1-2

 



 季節は夏の暮れ。時刻は、夜のはじまり。

 ――場所は、人の領域の、その埒外。



「……、……」




 この夜の城の回廊を見上げれば、いつも、窓の外には燦然と満ちた月が見える。


 私の隣にいる「その女性」は、月を落とし込んだような清涼感のシルエットで、こちらに、力の抜けた笑みをまずは向けた。



「やあ、どうも。今日の夕餉はどうでした?」


「相変わらずおいしかったわ。……魔族って、意外とグルメだったんだね」


「ネズミやトカゲでも主食にしてると思ってた?」


「……そんな食いで・・・の無いモノを食べてるとは、流石に思ってないけど」



 そうですか。と彼女、

 ――北の魔王勢力第二席、ヒト種、『白銀のマグナ』は気だるげに返す。



「まあ、それについてはいいですか。それよりも今日は、あたしが来ました。用事に心当たりはありますか?」


「食事の席で魔王さんに言われたわ。『特訓を次のフェーズに移そう』って。……それ絡みなのは予想が付くけど」


「そりゃ重畳。説明の手間がないのは素敵なことですね」



 彼女、第二席『白銀のマグナ』は、


 北の魔王勢力唯一の「ヒト種」にして、彼の軍勢のうち最も「決定的にヒト種に仇為したもの」。

 残虐なわけではなく、卑劣なわけでもなく、それでも彼女はこの国において最悪の「敵」なのだとか。


 私は、彼女の素性を良く知らない。

 知っている事はあくまでも冒険者の界隈に根差す「御伽噺」の類までだ。……それ曰く彼女は、「最低最悪の裏切り者」と。



 そんな彼女はしかし、

 ――パッと見た限りでは「シャツもろくに着こなせないような自堕落な女の子」に見えた。



「ウチの大将が言う通り、あたしはその『次のフェーズ』っていうのんの用事で来ました。……あ、ちなみに、『次のフェーズ』ってフレーズに心当たりは?」


「……、……」



 私と「北の魔王」は、同胞ということになっている。

 或いは彼の軍勢に私が「客として招かれている」と言い換えても間違いではない。


 私と「北の魔王」、――『魔王カルティス』は今、とある利害の一致にて行動を共にしている。



「『悪神神殿』と、その主、『悪神ポーラ・リゴレット』の攻略。私がここでやってるのは、全部そのための布石よ」


「…………」




 先の「広大な密室」にて行った模擬戦・・・は、私がその舞台に立つための予行練習である。

 私がその戦闘で使った魔術系スキルである「ラフ・ショット」や「クリアパルス」、それに「虚空を蹴る技術」も、ここで身に着けた全ては「舞台に立つに足る役者となる」ためのものだ。



「『次のフェーズ』って言葉の具体的な意味は流石に分からないけど、でも、ってことは想像が付くわ」


「……、……」



 私が言うと、彼女は、



「……ふぅん」



 曖昧な溜息のような何かを、言葉の代わりに吐き出した。



「? なに?」


「ギアが一つって言うのは、たぶんですが、少し違う」


「……?」


「たぶんですけどね、……ここから上がるギアは、


「……、……」



 挑発的な言葉が、憐憫に満ちた口調にて紡がれる。

 だから私は、腹を立てることもできずに彼女の言葉を聞いた。


「これからヤるのは、」


「……。」



「――。あんたは間違いなく死んだりはしないケド、でも、死んだほうがマシって目には合う」


「………………。」



 魔王。

 北の魔王カルティス。


 バスコ共和国の抱える腫瘍の一つ。この国の「はんぶん」を総て掌握する犯罪集団『サクラダカイ』や、人の上位存在たる神、『悪神ポーラ・リゴレット』と同列に語られる、「ヒトには対処しきれない外敵」の一つ。


 それと「一騎打ちをしろ」と、マグナはそう言った。



「…………、なる、ほど」


「怖気づく気持ちは分かります。私だってそんなの御免だし、ウチの逆条八席の連中なら全員ノーで突き返す案件ですね。しかしまあ、あんた」


「……、……」


「あんたはウチの大将と同格の『神サマ』に殺し合いを挑もうって言うんでしょ? ならここ・・は飲み込んでおかないとね。……まーでも、安心しといてください」


「というのは……?」


「これは実際、一騎打ちじゃないんです。――大将があたしに言ったのは、『あんたを使って逆条全員で俺に勝ってみろ』って用事でね。言っちゃえばこれは、逆条八席の『一席VSそれ以外』の戦争ごっこみたいな」


