02.
ジルハ街道内にあるという噂の洞窟、……の付近の人のコミュニティ。
そこに僕たちは降り、街道に消える馬車の背中に会釈を送った。
「ついた、ついたぁ……」
伸びを一つ。
周囲を見渡す。
……人口密度で言えば、ここは日本の北海道どころかアメリカのガチ田舎レベルに違いない。ここまで人が少ないと、集落生活を営む
「(古き良き物々交換社会……。この世界にwiーfiが普及する日は来るのだろうか)」
いや来ないんだろうなと覚悟はしてるけど。
遠く恋しきはスマホで電子書籍で無限に漫画が読めたあの美しき日々。図書館でお洒落に読む月刊漫画誌もいいけど、起き抜けのベッドの中でスマホで読む楽しみは全くジャンルが違うのだ。
「……変な顔してどうしたのレオリア?」
「あ、パブロ。グランは泣き止んだ?」
「泣きは止んだけど恨みは別に一区切りつけてねえからなレオリア……」
「そりゃいけない。昼食時だし、きっと空腹でイライラしてるんだね。ランチにしよう」
と、言うことで、まずは食事と作戦会議である。
……………………
………………
…………
ちなみに、この集落で「食事屋」が見繕えないだろうことは織り込み済みである。
僕だって一応は領主の娘、自分の治領範囲内の文化水準や技術成長率や経済状況辺りは、紙面上くらいでなら把握してある。……ただ、どれも基本的には横ばいの変化なしであるため、誇るほど難しいインプットではないんだけども。
なんてのは蛇足でいいとして。とにかく僕は、ここで食事を見繕うのが難しいだろうことは想像していた。まあ、お偉いさんド真ん中である僕がその辺に頼めばシレっと誰かが何かをくれるだろうことは想像に難くないが、それは流石に職権乱用だろう。
或いは「シンプルに申し訳ない」なんて心情を無視しても、ここに僕が来たことをあまり大々的に知られるわけにはいかないという事情もある。
そもそも、僕はここに、「キナ臭い事件」の調査に来た。なら場合によっては、それなりに危険な目に合うこともあり得るわけだ。それを踏まえたとき、このコミュニティの住人が素直に「自分の住処の近くで領主の身内が危険な調査をするのを許す」とは考えづらい。
つまりは、さっきの馬車の人と同じで「自分のせいではなくとも、自分の近くで起きた案件で貴族の身内が傷つけば、故もない火の粉が降りかかるかもしれない」というハナシ。これは、僕としても出来る限り無碍にはしたくない保身感情であった。
「じゃ、基本的には素性を隠しての聞き込み調査だね。ひとまず行方不明事件の詳細を確認したい。……あと、さっきの馬車の人に聞いた感じだと、人によってはこれが、
「でもさ?」
「?」
渋るような様子のグランに、僕は疑問符を一つ。
いやしかし、流石は体育会系である。さっきまであんなに号泣してたはずの彼は、どうやら、もうしっかりと「スイッチ」が入っているらしい。
「……おれたちみたいな子どもだけで、聞き込みなんて出来るか? ただでさえ餓鬼三人でこんなとこまでの遠出じゃ怪しいだろ? ぶっちゃけ、だれか大人の人を連れてくるべきだったとおれも思うよ?」
「ふむ……」
全くもっての正論である。先ほどの馬車一件も、或いはこの先に予期できるあらゆる面倒も、恐らくは僕らの身内を一人連れて来れば解消する。
しかし僕が大人に声を掛けなかったのには、
「僕らの家には知られたくない。ウチにも、シルクハット家にも、リザベル家にもね」
「?」
思い返すのはジェフとの会話である。あの、何かを取り繕うような言動、それに、あのとき隠した資料も。どちらも考えるまでもなく、「何かの事情が僕に隠されている」ことの証左である。また翻って、隠されているということは「これからも隠すつもり」だということだ。僕らがこうして動き出したことがバレれば、ウチの誰かが「何かしらの手」を打ってくる可能性もある。
……というだけあって、僕は、「隠された事情」が少なからずこの行方不明事件に関与している可能性も無きにしも非ずと考えている。――なんて理由が、この内緒の冒険の理由の
「知られたくないって、どうして?」
「そりゃあ、――これが、ひと夏の冒険だからだよ」
そう、これが理由の残り8割である。
そもそも、僕の家が行方不明事件を放置するのこそ珍しいことだが、他方、ジェフが「忙しい」というのも本当のことに違いない。……ここで率直に僕の推理を開示してしまえば、ジェフは、察するに何らかの「僕に対する口止め」を母さん辺りにされていて、それであの時に口を滑らせ顔を険しくしたのだろう。この推理の根拠には、言ってしまえば、結構強いのが一個ある。
というのも……、
「……、……」
――年甲斐なく(いや、
これを理由に屋敷から人がいなくなるのは不明瞭に感じるし、ジェフの忙しい理由が「僕の誕生日会の準備」だとして、それで行方不明者事件を放置するとまでは思っていないけれど、それでも家族に不穏を訝しむよりもこっちのほうがずっと健全だし、明日を楽しみに待てる。ゆえに、僕は是非ともこの推理を推したかった。
……と、そんなわけなので、「冒険の理由の二割」は僕向けではなくグランとパブロ向けの「でまかせ」である。
「ひと夏の、冒険?」
「そうとも。それに、お仕事中の大人を巻き込むのも申し訳ないじゃん? ……実はね、ウチに今日ジェフ叔父さんが来たんだ。何か忙しそうでさ、僕が部屋に訪れたときにも資料を読んでた」
「それが、なにかあるのか?」
「ああ、ジェフ叔父さんはね。その読んでる資料を、裏返しに置いたんだ。僕の言いたいことが分かる?」
「?」
「……もしかして、レオリアに見つからないように隠したってこと?」
「――正解」
打てば響くようなパブロの返答に、僕は柏手を打つ。
「さあ、僕らの目前にあるのは厄介な行方不明事件だ。ジェフ叔父さんは察するに何かを掴んでいて、しかしそれが厄介な代物だから僕らに隠したに違いない。……臆するなら退こう。僕らはしょせん子どもだもんね? だけれどもし、君たちに貴族家騎士としての誇りがあるのなら、成果を上げるのに歳は関係ないんじゃない?」
「「っ!」」
再び、それは打てば響くような返答であった。声ではなくキラキラと光る視線で以って、彼らは、僕の問いに首肯を返した。
「よし、覚悟は決まったらしいね。……それじゃあ行こう。
――ストラトス領騎士団探偵部、今日の謎は、『行方不明事件の真相を暴け』だ!」
……なに、危険なことがあれば本当に退けばいいのだ。不謹慎に足を突っ込みそうになったらお茶を濁して解散すればいいし、心に傷を残すような危険な事件なら、早々にそれを嗅ぎ取って尻尾を捲いて逃げればいい。
僕には、母さん曰く「彼らをフった側としての責任」がある。ならば、それは果たさねばなるまい。
さて、そう思えばどう考えたって、
――こんなにも晴れやかな良日に、遊び盛りの子が気を病んで引きこもるなど、彼らの「責任者」たる僕が許すわけにはいかなかった。
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