5-4




 ――まずは、状況を整理しよう。

 彼、鹿住ハルはそう言った。




「俺はお前の状況を知ってる。背景も、掻い摘んだ程度にだが理解してる。その辺は省くがとりあえずはお前の状況、この国の情勢の話だ」


「……、……」


「『北の魔王』VS『ストラトス領と桜田會』。この、若干後者うしろ寄りに趨勢が傾いた冷戦状態。この国はそういう状況にあった。これが大前提だ。その上で『ストラトス領と桜田會のタッグ』は実のところ急造で足元が固まってない。北の魔王はそれを見越して、地固めが終わる前にコトを動かそうとしてる。これが『悪神神殿攻略』の裏側だ。そこに、お前と言うジョーカーが現れた。……さて、ここではっきりとお前に伝えておくことがある」


「……なに、かな?」


「――

「っ!」



 ……彼の言葉に、私は一瞬で分厚い混乱に陥る。


 何よりもまず、彼がバスコ共和国の拮抗を崩したのだとしたら、それは「北の魔王」側からすればあまりにも厄介だ。そういう意味で言えば彼、ハルは、北の魔王にとっては決して許せぬ敵ということになる。


 だけど、一方でヒト種バスコの人々からすれば彼は率直に英雄である。ヒトとして為すべきことをした彼を、私という『コウモリ』は間違ったって糾弾できない。それに、何より、



「――――。」



 

 もし彼がこの国の趨勢を動かさなかったなら、北の魔王が追い立てられることもなく、私が北の魔王に迎えられることだってなかった。


 ああ、――ああ、なんて・・・



「そう、そうなんだ」


「――え?」



ややこしい・・・・・。俺もお前と同じ意見だよ」



 と、彼はエールを呷り言葉を続けた。



「俺の事情も厄介なんだ。俺にはもともと、この世界に対して『ちょっとした疑問』があった。もしかしたらこの世界の『けっこう重大なポストに座ってる連中』が、そこはかとなくキナ臭いのかもって感じのヤツな。それを前提に聞いてほしいんだが、俺はまず、桜田會の首領の方に先に会ったんだ」


「桜田會? ……レオリア領主じゃなくて?」


「そうなんだよ、いろいろあって意気投合したの」


「……それホント大丈夫なの? キミまだちゃんと経歴白い?」


「…………話せば長くなるわそれ、後に取っとこうぜ。ムショで食った飯の話なんて飯食いながら聞くもんじゃねえだろ?」


「つ、捕まったの!?」


「結果無罪。ゆえにノーカン、話進めるぞ。……とりあえず俺は桜田會のユイってボスと意気投合して、そこで『俺の持つ疑念』をアイツと共有した。するとアイツからは更に面白い話が聞けた。この疑念についての、もっと具体的なケーススタディだ。どうやらこの国は、ヒト対魔族の冷戦の只中にある。それが、そろそろ暴発するかもしれない。『北の魔王』が『悪神神殿と言う緩衝地点』を攻略して、遂に冷戦が戦争に発展するんじゃないかって話」



 ……ちなみにこれ絡みで、『バスコ共和国における桜田會の株を落として結託を防ぎたかった』ってのが例の飛空艇襲撃事件の顛末らしい。と彼は蛇足気味に付け足し、



「そこで俺は考えた。俺だって一応生まれはヒトだからな、みすみす見逃すってわけにもいかないだろ? そんなわけで俺はユイとレオリアを引き合わせて、


「え? ……ま、待って?」



 ……均衡を「取り戻そうとした?」

 いや、それはおかしい。だってのだ。彼の言葉には、何か、決定的な意識の齟齬がある。

 と、彼は、



そう・・


「――――。」



 などと、私に言った。



「ややこしい。ややこしいんだ。どう考えたって『偶発的にこんがらがった』としか思えないくらいにこの問題はややこしい。実は俺も、最初の時点では北の魔王が攻め込んできてる・・・・・・・・もんだと、そう理解していたんだ」


