秒待って君がまだ起きてたら、僕は飽きてどっか行くからな」



「 ぁ     ぉ  。」




「……よし、いい子だ」
















 /break..

















『ああ、そうだ』


? 使?」


『……依頼として頼んでるんだ。合流はまだだ。いやなら、この話はナシだ』


「わ。わかりましたよ……」



 異邦者コーネルスは、『依頼人』の奇妙なオーダーに不承不承納得する。



「……ちなみに、その判断の理由は聞かせてもらえるんすか?」


『企業秘密だ』


「アンタ個人依頼だろ……! こっちも無茶させられるってんならそれに納得できないと動けるもんも動けないんですけど……!」


『怒るなよ。……仕方ないから、その代わりにヒント出してやるから』


「は? ヒントって、なんの……?」


『敵の居場所だよ。俺の方にちょっとしたネットワークがあるんだけど、そいつに引っ掛かった奴がいる。そいつがとりあえずで敵だ』


「とりあえず? いやこっちも敵の情報入れてからじゃないと戦いにはいかないっすからね! ちゃんと具体的に教えてもらえませんかね! こっちは生死掛かってんだぞ!」


『生死とカネを等価交換してる奴が良く言うよな。うそだ冗談だ通話を切るな。ってことでヒントなんだが、敵の居場所だ。お前は、じゃあそこまで出張ってからそいつを遠目に見てみて、それで勝てるかどうか考えてみたらいいじゃないか』


「そ、そこまで言うならまあ……」


『ってことで敵の居場所なんだが、……おっと』


「な、なんですか?」



『敵の居場所は、――飛空艦隊の墜落地点だ。だけど、目視以上の距離まで不用意には近寄るな。そこ今、なってるから』
















 /break..



















「……よし、いい子だ」


 少年は、動かなくなった青年、――『大いなる剣のキリウ』に呟く。

 そして、それで以って興味を失くしたように、視線を周囲に振った。


「さて。……さすがは初めて・・・だ。どういう状況なのか全く分からないな」


 脳髄を穿たれ地に伏した飛空艇『犬戌』。遠くに目線をやれば、他の10機も同様の状況であることが分かり、……また、



「(喧騒。群衆が来てるな、世界派の連中か)」



 彼は敢えて、グチャグチャの飛空艇の方へと歩み寄る。

 ……例えば、飛空艇を撃ち落とした砲弾(?)の当たり所が悪く、どこかに引火していようと彼にとっての問題ではない。その時点で彼には最低限の警戒心しかなかったが、それでいきなり彼を巻き込むような爆発があったとして、彼が失うものは何もない。


 ゆえに、現場の検証を何よりも優先する。

 そして、それで分かったことは、



「(驚くべき頑強さだな。これ、飛ばそうと思えば今すぐでも飛ばせるんじゃないか?)」



 ――見た目ほどの損壊が、この艦には見られなかった事である。


 高度千数百メートル上空からの墜落だったにもかかわらず、この船はひしゃげただけらしい。人体で例えるならほんの打撲程度。痛痒ではあろうが、それだけの事。

 それでも、この艦がうんともすんとも言わないということは……。



「(あの砲撃、見事に『脳』を撃ち抜いたってことか。……防御結界を抜いて、なおかつ正確に)」



 ――レガリア=エネルギー。

 彼は、そのように胸中で呟く。



「(使ったのか・・・・・。……『世界派』はこの戦争をそんなにも重要視しているのか? 異邦者が強いことなど、既に周知されたってのに)」



 少年・・は、この紛争に参加する動機を持ってはいなかった。

 ゆえに彼は、至極フラットに両陣営を考察する。



「(異邦者宣言の時点で、はっきり言えばこの世界に対する異邦者の示威行為は完遂してる。この戦争は、言ってみれば蛇足だ。脅威だって既に分かってる奴が脅威を振りまいているだけの事。……それとも、『世界派』はこれが示威行為だけじゃなくて侵略行為にまで進展するって考えてるのか? 馬鹿馬鹿しい。動機の考察が抜けてるんじゃないだろうな。こんな世界を取ったからって何になるっていうんだ)」



