Epilogue_少女は献花に背を向けた

 





「レオリア様……」





 ノックを三つ。

 それに対する返事はない。


 彼、コスナーは、



「……、……」



 しかし、再度のノックを試すことはしなかった。



「レオリア様、私です」

「    」



「……食事をこちらに、お持ちいたしました」

「    」




 ――ストラトス領主アズサ・ストラトスが逝って、今日で一週間。

 それ以来レオリアは、自室にこもって誰にも顔を見せていない。


 さらに言えば、それを謗る者も誰もいなかった。普段の、理性的で完成された彼女のふるまいを知っている屋敷の人間は、だからこそこの少女の「変化」にあてるべき言葉を持ち合わせない。


 唯一の肉親を失った悲しみなど、察するに余りある。だけれどそれ以上に、「あのレオリア・ストラトス」がこんなにも傷付いている事実が信じられない。こうなるのが妥当だと、こうなっても仕方ないと分かってはいても、受け止めきることが出来なかった。


 率直に言えば、誰もが、「彼女の折れる姿」を想像していなかったために。



「レオリア様」

「    」



「本日をもちまして、ジェフ殿がこの領を去ります。……もし可能でしたら、お顔を見せて差し上げてほしい」



 ……返事はない。


 それに対しても彼は、ため息の一つも吐くことは出来ない。或いは、相手が彼女だからこそ「この状況」に返す言葉がなかった。



 ――けれど、





「――……分かった。……ああコスナー、久しぶり」


「――ああ、レオリア様」





 彼女は、その日、「ドアを開けて」、

 以前と変わらぬ調子の言葉を、遂に彼に返したのだった。











 /break..






「やあ、ジェフ」


「……レオリア」



 ――さて、


 僕ことレオリア・ストラトスはその日、久しぶりに部屋から外に出た。



 ……変わらないようで、不思議と懐かしい景色にも思える光景だった。

 自分が顔を見せるたびに言葉を失う使用人たちには多少申し訳ないと感じつつも、そんなわけで「ゴメンナサイ」の挨拶は先ほどしっかりと回り終えたところである。



 それで、その行程の最後に僕が訪れたのが、彼、ジェフ・ウィルウォードの『領主室』だ。



「……、……」

「……、……」



 変わらぬ煙草のにおいが、この部屋にはあった。しかしながら今日は少しだけ雰囲気が違う。


 見れば、今日は珍しく窓を開けているらしい。

 ふわりと軽やかな昼の風が、僕のうなじと後ろ髪をふと撫でた。



「レオリア、……その、もう大丈夫なのかい?」


「うん? 別にそもそも、大丈夫じゃなかったことからしてないケド?」



 僕が言うと、彼は、




「……………………。」

 ――改めて、言葉を選びかねたような表情を作って、




「……無理しなくていいんだぞ?」


「なにが? ええ? 妙なこと言うなあ」



「…………泣きはらして、目の周り真っ赤になってるけど」


「………………マジ?」



 ――と言うことで、部屋の外にいた使用人の人に濡れタオルをお願いして、受け取ったそれにその場でしばらく顔をうずめる僕。


 ……よし、たぶん大丈夫。



「さて」


「……さて?」




「ああ、ジェフ。心配をかけた。はもう大丈夫」


「……、」




 私? と彼が呟く。

 なので、少しばかり気恥ずかしいが、僕、


 ――もとい「私」は、この一人称に敢えて説明をしておくことにした。



「ああ、私だ。今日から私は私でいく・・・・・・。……あんまりいじらないでくれよ。これでも実は慣れなくて恥ずかしいんだ」



「えっと、……なんで?」


「ふむ」



 はっきり言えば、

 ――それは、「良い質問」であった。



「なぜかと聞かれれば、それは、私がちゃんと他人の目に気を遣うことにしたからだよ」


「それは、どういう……?」




「ああ、ジェフ。――


「――――――、は?」




 彼の間の抜けた表情が、私には、少しばかり爽快であった。


 ……いやなに、そもそもこの領はいずれ私が継ぐものなのだ。それはジェフにしたって了承しているはずであって、ならば、それがいつになっても問題は無いはずである。


 母さんの遺志で言えば、きっとジェフは「私が大人になるまで」領の運営を委託するつもりであったんだと思う。しかしながら、そもそも私は現時点で大人だ。強いて言えばこの世界の成人年齢には多少適わない程度であって、「大人の業務」を任せられる分には問題などないつもりである。