「……」


「生存戦略ではなく、侵略行為だと、そう解釈していた。それが結果的にこの国の火薬庫に火をつけた。……なんて風に言っちまうと俺は世紀の大戦犯になるわけだが、そこは勘違いするなよ?」


「いや戦犯じゃないの……?」


「……まあ戦犯ではあるのかもしれないケド。いやでも俺はな、この後にもう一手あると踏んでたんだよ」


「?」


「魔族とヒトは非常に近い水準で武力的に拮抗してる。その上でどっちもそれなりに栄えてて、しかもトップがアホじゃない。――じゃあ、そもそも、?」


「――――。」


「ああ、これだよ。俺のは、……なあ、リベット?


 ――鹿? お前の悪神神殿攻略は絶対に正しいこと・・・・・・・・なのに、敢えてヒト側が『悪性腫瘍をそのまま残しておこう』なんて馬鹿な事をせざるを得なくなった背景には、いったい何があるんだろうな?」



 ――それを語って、答えを見つけたいんだ。と、

 彼はそう言って、


 ……お酒のおかわりを店員さんにお願いした。




「そもそもの話だが、悪神神殿ってのはそこまで邪魔なのか? 北の魔王とヒトとが完全に分断されるほどの異物と、そう言い切る根拠ってのはなんだ?」


「……、」



 私は、少し考えて、言葉を慎重に選び取って、



「……。それが根拠だよ」


「……、……」



 そう、彼に返した。



。本当に、通り過ぎるのを待つしかない災害が、しかも嗜虐と悪意を携えてこの国に堕ちてきた。……今じゃすっかり静かなものだけど、でもあいつが生きている間は、少なくともこの国の人間はずっとあいつに怯えてる。緩衝地点だとかヒトと魔族を仕切るただの『異物』とかってキミは解釈してるみたいだけど、正確に言えばあれは『火薬庫』だよ。何をどうしたら火がつくかもわからないけど、火が付いたら最悪なことが起きるのだけは分かり切った火薬庫。……物理的に通れないんじゃない。精神的に、近付きたくもないんだよ」


「なるほど? そら確かに外野からは分からない視点だ。多分論理的に破綻もないんだろうな。バスコが悪神神殿を恐れるっていう構図は、ひとまずではなさそうだ」


「デザイン?」


「ああ、ヒトが悪性腫瘍をひとまずそのままにする理由の一つには、『腫瘍にメスを入れたら何が起こるか分からない』って怯えも多少含まれてるってわけだろ? ……でも、さてとだ。それならそれで、『それ自体』がさ、なんかちょっと恣意的に感じないか?」



 恣意的。デザイン。

 つまりは、だれかの意思。だれかによる手引き。


 ――黒幕・・の、暗躍。



「一つのはっきりとした理由じゃなく、大局的で蓄積されたモノによる利害計算の判断で以って『結果的に・・・・悪神神殿を中心としたヒト対魔族の構図が出来た』。……なんて言うと抽象的だが、つまりはあれだ。殿


「それが、恣意的・・・? でも君はさっき、デザインではないんだって結論になったんじゃないの? ……むしろどっちかと言えば、完全に自然に出来上がった大衆意識に思えるんだけど」


「過程は自然だったよな? 人々が少しずつ悪神への恐怖を募らせて、そしてこの状況に落ち着いた。だけどだ。なんで『悪神神殿を中心に』バチバチしなきゃいけないんだよ? 火薬庫だってなら触れなきゃいいし、?」



「それは、つまり、――?」


「一つは、そう。それだ」



 そう言って彼が、網のお肉を裏返す。



「そもそも一つの国に三つの腫瘍がある状況なんぞどう考えたっておかしいだろ。切除する力がなかったから放置してた? 馬鹿馬鹿しい。宿。なんで『ソレ』が、悪性・・腫瘍だなんて呼ばれてるものが、当然のように国の一員としておとなしく席に並んでる?」


「……、……」


「おとなしい腫瘍のことは、悪性腫瘍とは言わないよな。それでもこの国の人間が例の三つのウィークポイントを『陽性腫瘍』じゃなく『悪性腫瘍』だと呼んだのには、どんな理由があるかな?」