 ひしゃげた艦のシルエットをフリークライミングのようにして登る。

 彼が目指すのは、射抜かれたと思われる『脳』、操舵指令室である。



「(とりあえず。……この状況、まずはどうする? 気絶してるかもしれない『犬戌』のクラークちゃんを叩き起こして、そうだな。……僕の身元を名乗って、指揮の再構築を進めてもらうか。……あ、王様ってこの光景見てどう思ってるんだろ? 城下町がこんなハチャメチャになってるんだもんな。どうするつもりなのか聞いてみるべきか?)」



 卓越した技能により、フリークライミングはものの3分で飛空艇上部の一室へと到達する。


 この一室は、少年も使っていた『乗り合い向けの客室』だった。

 彼は、特に損壊がマシな部屋から飛空艇内部へ侵入を試みて、







 ……ちょうどその瞬間に、「」。



「(……、……)」






 それを確認して即座に、彼は掴んでいた飛空艦の縁から指を放す。

 そして、身体を翻して「落下しながら走る」。ひしゃげた飛空艦のシルエットを走り幅跳びのように駆け抜け、地上へ到達。その速度を維持したまま、索敵したその『異常魔力』の方向へと駆け抜ける。


 距離は2キロ。それを彼は、魔術的な補助で以って13秒で走り抜け、

 そして、――その地点へと接触した。



「……、……」



 それは、

 ――『世界の終りのような戦い』であった。
















 ……………………

 ………………

 …………
















 その場所・・・・は、既に見る影もない。

 数分前までは整序連なった美しき街並みだったのだろう。例えるならその感慨は、狩れた老人に過日の清廉な顔つきを思うのに近い。


 つまりは、失われた美しさ。

 生命の灯が明滅する程の突風を浴びて、灯が陰ったその情景。


 街としての体裁はなく、そこにはただ、不可逆的な損壊が撒き散らされるのみ。


 そこに、

 ――『彼ら』が立つことにより、そこは今より戦場と相成った。




「……、……」


「……、……」




 なにやらやり取りをしているようだが、遠巻きに眺める『少年』には判然としない。

 ゆえに彼は、遠すぎてモザイク調となった戦場を第三者として観測するのみである。


 ――片方は、グリフィンソールのトップ、クレイン・グリフォンソール。

 王族の寝間着みたいなちぐはぐ・・・・な印象の格好で、彼は艦隊が横たわる前に立ちふさがっている。


 そしてもう一方は、小さな少女であった。

 肩掛けに桜色の外套を羽織っており、その下には黒のドレスのようなものを着ている。


 両者は、共に徒手空拳。

 どうやら名乗りが済んだらしい。先に動いたのは少女の方であった。



「――――!」



 片手が、外套と同じ桜色に輝き、そして焔を吐いた。どうやらそれがクレインの視界を灼いたらしい。魔力を乗せた十数メートルのスウェイで、クレインが少女との距離を取った。


 対し彼女は、……見れば、いつの間にやらその手には「二本の長大な剣」。

 白黒に輝くそれらは、彼女が一挙手一投足をするごとに周囲をふざけた切れ味でズタズタにしている。さらに、――彼女に魔力反応。見れば、天空には、旧式の戦闘機が奔り回っていた。



「(異邦者か)」



 ゼロ式、……の類いの何か、としか少年には判別が出来なかった。更に、どこからか機関銃の斉射がクレインをけん制しているのが見える。立ち合いとしては、ほんの三秒。たった三秒で世界が『戦災』へと一変し、――そして、



