(03)


 


 私の剣聖ほこりは、既にくすんだ。

 ――そう、思ってしまった。




「……、……」




 私が騎士になったのは、生まれた家の都合以上に「私の原初の憧れ」によるものが大きかった。


 当然、騎士家系の貴族たる私は放っておいたって騎士には成れた。だけれど私は、騎士という身分が欲しかったのではなく、ただ、『騎士』たり得たかったのだ。




「……、……」




 初めて私が『騎士』に出会ったのは、祖父に読み聞かされた絵本の中だった。

 祖父は、騎士として非常に高名で、このトーラスライトの性には未だに彼の武勇が付いて回る。


『初代剣聖』、『高貴なる騎士』、『魔女を挫いた英雄』、『魔女をオトした好色ジジイ』。そんなふうに呼ばれていた祖父は、ここだけの話、「絵本作り」という妙に似合わない趣味があった。



 ……いや。

 絵本と呼ぶのには少しばかり刺激的な内容をしていたかもしれない。例えば「悪者に実は悲壮な過去があった」り、主人公が割と悪役だったり、時折謎に「パンチラ」が描写されていたり、なんなら「コマ割り」なる手法が為されていたりと、幼い相手に見せるにはちょっとした劇物みたいな代物である。



 それを、私は読み聞かされて、そしてその中で、『ひときわ刺激的なモノ』を見つけた。


 それが、祖父の言うところの『騎士』であるらしかった。




「……、……」




『騎士』は、弱きを救け、悪を挫く。

『騎士』は、弱きを正し、悪を絆す。

『騎士』は、悪の弱さを、気持ちよく許す。

『騎士たるもの』は、そうあるべし。祖父は私に、そう教えた。


 それが私の、一番初めの『価値観』になった。




「……、」




 そうして私は、ありがたいことに両親に進学を許されて騎士学校に入学をした。騎士学校というのは、……これまた厄介な「社会構造の不良債権ダメな慣習」みたいなもので、これに入った瞬間に生徒はみな「戦場に立つ類いの騎士」としてしか生きられなくなるのだ。


 制度的にではなく、暗黙の了解として。騎士学校に入った時点でその人物は(とあるスクロール屋の女の子みたいな例外はありつつだけれど)大抵、「戦場の後ろで頭を使う仕事」からは追いやられるわけである。そこへの進学を、両親は、私の身を全力で案じながらもついには許してくれた。

 そして私は、……これまた幸運なことに、その場所でもそれなりに成果を残せた。


 良き友人と出会い、厄介なライバルクサレめがねと出会い、祖父の語った『騎士』をその身に体現したような英雄たち、ウォルガン・アキンソン部隊の面々とも面識を持った。



 全て、やはり、

 どう考えても私は幸運だった。私はそうして、ありとあらゆる幸運と、それから多少の努力や挫折や無力さの自覚なんかを経て、それでも念願叶って騎士・・になった。



 大変だったのは、……或いは、本当に誇りを試されたのは、そこからだった。




「……、」




 騎士には、責任が付いて回った。騎士は取捨選択をせねばならなかった。騎士は、「公国を第一に考えねばならなかった」。

 私が、もしも私自身の手で命の選別トリアージをするとすれば、私は徹底的に考え抜いて答えを出し、救えなかった人のためにその名を背負う。十字架を背負い、怨嗟を背負い、……その先に待っているのが地獄でも、きっと受け入れて見せる。だけれど、私に選択の余地がないことだって、時にはあった。


 公国のために他国を斬る。それが戦争であった。

 我が国のために他者の飢えを、時には見て見ぬふりするべきであった。或いは私が、手ずからそれを押し付けたことだってあった。


 その罪を、傷付けてしまった誰かの名を、十字架を、それでも背負って進むうち、私の足取りは重くなる。待つべき地獄が、怖くなる。死が怖くなる。制裁が、応報が、怨嗟が、怖くなる。



 それでも私は、幸運にも、折れて砕けてしまうほどの傷を心に負うことはなかった。公国の民がくれる讃辞が、私の「行為」を許容し感謝してくれたからだ。私の「行為」は、少なくとも、とある片一方にとっては偉業であった。




「……、」




 価値観が変わる。価値観が変わる。価値観が変わる。




 食物の総量は決まっている。誰かが飢えねばなるまい。敵の悪意は苛烈に過ぎる。誰かを切り捨て囮にせねばなるまい。弱さを見せれば国土が食われる。ならば、こちらが周りを食うほかにあるまい。それら全てを、私は許容した。


 そして、




「……、」




 最近になって思い出した。


 ふと、私が、「友人を傷付けるコト」をさえ義務的に許容していることに気付いて、そして、そう。





 ――きっと、それでようやく私は、我に返ったのだ。


「……。」





『騎士』は、■■を■け、■を■く。

『騎士』は、■■を■し、■を■す。

『騎士』は、■の■■を、■■■■く■す。

『騎士たるもの』は、■■■■■■。祖父は私に、――何と言った?



 なんと教えてくれた? 「何」を私は、最初の価値観にした? 私は『騎士』に、「何」を思って憧れたのだ? ……自問すればするほどに、胸の内に問うてみて、積み重なった「妥協」を取り払うたびに、被った埃を綺麗にするたび、そうして、そうして、それを続けるほどに、続けていくたびに『■■それ』が、



 ――ああ、そうとも。『■■それ』が、




 底の底に大切にしまってあった『誇り・・』が、強く眩く輝くのだ。




「――――。」




 そう、そうだ。


 これはきっと、バスコという国が宿命ツケを清算する物語たたかいで、そしてリベットという少女が、宿命かこを清算する物語たたかいであって、……そこに、私が名を連ねることだって、きっと許される。



 私にも、清算すべき宿命しゅくめいがある。



 そのためだったら、私は、

 ――エイリィン・トーラスライトは、ここに誓おう。




 私は、――誓い憧れこの身に宿した誇りひかりのために、

 なんだって、支払ってやると。



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