「それは、……?」


「そうだな、多分それだ」



 陽性という診断に対比した「相対的判断ただしいイミ」で、あの腫瘍を悪性いずれハレツする腫瘍だと呼んだんじゃない。


 ただ本当に、絶対的に・・・・、「怖くてたまらないからそう呼んだ」。

 と、彼は言う。



「っていうことは、だ。このネーミングからも分かる通り、この国はあの腫瘍を恐れてる」


「それはそうだよ、わざわざ確認することじゃないわ」


「そんな恐ろしいものが三つも膿んでいる。ここに違和感を感じないのは、確実におかしいだろ」


「何が、おかしいって?」




?」


「――――。」




 それは、

 ……理屈の逆転というに他ならなかった。



「私は、そうじゃなくて、……ギリギリの水準で睨み合ってるだけだと思うよ? だからこそ悪神神殿の消滅で均衡が崩壊するって話になってるんでしょ?」


「ギリギリの水準? そりゃ何のことだ?」


「だからそれは、悪神神殿っていう火薬庫が――――、」



 ――


 そう、私は気付く。「それ」はきっと、彼が、「宿命うんめいをさえ疑ったからこそ至れた結論」に違いない。



 普通に考えれば、運命とは偶然の言い換えだ。だからこそそれをヒトは「大前提として」飲み込んで、その一歩先の部分からモノを考え始める。



 一つ、そこに、「運命を偶然ではない」と仮定すれば、どうだ?

 つまりは――、



「結果的にこの国の誰もが、『悪神神殿火薬庫』の頭越しにお互いに怯え合うっていう構図が出来上がった。そして誰もが予期していた通り、『悪神神殿の崩壊とともにこの国は戦争に踏み切る』。……北の魔王もストラトス領も、ある意味じゃ殿?」


「……、あなたが、ってことはさ? つまり――、」



「そう――、


 ――殿



 言って彼が、……また、お肉を裏返した。



「……ちなみにそろそろ焼けたんだけどお肉食べる?」


「今生まれてきて一番くらい食欲ないからいらないよね……っ!」



 だよなー、と彼は笑い、そして自分のお皿にお肉を解した。




「………………一応言っとくけどウンマイよ?」


「…………やっぱもらう」



 しゃーないので冷える前に一口。


 ……ふむ。確かに味は間違いない。

 あまりにもえげつなさ過ぎる陰謀論に凍り付いた私のおなかが、お肉の美味しさでちょっと元気になった。



「んじゃあ食欲復帰したところで話続けようぜ?」


「……まあ、うん。…………あまりにも人でなしな提案ではあるけど、流石にここでやめたはできないよね」



 聞かなければいけないことはまだまだある。

 そこを確認しなければ、彼の話を是とも非とも結論できない。



「キミが言いたいことは概ね分かったけど、一つ、一番重要な大前提を確認しないと」


「それは?」


「そもそもどうして、偶然を疑うの? キミは、で、悪神神殿の建立時点から暗躍してた黒幕がいると見たってこと?」



 聞くと彼は、……少し悩んだ様子になって、

 それから、「建立時点かはさておいてだけど」と、謎に歯切れの悪い口調で言ってから、



「まあでも、正直、……


「えー……?」



 と、最後の最後になってそんなしょうもない結論を口に出した。



「全部さ、状況証拠未満だよ。なんなら、俺ならこうする・・・・・・・って感じで考えた直感みたいなもんだ。仮に例えば、このバスコ国を落としたいって周辺国トコがいれば、今の状況は非常に都合がいい。そういう意味で、『俺ならこうする』ってわけな」


「キ、キミならそうするの?」


「いやしないよ? ……いやするわけなくない? わざわざ聞かなきゃわかんねえか……?」



 閑話休題。彼が、手元の皿からお肉を一つ頬張った。



「とにかくだ、お前が言うことはもっともだよ。なにせ俺がここまで言ってんのは全部『この先にキナ臭いことが起きるかも』っていう未来予想の類いだ。なんならまだ起きてもいないハナシであって、そんなわけだから答え合わせも不可能だ。……出来る日が来るとすれば、それは、だわな、完全に手遅れ」