「(クレインが本気を出したな)」



 。11艦全てが、少女一人を狙って山を穿つような砲弾を叩きこんでいる。

 手数は少女に分があるが、威力はクレインの方が上だ。人間二人のタイマンの喧嘩の上では、旧式兵器の乱射と飛空艦の一撃必殺が応酬をしている。


 いや、状況が今、更に変わった・・・・・・




「(なん、だ……!?・・・・・・・・)」




 頭が割れるほどの頭痛をまずは、少年は感じた。


 それと共に視界が赤く塗りつぶされ、――そして、




「(マズい!? なんだか知らないけど滅茶苦茶マズい!!)」




 ――ごぉん、という音。


 それが少年には、自分の脳内から聞こえた音なのか実際になった音なのかの判断が出来なかった。


 精神操作・・・・


 彼は即座にその怒りを看破する。

 そうでなくては、こんなにも不愉快な感情があっていいはずがない。


 なにせ、

 ヒトが生きているのがあまりにも不愉快に感じられ、それを殺すことこそが自分自身の使命であるように確信する。

 殺した数だけ、自分は天国に近づく。殺した相手をそのまま地獄に叩き落せる。守るべき家族さえ憎く、それを守るために敵を殺すべきであり、またその次にこそ丹念に家族を殺すべきだと彼は感じた。だからこそ彼は、自分が今異常であると理解できた。


 しかしながら、それを異常だと思ったのも既に懐かしい・・・・・・

 今は、「世界が変わったのだ」と彼の本のがラッパを鳴らす。その音が彼の思考を塗りつぶす。懐かしいが、今は別だ。今は、



「(逃げ、ッないと――!!!??)」



 懐かしい感情をさえ失ってしまう半秒前。

 彼は「隣人を殺せ」という美しくも気高い使命感から尻尾を巻くようにして、――つまりは正気を失うギリギリで後ろに退くことに成功した。


 攻撃術式に魔力を込める以上の全力で以って、彼は退避の一歩を魔術的に強化する。

 音速の壁を破る破裂の音。ソニックムーヴに全身をズタズタにしながらも彼は、ただ一つの跳躍で500メートル後方の虚空へと舞い上がる。



「(ま、まだ足りないのか!? ……殺せ殺せってうるせえんだよ中二病か僕は!! クソ! どこまで逃げたらこの異常思考は振り切れる!?)」



 着地に向けて、彼は更に下半身へ魔力を注入する。500メートルで足りぬなら、次は500キロで飛び退いてやるつもりで。そうでなくては、この異常思考が残す後遺症が、自分を永遠の妄執に取りつかせる、という戦慄が少年にはあって、


 ――そして、




「    あ?    」





 音速を超過した速度で虚空を跳ぶ彼に、

 ――追いついてきた見知らぬ男・・・・・・・・・・・・が、少年を叩き落した!
















 /break..
















『接触まではお勧めできないが、でもその辺にいるってのはヒントだろ? 接近はしておいて損はないと思うよ』


「……、……。」




 某所。

 異邦者コーネルスは、通話中の『依頼者』の言葉に食って掛かる。




「ホントにッ、なんでこんなことになっちまったんだ! なあ頼むから状況を教えてくれないか!? なんで近寄ったらダメなのかだけでもいいから! 汚染魔力系の術式でも散布されてるなら情報量をこっちから払ったって良い!」


『汚染魔力? ……放射能みたいなもんか?』



「……待て、放射能を知ってるのか?」


『こっちは異邦者に依頼を出すような金持ちだぞ? お前ら・・・の知識も入れておかないと俺が気付けないような悪口スラングをお前らは面と向かって言いやがるじゃないか。俺は一度、目を見て直接「チー牛野郎」って言われたことがあるが、当時は気付かずスルーしちまったよ』