 が、さてと……、



「さ、ジェフ。その椅子を開けてもらえるかな?」


「いやっ、いやいやいやいや待て待てレオリア!? そうは問屋も下ろさないよ! 言っちゃなんだが君は子どもだ、幾ら君が聡明でも限界はあるだろう!?」



 ……とまあそんな話になることも明白であった。


 そもそも、この「未熟と言わざるを得ない文化水準」において、私のような「子ども」が政治で戦うには「シンプルに身長タッパが足りない」。それはいかんともしがたい事実である。


 いわゆる内政チートをするには、そもそも私のこの身体では「説得力」が足りていないのだ。貴族を相手取った「服芸戦」の話以前に、きっとこの世界の人間は「私が子供であるという理由」一つで以って『私の治世を良しとしない』。



 ……或いは、私が「これまで通り」の領運営をつつがなく行うのであればいずれ民衆意識は回復するかもしれないが、しかし私は、「抜本的な改革」から着手するつもりであった。


 ゆえに、



「ははは、冗談さジェフ。別にいいんだ、言いたいことは分かる。君にはこれまで通りその椅子に座っていてほしい。お願いは、そこじゃないんだ」


「……あー、はは。驚いた。えっと、お、お願い? いいよ、言ってみてくれ、レオリア」



「――。……この意味が分かるだろう? ジェフ」


「――――、まさか」



 そう。

 。それが、私が彼に持ち込んだ「お願い」である。



『身長の足りる人物』を椅子に据えて、そのうえで私がこの領を改革する。それを私は、ジェフに提案しているわけだ。


 そして、対する彼は……、



「レオリア」


「……、……」



。……君が有能なのは認めるが、それでもだ」



 彼はまっすぐに、私の目を見ていった。


 ……失礼千万ド真ん中の進言であったにもかかわらず、その眼にはあくまで私への「リスペクト」が確認できる。



 《・》|――、






「じゃあまず、ジェフ。――?」

「?」





 ……彼に、「自分がいかに経験者・・・であるか」を、彼に説くことにした。






……………………

………………

…………






「はぁああああああああああああああああああ……」


 さて、


「分かってもらえたかな、私の身の上。……隠してて申し訳なかったね。でもひとまず私は、さっき説明したように、私の政治のアイディアでこの領の資本は年対比成長率でひとまず五年後までに5080パーセントを超える。これは私が、前世で実際に先例を確認した『教科書通りのやり方』だ。不安なら矛盾点を洗い出してくれても構わないけど、先に言っておくよ。これが多分、一番クールで冴えたやり方だ」


「…………………………………………。」



 先ほどため息を吐き出し切ったらしい彼が、今度は結構なサイズ感のだんまりを置く。それに私は、……少しだけ、次の言葉が怖くなる。


 母さんは、確かに私の出自を許してくれた。だけれど「彼はそうじゃないかもしれない」のだ。


 私を「悪魔」だと彼が見なしたら、それを否定する言葉だけは、私には持ち合わせがなかった。けれど――、




「はぁあ、ったく……」


「……、……」




 短い溜息を、もう一つ、

 そうして彼は、「いつも通りの表情」を私に向けた。



「いいさ。なんなら、納得したくらいだ。……俺も冒険者のはしくれだ。『異邦者のおとぎ話』くらい聞いたことがある」


「ジェフ……」



「それに、何なら義姉さんに聞いた覚えがあるんだよな、実は。――うちの子は天才なだけじゃなくて、もっと特別な才能を持ってるかもしれない。だとしたらホントにウチの子はヒーローになるのかもってね。……子煩悩の類いかと聞き流してたけど、まあ」