「……、」


「さらに言えば、まず間違いなく、この戦争の後に周辺国家との諍いは発生する。そこについては黒幕どうこうって話じゃない、自然の摂理としてそうなる」



 日が東から昇るように、水が上から下に落ちるように、――自然の摂理として、『クリーンになった上で弱体化した国家』にはタカリが付きまとう。そう、彼は言う。



「だから、。当然だよな? だって、『当然のことが当然のように起きただけ』なんだから」


「それは、……そうでしょうけど」


「ああ、えげつないくらい厄介な相手だろうな。黒幕なんてもんがいるとしたら。……ぶっちゃけこれはもう神様が相手だったとしても驚かないし、なんなら神様が相手だったとしてもちょっと役不足な気がする」


「なに? ……どゆこと?」


「いや、これも直感だよ。聞き流してくれ。……とにかく、そんな悪意ある暗躍者がいるとして、そいつの目的も不明。その上で、下手したら『黒幕の目的が成就してなお』って目すらある。……でだ、話を戻そう」


「それはいいけど、……『戻す』? どこに?」



「そりゃ『本道に』だろ。リベット――、?」


「え?」



 言われ、私は改めて考え込む。

 勝てるつもりなのかと、そう問われれば答えは一つ、「勝つつもりでやる」。それだけだ。


 だけれどそんな個人ミクロの話じゃなくて、もっと大局マクロの視点で彼の質問を解釈したとすれば……、




「――。」



 彼はそう、私の目を見て言う。

 だけれど、……でも・・


 ――そんなこと言われたって、だったら・・・・



「どう、しろって」


「?」



「――?」


「……、……」




 勝てば、黒幕の思うつぼ? それとも私は、負けると思われている?


 ああ、そうとも。

 全く、実に、


 ――



「私の覚悟に世界の命運が乗ってるのかもしれない・・・・・・? ふうん、勝手な話じゃない。知ったことじゃないわ、そんなの」



「……、」


「勝つよ。私は勝つ。それでおしまい。ええ、――うん、そうだよ」



 私は、思う。



「世界の運命もこの国の未来もヒトも魔族も誰も知ったことか。私は、私のためにやってるんだしね」



 ふと、そう「思う」。

 ――つまりは、



「ハル」


「……なんだ?」




「――――。」



 彼は黙して、私は続ける。



「とにかく大前提。どうせキミは、黒幕の目的もプランも分からない。そう言ってたよね?」



 私が勝てば何が起きるか。

 ……「悪神神殿が消滅し、北の魔王とヒトが衝突する」。


 私が負けたら、何が起こるか。

 ……「刺激された火薬庫が爆発して、この国が火だるまになるかもしれない・・・・・・」。



 どっちが悪いのかなんて、ハルにさえ分からない。なら、

 ――なら、





「――――。」




 私はそう言う。

 と、彼は、



 ――やっぱりだ・・・・・

 彼は実に、痛快な表情になって、



ああ・・

 と、そう答えた。




「俺だって最初に言ったぜリベット。なんならもう一回、はっきりと言ってやってもいい」


「……、……。」



「いいか? 。……、


 ――ああ、そうだよな。黒幕なんざ知るか・・・・・・・・

 お前の宿命かくごを利用されて腹が立ったろ? なら生きて帰って・・・・・・一緒にそいつを殴りに行こう。そういう話をしに来た・・・・・・・・・・



 その力になりたい、と、

 彼は言って、にやりと笑う。


 それで、私は「確信をする」。




「(――、)」




 なんて、彼は面倒な男だろうか・・・・・・・・・・


 まだ・・やることがあるだろう? と彼は言った。

「宿命の清算」が終わってなお、私にはやることがある、と。



 ならばつまりこれは、「この再会」は、

 ――どうやら、あれで割と不器用な男の、実に遠回りな激励であったらしい。



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