「そ、育ちの悪い異邦者もいたもんだな……」


『冗談だけどな』


「え? ど、どこからが冗談……?」


『とにかく、怖くて仕事が手につかないってんなら教えとくが、危険領域内に展開されてる術式は精神汚染の類いだよ。……空が赤く見えたら教えてくれ』


「……なんだそれ。空が?」


『こっちの話だ。答えは教えないからそっちで適当に察しとけ。……んで、――今しがた、「敵」が汚染範囲から退避した。高度25メートル、西の方に500メートルだ』


「……、」



『見せてくれよ暗殺者。「フリースタイル」ってのの神髄だろ? 俺に観測されるのが不味いってんなら通話を切るが……』


「いや、良い。それよりも」



 ――精神汚染の効果範囲は逸れてるのか? と彼、


 彼は言いながら、……その場でリズミカルにジャンプをする。




 と、と、と、

 と、と、と。


 石畳を叩く靴底の音が、リズムを作る。




『ああ、逸れてるよ』


「それならいい。……ちなみに聞くが、俺のスキルをどこまで知ってる?」




『――速い。誰にも追いつけないし、誰にでも追いつける。ってところまで』


「……じゃあやっぱり、隠すことなんて何にもない。今アンタは、俺のスキルをそっくり言い当てたよ」




 とーん。とーん。とーん。


 とーん。……とーん。……とーん。


 とーん。……………とーん。………………とーん。




 音が、間隔を広げていく。

 そして、



 次の音までは、……果たしてどれだけかかるだろうか。

 彼はふわりと、軽くその場で撥ねるようにしていて、



 ――たった一っ飛びで、彼は天空に至る。











「――起動」











 ――フリースタイル。

 彼はこの来世に、自由であることを強く願った。


 前世における彼は、自身の頭と性格の悪さを自覚する他にないほどに不遇であった。

 何をしても、上手く行かない。そしてそのバッドエンドのきっかけは、いつも自分の身のうちに在る。


 些細な言葉で傷付けてしまった親友が、回り回って自分を蹴落とした。

 出歯亀の好奇心で突いたゴシップが、致命的に自分の心証を周囲から失わせた。

 両親が感じていた自分への気苦労に気付けないまま、……それを察せないまま両親が他界した。

 自分自身が犯したミスが、前世が終わった今でもわからない。何が悪かったのか分からない。


 ――いや、

 悪かったのが何かは分かっている。自分だ。自分の頭と性格だ。そしてそれ以外の何もかもが分からない。


 だけど、彼は後悔したくなかった。

 楽しかったのは事実だったのだ。見るに絶えないオチこそついたが、自分の生涯全てを呪うべきだとは思えなかった。


 悪かったのは頭だが、足りなかったのは、彼に言わせれば『自由』であった。



 フリースタイル。

 自由に全てを、踏んづけてその先へ・・・・・・・・・



 実のところ彼は、

 ――
















 /break..
















「    あ?    」





「――お前、『暗殺者』コーネルスかッ!??」




 ――お見知りおき何より。と彼、コーネルス・バッカードは答え、

 そして虚空飛びすさる少年をサマーソルトで蹴り落とした!



「ぎぁッ!!?」



 超音速と亜光速の衝突。

 それは物理現象としては、『世界規模の音飛び』として形になった。


 一拍遅れて、――天を突くような破砕音。

 時空を跳躍する間際の速度による干渉サマーソルトは、ほんの25メートル程度でしかない落下でさえ、敵を大気摩擦で白熱する隕石へと変えた。


 そして、

 衝撃――。


 街が揺れて、水面に落とした雫が『クラウン』を作るように、大地が「ぐわり」と波紋状に形を変えた。




「――よぉ大将! パワーってのは速度×速さ×スピードだ! だから俺は強いってハナシ! 『暗殺者』風情に喧嘩を売られたって自分を恨みな! 押していくぜェ!!!!」


「(それを言うなら速度×握力×体重だろたぶん……ッ!!!)」




 地表にて、少年は今ようやく血を吐いた。

 そして点滅する視界、亜光速で襲い掛かってきた『暗殺者』を探すが……、




「――――ッ!」




『暗殺者』は既に地表へと到達している。少年は、それを本能的に察知し、次いで理性、状況判断へと落とし込む。その時点で『暗殺者』は既に少年までコンマ2秒18メートルの地点まで接近している。