 ――文句があるわけない。君は君だ。と彼は言う。



「……ありがとう、ジェフ」


「それより聞きたい、レオリア。……君が言ってるのは他領との行商における強みを見繕うことだったね。『ブランド品』って話か。それは、この国でも既に『特産品』と言う名前で存在してる概念だ。はっきり言って、ありふれたアイディアだと思わざるを得ない」


「――――。」



 彼の真摯な表情に、私は、



「……ありがとう、私の話を聞いてくれて」

 まずはそう、彼に頭を下げた。



「……、……」


「……、そのうえで質問に答えるけど、私の言ってるのは『特産品』とは別のカテゴリーだ。……例えばそうだな、ジェフ。君はこの領の食事に不満を感じたことはないかな?」


「不満?」


「堅いパンばっかりだって言ってなかった?」


「ああ、それは、まあ……」


「じゃあ、『硬いパンじゃないパン』を求めてる層に『ニーズ通りのパン』を提供出来たら、それは一定程度のカネを生む。違う?」


「……それはそうだろうけど、そんな小さな商機のハナシをしてるのか?」


「薄利多売って概念だよ。私が言ってるのは」


「……、……」



「――まずはこの領周囲のニーズを測る。ターゲットを見つけるってことだね。そのうえで、設備投資や販路獲得のコストを精査したうえで、その上に私たちが求める『利益』を載せてみよう。それでも『顧客が求める値段』を価格設定できそうなら、これを商品化する。。最初は確かに小さな商機だ。ウチにあるちょっとした生産品を、ニーズに応じて加工して小規模に売り込むことになるからね。だけど、そこには『計算して間違いないと算出した利益率』が確実に見込めるわけだ。そんな事業を幾つも積み上げて、ひとまず、このストラトス領周囲地域から資本主義的に侵略することにしよう。他所の事業に出資をして、『店主ごと』買い取ったりしてね」



「……、」



「人手も、資源も、時間を追うごとに倍々に増えていく。そしたら改めて、利益率の薄い事業をウチの周りの領主連中に『事業ごと』売却して、ウチは利益率の高い事業に専念する。そうして他領に、その商品へのニーズへの対応、ないし成長を担ってもらう。その間にウチは、大手プロダクトとしてまずは資本を『絶対値』まで蓄積しようか。それが五年後だ。それ以降は、この領は内政に専念するべきだと思う。――さてジェフ、この大規模かつ長期的な絵図が成功すると、そう私が思う根拠は何だと思う?」



「……あの、分からない、けど」



「根拠は三つだ。私たちが『領主と言う強い立場にあること』と、この世界に『日常の不便を解消するという概念が乏しいこと』と、そして『この世界にはグローバリズムがまだ存在しないこと』だ。……認めよう。私のするこれは『この世界全方位に対する宣戦布告』と言っていい行為だ。それでも私は、と思ってる」



「レ、レオリアー……?」



「ジェフ。。強者が弱者を引き連れるような世界構造はいずれ確実に崩壊する。魔力を持つ人間の価値が、いずれ、魔力の乏しい大多数に圧殺される時代が来る。僕はそれを前世で大いに見た。……だからジェフ、今なんだ。この先にどうせ訪れる資本主義に備えるなら今しかない。いやむしろ、『資本主義が人を食う』っていう間違った導入をさせるわけにはいかないからこそ、僕らが先んじて成長する必要がある。……資本主義はあくまで、人が幸せになるための単位を『カネに固定する』ことで、幸せまでの道筋をシンプルにしようっていう概念だからね。だけどもしかしたら、この世界は資本主義を履き違えるかもしれない。資本主義のことを『ヒトの成長を促進する制度イスとりゲーム』だと勘違いして、それ以外の国家の定義(テーマ)を『ヒトが成長を捨て安寧を選び豚になる悪政だ』と考えるようになったら、その世界には反証者がいなくなる。世界が『成長か安寧か』の二元論でモノを考えだしたら、ジェフ、『成長と安寧を同時に求める当たり前の理想論』は消滅するんだ。だから私は、このストラトス領を、――まず初めに楽園に設える義務がある」


「………………。」



 と、ここまで語って、彼が、

 ……同調してくれたか、或いは。それは不明であった。


 とにかくジェフは、そこで、

 ――まずは溜息を置いて。




「す、すまないが、……考えさせてくれ。レオリア」


「ああ、ジェフ。それで構わない」




 背もたれに、深く、身体を預けて天井を眺めた。











 /break..