「それは、どうしてそんな話に?」


「さてね。とにかく、……逆条の二から八席までが、今日からしばらくあんたの味方です。なんでとにかくあんたは試しに、本気で魔王討伐でも試してみたらいい」






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 マグナに連れられて回廊を進む私は、やがて、とある扉の前に辿り着いた。


 ――それは、奇妙にミニチュアじみた扉だった。

 ここまでにいくつか見たのとも同様の装丁だが、しかしどう見ても「サイズ感が頭二つ分小さい」。



「(……小人こびと用の部屋、みたいな?)」



 そんな感じである。

 だけれど、彼女の言うのを聞いた限り、この先に居るのは小人ではなく「逆条八席」。つまりは、存在である。


 なら、その一人に私は心当たりがある。



「こんばんはー?」


「……マグナのこえ?」



 扉の奥から、鼻にかかったようなソプラノの声が聞こえる。その声に私は、先の心当たりへの確信を強める。


 果たして、マグナが扉を押しのけた先にいたのは――。



「こんばんは」


「あ、やっぱりマグナ。どしたの?」



 私の予想通り、……先ほど私が模擬戦に相手取った一人にして、逆条第八席の妖精種、『女王ティア』であった。



「それに、りべっちも。どしたの?」


「たぶん、野暮用?」


「?」



 屈むような体勢で、私とマグナは扉を潜る。

 どうやら、内部のスケールについてはほかの部屋と変わらないようだ。



「……、……」



 ……部屋のスケールこそ変わらないが、外の静謐の回廊と地続きとはとても思えないような光景である。


 外の通路は見渡す限りが夜色だったけれど、ここには、むせ返る花の香りを伴う、何か抽象的なが介在していた。


 部屋の真ん中に置かれた天蓋付きのベッドが、まずは目につく。調度品は高価なワインのようなボルドー色で統一されていて、それが更にこの「蜜のような雰囲気」を後押しして感じさせる。


 ――さて。


 ティアはそのベッドの上で、ぬいぐるみに囲まれながら私たちをふらりと眺めていた。

 ヒトサイズのベッドの上で毛布をまとう彼女の姿は、サイズ感も相まって人形のようである。


 ……いや、口には出さないけど正直ウチに欲しいくらい可愛いし抱きしめたい。



「やー、申し訳ないね。寝るところだった?」


「いいえ? まだ、ねるには早いもん。みんな・・・とはなしてたんだよ?」


「ああ、そりゃあ邪魔をしたかなぁ?」



 マグナが言って、周囲の「虚空」に目礼をした。

 私にも、或いはマグナの方にも、その「みんな」とかいう存在は見えていないけれど、……だけど私たちには、「ソレ」が本当にそこにいることを知っていた。


 ――妖精女王ティア。

 そう呼ばれる通り、彼女は、妖精の当代女王である。


 過日、魔王カルティスと同盟を結んだ「或る森の支配者」たる彼女は、配下の全て・・を伴って魔王と行動を共にしているらしい。

 私はその「配下」なる存在を一度として見たことがないが、話に行く限り、ティアの配下たちは自然になって・・・・・・この城の至る所に隠れているのだとか。


 この城に「溶け込んで」潜む配下たちの主たる彼女は、つまり、この城そのものの主とも言い換えられる存在である、……らしい。



「邪魔だなんてことないわ。あんたがここにくるなんてめずらしいもの。いちばんのお茶をだすからまってて!」


「いやいいよ。歓迎してくれてるのに申し訳ないけど、今日は用事があるだけなんで。アナウンス・・・・・、頼んでいいかな」


「そうなんだ、いそがしいの?」


「遺憾なことにね。忙しいって程じゃないけどやることはある。手伝ってくれる?」


「いいよ、マグナがいうならね」



 毛布を被った彼女が、何やら虚空に囁いた。すると――、






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 マグナ、もうしゃべっていいよ。


 うん? そう? ……あー、てすてす。


 しゃべっていいんだってば! テストいらないよ!


 失礼。――あーじゃあ。逆条八席諸君、私だよ。カルティスは一応耳を塞げ。

 …………オーケーかな。ってことでマグナですケド。これから諸君にウチの客を連れて会いに行くから、そのつもりでよろしく。用事は、「ウチの大将を倒すならどうするか」って相談だ。とかく諸君、見つけられる場所にいてくれ?






/break..






「……、……」


 と、そんな声が私の「脳内」と、この城中に響いたのだった。


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