「ふざッ……けんなァ!!!」



 その『言葉』をコーネルスは殴りつけた。しかしながら、彼の拳は少年の頬に届くことはなかった。少年は、既にコーネルスの視界から消失していた。



「消えた――ッ! おい『依頼人』! どういうことだ!?」


『戦いはそっちの領分仕事だろ。俺は依頼人だぞ……? まあでも、ラッキーだったな。マーキングは完了した』



「マーキング。……やっぱアンタ、俺の事を底まで調べたんだな」


『ああ。――秒針23秒の方向に約1530メートル先。まっすぐだ』




「オーケー……ッ!!!!!!」




 と、と、と。


 彼は三度飛び、そして四歩目で地を掻ける。

 目前に在るのはクレーター状に破砕した石畳。それは四つの波紋で以って円を重ねるように隆起していて、彼はそれを四足飛びで駆け抜け、空に飛び出す。



「いいロケーションだ!!」



 右方に崩れた建築物。元は三階建てだったらしいそれは、最上階を押して崩したように斜面に潰れている。そこを彼は滑走路とし、10メートルの助走を以って更に天高くへ飛ぶ。次に彼は、上り坂のスロープに立つ手すりを見つけ、それに両足で着地した。圧倒的な慣性はそのまま彼の身体を運び、手すりを靴底で削りながら彼はその上を滑走する。そして、その向こうには左右に立つ建築物がある。


 ――階層は五つ。彼は壁を蹴ってまっすぐに上へ。するとその建築物屋上に旗が立っているのを彼は見つけ、ゼロ秒の迷いさえなく彼はそれを掴む。――壁飛びの慣性は彼の身体を横に引き擦るが、彼は掴んだ旗を起点にターン。そして手を放す。彼はまた、日差しのみが降り注ぐ天空へと舞い戻り、目下、十数メートル間隔で続く建築物の最頂点を蹴って、



 ――そして、10歩目を以って『依頼人』の指し示した1530メートル先へと到達。




「くっそ! あいつ一体なんなんだよ……!? ――ってもう追いつきやがったのか!!??」


「衝撃に備えろォ!! やっふゥウウウウウウウ!!!!!!!!!!!」




 何らかの術式で転移したらしい『少年』の、混乱と理不尽への激情を隠しもしないそのうなじ・・・に、彼は何の躊躇もない跳び蹴りを行って――、











「リ、リロード!!!」
















 /break..
















「(ひっ――――――どい目にあった!!!!!!!!!!)」




 ――『少年』は、まず初めにそのように激憤を吐いた。



 時刻は「勝利宣言」の数週間前・・・・

 場所は、今はまだメル公国の南方数百キロに身を隠した、飛空艇『犬戌』の中である。


 予定としては、……この後『王広間』でのクレイン・グリフォンソールの演説を待つところであり、少年は、一週目・・・では今しがた暇を持て余していた時分であったはずだ。



「(……何が速度×速さ×スピードだ文系野郎が! それは速度の三乗でしかない! というかなんでアイツは僕を襲ってきたんだ!? くそ! !!)」



 思考表層では躊躇なく暴言を垂れ流し続けながら、彼の思考深層はあくまで冷静に膨大な計算を行う。



「(……とりあえずキリウとコーネルスが敵だ。じゃあどうして、そいつらは僕を敵視していた? とにかくキリウは同乗者の中のスパイだった。ここが繋がってて、キリウが音信不通になったからコーネルスが襲ってきたのか?)」



 思考。思考。思考。

 少年は、で以って、その場における回答を考察する。



「(……いいさ。次の周回ではそこを洗う。コーネルスとキリウの関係だ。というかそもそもキリウが『犬戌』と知り合いだってのも自己申告だ。……オーケー、見えてきた。次は、――今回は負けない)」



 誰も彼もに秘したまま、少年は胸の奥に覚悟を燃やした。

 その狂気に気付ける人間は、――今はまだ、誰もいない。



「(いいや。負けるかもしれないが、それでもいい・・・・・・。――さあ、始めようか)」




 ――中略。


 











 /break..