「ふう……」



 と、私ことレオリア・ストラトスは無色の溜息を吐く。


 場所は、館の庭である。今日も季節がよく反映された晴日であって、風が吹かねば汗が額に滲むような空気感。……しかしながら、久しく浴びる日光であれば不快感など目にはつかない。


 私は、身体中で浴びる朝日に、デスクワークで凝った腰を解すような爽快感を得て、まずは一つ伸びをする。



「……、……」



 仕事を終えた解放感は、果てさてこんなにも心地がいいものであろうか。これが前世ならきっと煙草の一つでも条件反射で咥えていただろう。……残念ながら、この卑小・・たる身ではそれもかなわないけれど、



「(ホント、大人になるのが待ち遠しいなあ。……そういえば僕が前世で『今の歳だった頃』も、早く大人になりたいって思ってた気がするな)」



 ……いやしかし、如何様に一人称を変える覚悟をしても、心理の面においては僕は未だに「僕」であった。こればっかりはそう簡単に変えられるものでもない。

 いっそこのまま「口頭の一人称」と「内面こころの一人称」には差異があるままでいいとさえ思う。


 何せ、そう。この「僕」という言葉は僕のアイデンティティである。前世じゃ大抵のケースでは成人男性は「俺か私」を使うわけで。




「(僕、僕、……僕、ねえ)」




 最初に僕が「僕を僕と定義した」ころのことは忘れもしない。いわゆる中二病の発露である。みんなと同じ一人称を使うのが嫌で、このように僕は、僕のことを僕と呼んでいた。


 ……高校生になったころは、なんなら「変えるタイミングを損なった」と過去の自分を責めたりもしたのだが、そのまま大人になったころには感覚も違った。


 自分を僕と呼ぶ大人ってのも、それはそれでカッコいい。そんなふうに思えてからは日々も多少は色鮮やかになっていたように記憶している。特に、僕は有能な方だったし「出来る大人が僕って自称する」ってギャップが我ながらクールに思えていた感じである。



 ……なんて追懐は、「今の僕」にはまだ早いかもしれないけれど。

 なにせ、「この僕」はまだ中二病が流行るよりも前の歳分であるからして。


 さてと、

 閑話休題だ――。





「……、……」





 重ねてになるが、僕は今屋敷の外の庭にいる。

 これは決して、久方ぶりの日光浴に興じるための時間ではない。


 ……確かに僕は現状非常に気持ちよく日を浴びてはいるが、これはあくまでも「待ち時間」の暇つぶしである。僕は、




「レオリアぁー! おはよーっ!」


「ひさっ、久しぶりレオリアー!」




 ――ようやく見えてきた「二人」のシルエットに、日向ぼっこに呆けた胸中を一つ引き締める。



 それは、遠くから眺めていてもわかる子供らしいシルエットである。……僕のような立場の人間に許される感情かは別として、彼らは、思わず綻んでしまうくらいに、今日の日和にふさわしい快活さでこちらに走って声を上げていた。



「――遅いぞ君ら! 呼ばれたら三十秒で来ないと!」



 ……僕は今日、彼らに「とあるカミングアウト」をするつもりである。


 それが、僕らの関係性を如何様に変えるかは、僕さえも分からないことだ。彼ら二人が傷付いて、僕から距離を取り始めたとしたら、それもきっと致し方ない。――僕がずっと彼らの手を離さなければ、それで事足りる問題であるからして。



 ゆえに、

 ――僕は最後に一つ空を仰いで、



「――――っ!」



 忙しくなる、と。

 この先に待つ「物語」に、少しばかり心を躍らせる。






 ――ああ、そうとも。

 艱難辛苦など、如何様にだって訪れればいい。

 壁の幾つかなど物の数ではない。僕には、すでに、


 母さんを幸せに送れたという「実績」ある。

 それが、僕の生末をどこまでだって照らしているのだ。





〈湖章_Flower. 完〉




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