「(キリウ強ッ!!??)」



 時刻は「勝利宣言」の数週間前・・・・

 場所は、今はまだメル公国の南方数百キロに身を隠した、飛空艇『犬戌』の中である。



「(おいなんなんだあれ! 存在普遍スキルとか最強議論ウィキでしか見たこと無いぞ! あとアイツ今回はなんで『素手でもスキルを使えるし何なら腕が取れててもスキルを使えるスキル』なんて持ってやがったんだ!? 別に僕変なことして運命歪めたりしてないよな!?)」



 しかし、

 ――少年の覚悟は未だ消えることはない。


 なにせこの敗北は『前提』だ。いかに痛い目を見たとしても、



 否。

 痛い目を見たからこそ、その雪辱が彼の心を赫く燃やす。



「(オーケー。次はキリウには手を出さない。話しかけられたら合言葉は『僕は工房系だ』だ。これでアイツを一応は遠ざけられる。見てろよキリウ……! どっかで絶対痛い目見せてやるからな今じゃねえけど!)」



 中略。


 少年は今度は初見の冒険者にボコボコにされた。








 /break..








「誰だアイツ!!!」



 時刻は「勝利宣言」の数週間前・・・・

 場所は、今はまだメル公国の南方数百キロに身を隠した、飛空艇『犬戌』の中である。


 彼は、今度は胸中に秘することも出来ず憤懣に叫び、……周囲の奇異の視線に晒される。


 が、――そんな些事は、彼の覚悟には何の関係もない。

 どうせ、なかったことになる『世界』である。


 ゆえに今は、臥薪にも嘗胆にも耐えよう。

 彼の覚悟は、――未だなお強くそこに在る。



「(あの冒険者。……たぶんだけど、『理想主義者』とか呼ばれてる奴だ。……オーケーだ。今回のループで初めて僕と接触してきたイレギュラーっていうんなら、そいつを探ればそこに活路がある)」



 中略。


 少年は、今度は別の知らない冒険者にボコボコにされた。






 /break..






「また知らんやつ出てきた!」



 時刻は「勝利宣言」の数週間前・・・・

 場所は省略。


 だけれど少年は、今なお敵愾心に覚悟を燃やす。



「(オーケーわかった。『理想主義者』ともう一人探った方が良いんだな? じゃあ今度こそ何かを持ち帰るぞ。かかって来いクソッタレの世界。――僕の心が折れると思ったら大間違いだ。)」



 中略。


 少年はこっぴどく騙されていろんな人間にボコボコにされた。




 /break..




「信じた僕が馬鹿だったあんにゃろうぶっ殺ォオオオオすッ!!!!!!!」



 場所は省略。

 彼の覚悟はまだ全然無事なのであった。



「(あいつ『悪人』とか呼ばれてるクソ冒険者か! 『信じたやつが馬鹿を見るスキル』だとふざけんな地獄に墜ちろ!!! くっそうアイツだけは! アイツだけは次のループでもぶち殺す!!!!)」



 中略。


 少年は正義の心に覚醒して英雄になった『悪人』にボコボコにされた。



 /break..



「なんで!? なんでアイツがヒーロー扱いされてんの!? アイツ僕にやってもいねえ婦女暴行擦り付けて性犯罪者扱いさせたクソ野郎なんだけど!!??」



 中略。


 でも彼の覚悟はまだ無事だった。



「くそったれくそったれくそったれがよォオオオオオオオ!!!! 冒険者エルザぁ!! あんのクソアマが『悪人』を心変わりさせやがった! 次はもうアイツもどっちも即座にぶっ殺してやるゥウウ!!!!」



 中略。


 少年はエルザにボコボコにされた。



 /break..



「なんでアイツも普通に強いんだよ!? じゃあ誰かを英雄化させる必要ないだろうが!? じゃあもういい敗北認めるけどね僕! ここまで戦ってきた奴全員地獄に落ちるからマジで! だから僕は敢えて手を下さないけどざまあみろ地獄行きだァ! さあ切り替え切り替え! あんな奴ら無視して先に進もう!」



 中略。


 少年はこれまで全然見たことないやつにボコボコにされた。



 /break..



「また出てきたよ新キャラ! あいつなんなのマジでホントに誰!? 何が『清廉にして潔白のアイリーン』だよ聞いた事ねえからそんな通り名! クソッタレ雑に付けたみたいな通り名だよホントによォ! と、とりあえずアイツは水属性ってのが分かったから雷な! 弱点属性でぶっ飛ばす!」



 中略。


 少年は雷属性全吸収の全身ゴム人間冒険者にボコボコにされた。



 /break..



「なんでだよッ!? 僕はエネルなのか!? アイツ……ッ! アイツ最後にトドメを指す時に『ゴムゴムのォ』って言いやがったぜってえ許せねえ! クソッタレ次だ! 次はアイツの貧弱なゴムの身体をハサミでちょん切ってやる!!!」



 中略。


 少年は全身アダマンタイト性の甲冑に身を包んだ滅茶苦茶硬い冒険者にボコボコにされた。



 /break..



「おかっしいだろ!!! なんで何でもかんでも対応されるんだよ僕のウィキでもどっかにあんのか!? それで環境デッキが有志の手で考察されてんのかなあ僕はデュエプレかシャドバかなんかなのか!? くそが! くそが!! わかったよ僕はあれだなもう絶対誰にも見つかっちゃいけないって日なんだろうな今日は! 分かってたぜ良いぜ分かった! 全員暗殺してやる覚悟しろ!!」



 中略。


 彼は普通に暗殺がバレてボコボコにされた!



 /break..



「だーれがチクったァ!!!! ぼ、僕は完ぺきだったはずだっ誰が!? 誰がァ!!?? お前か!?」


「え? いや違いますけど……」


「お前かァ!!??」


「お、オイ落ち着けどうしたキミ……っ?」


「お前だなァ!!!」


「ちょっ!? 誰か『犬戌』の人来て! ヤバいってコイツ目がイってる! おい手を貸してくれこいつをつまみ出すのに!」



 中略。


 少年は船を追い出された。



 /break..



 中略。



 /break..



 中略。



 /break..



 中略。



 ……中略。




 …………中略。
















 /break..
















 中略。


 ――時間は進んで、某日。



 少年は、まだ朝早いメル国のとある街角にて、

 ……その建物のチャイムを、親の仇の如く乱打していた。





「(憤怒)」


「……――だ、だれだこんな朝早くからふざけんな敵襲か!? 敵襲だぞこんなもん!!」





 その人物は、……何やら思索に疲れた様子の表情で、真っ当なことを言いながら扉を開いた。

 しかしながら『彼』は絶句する。なぜなら、





「会いたかったぞ、クソ性格の悪いクソ野郎」


「え、え」





 チャイムを連打していたその『少年』は、彼など比べるべくもないほどに疲労の顔を浮かべていたからである。




「え。行き倒れの人? ……朝飯あるけど食べます?」


「うるせえうるせえうるせえ!!! おいお前! いいかお前に伝言だ一言も漏らさずちゃんと覚えろよ!」



「あ、はい……?」


「お前的に大ボスっぽいやつと戦うときにソイツに伝えろ! 『僕は諦めて寝るから僕の事はアテにすんなクソボケ!』ほら復唱してみろ!!」



「えっと、……『僕の事は諦めて――』?」


「『寝るから僕の事はアテにすんなクソボケ』だよクソボケ!!! じゃあなお前なんかと二度と会いたくないから二度と関わってくるんじゃねえぞ!!!!」



「え、えー?」





 それだけ言って、少年は去る。


 ……遅れて、呆然とする青年の背後から、眠そうな目をこする少女が現れて、





「ハルぅ……? なんなんですか……?」


「いや、わかんない……」




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