02.



 新聞というのは、語弊を恐れず・・・・・・に言えば、「気の乗らない食事屋への同伴」に似ていると思う。



 そう言った意味では、食事処というシステムは至極人間に優しく、そして好奇心を無理やりにでも逆なでするような造りをしている。

 人には日々、パンの日だったりご飯の日だったり中華の日だったりエスニックの日だったり蕎麦の日だったり何だったりと、所謂「その日の気分」というものが存在するが、たとえば、ピザの口になっている時に、友人が僕を中華料理屋に誘ってきたとしよう。僕はその時、たぶん内心で「ここじゃないんだよなあ」と苦笑をしている。


 ……だけれどニクいことに、大抵の食事屋には、オーダーから食事のサーブまでに一定の時間がある。


 きっと、ピザの口だった僕はそれでも、その待ち時間の間に香ばしく香る肉脂や豆醤の匂いでもって、抗いようもなく「持ち合わせた信念」を即座に融解させるだろう。或いは中華の気分の時に蕎麦屋に連れていかれたとしても同様だ。威勢よく蕎麦をすする音を一つでも耳に捕まえれば、僕を含めた日本人は即座に蕎麦を胃の腑に求める。


 新聞とは、多くの場合について「エンタメ」よりも「勉強」に近いインプットだと、僕は勝手に思っている。人は、蕎麦の気分だったりピザの気分だったり中華の気分だったりと腹の求めるものについては日々変遷があるが、しかし勉強とエンタメの力関係は不変だ。遍く人はみなすべて勉強よりも エンターテイメントである。


 その上で言うが、僕にとっての「勉強」たる新聞は、しかし先ほど言った通り「気の乗らない食事屋への同伴」に似ている。


 さて、つまるところ何が言いたいかと言えば――、




「あ、コーヒー無いし……」




 読み始めれば、僕の目は自然とどこまでも次の活字を求め続ける。


 手元のカップが空振って、そうしてようやく僕が視線を持ち上げると、窓の外の日差しが、先ほどよりも克明に光度を強めているのが見えた。



「レオリアちゃん、結構集中してたっすね」


「あー、うん。……あれ? 今何時?」



 お昼ごろかな。と彼。

 なるほど、持った以上に没入してしまっていたようだ。



「……、……」



 新聞には読み方がある。と、どこかで聞いたことがあった。確かそれが言うには、まずそも新聞には克明な目次というものがない。ゆえに、初めに一通りのトピックスを確認しておいて、それから改めて興味のあるページを順に読んでいくのが「上手い」のだとか。


 僕も、そんな端聞きの知識を真似てみるつもりであったのだが、どうにも僕は肉体年齢のせいかやたらと好奇心に敏感であった。いつの間にやら、目次がてらの目星をつけるのも忘れて端から端まで読み込んでしまっていたようだった。



「コーヒー、お代わりしとくっす?」


「いえ、結構。ごちそうさま」



 ちなみにこの喫茶店、僕のスキルで発生してるくせにしっかり僕からも金を取る。バスコ共和国の通貨で支払いが出来るのは助かるが、この異次元の喫茶店に、果たしてウチの国の通貨の使い道などあるのか。


 ……閑話休題。僕はレジスターに向かい、そこで、手持ちの財布から総応分のお金を彼に渡した。


 それから、……ふと気になって、



「あー、そうだ」


「はいはい?」



「ウチの領のハナシが、新聞に載ってたんだ。見出しは確か、『ストラトス領内街道にて行方不明者』とかいう感じだったんだけど、何か聞いてない?」


「さあ? ゴシップなら仕入れますけどね」


「だよねー……」



 と、それだけやり取りしてから、僕は改めて喫茶店を後にした。






 /break..〉






「そろそろ帰りますね、またです司書さん」


「ええ、是非いつでも」



 後ろ手に彼女の会釈を受け取って、僕は、そのまま扉をぱたりと閉めた。



「……、」



 まず、――人気はない。


 僕は、その扉を抜けた先、「図書館」と地続きな変わらぬ自室・・・・・・の様子を軽く検分し、次いで外の廊下の音に耳を澄ませる。


 ……やはり、問題は無し。



「……、……」



 僕の「この転生についての事情」は、母さんにさえ内緒にしている。なにせ「これ」をバラした時にあの人がどんなコトを感じるのか、どう思うのか、……は、ちょっとイヤな気持ちになりそうなので考えないことにしておこう。とにかく僕は、この「転生」についてを誰にも秘匿している。


 そして、そんな流れで以って僕のこのスキル『結界:図書館〈EX〉』も、今日まで僕は無事隠し通せている。

 始めの頃はスキルを使って扉を出入りするたびに冷や冷やしていた僕も、十年もこうして付き合って来れば、すっかり年季の入ったクリアリング技術である。気軽な足取りで自室の床を二、三踏み、僕は翻って、掌をかざし「虚空の扉」を消滅させた。



「さて、と」



 日差しはやはり、天頂の際にある。

 旺盛な日差しに暴かれた風景は音があるわけではなくとも、どこか「にぎやか」に感じられた。が、……そんな見分はそこそこにしておこう。


 僕はさっそく自室を出て、まずはその場で人の気配を探した。



「(……ううむ、なんだろう。さっきの記事、何と言うか)」



 そう。

 なんとも言い難いけれど、気にかかる・・・・・


 あの新聞で見たコラムは、あくまで小記事の一つであった。調査の段階によるものか内容はやや抽象的で、何よりも文体からは「緊張感が感じられなかった」。


 或いは、だから・・・なのかもしれない。僕の住むこの領が、



「…………ふむ」



 この案件についての話を、僕は、とにかく誰でもいいから大人から聞いてみるつもりであった。

 しかし――、






「――やっぱりだ。






 平素のこの時間であれば、探さずとも一人二人くらいは目につく筈であった。それなのに今日は、耳を澄ませど足音一つない。



「……、……」

 ――いや・・だな、なんだか。



「……。」

 昼間、ジェフに見つけてもらえたのは幸運だった。



 彼は確か、自室にいると言っていただろうか。






 /break..






「ジェフ叔父さん、いる?」


「ん? ああ、レオリアか?」



 ノックと呼び掛けに、声が返る。

 それを了解と受け取って、僕は、彼の部屋の扉を押しのけた。



「やあレオリア、さっきぶり」


「……、……」



 僕が部屋に入ると、彼が手元の資料から視線を上げた。

 表紙は、……どうやら白紙であるらしい。ここから表題は確認できない。



「どうしたの?」


「あ、ええと……」



 少しだけ、僕は考える。


 ――部屋の壁に染みついた煙草の匂いや、ささくれた木材の匂いが、思考に没入する僕の脳にじっとりと浸透していく。



「…………、なんか、屋敷に誰もいないんだけど」


「ああ、それなら。みんな忙しいらしいんだ」



 お腹でも空いた? と彼が緩い笑顔を作った。



「いや、お腹は大丈夫。それよりも聞きたいことがあって」


「うん?」



 扉の際で話すのもどうかと思い、僕は室内へ、ジェフの机の方へと歩み寄る。


 すると彼が、

 ――手元の資料を裏返して・・・・置いた。



「……、……」


「? どうしたの?」



「叔父さん? その資料は?」


「……。」



 彼は、少し悩んで、



「……子どもには内緒だよ」

 結局は、そう答えた。



「……、……」


「それより、用事は? あったから来たんだよね?」


「あー、うん。えっと、……先週くらいにあったウチの領の失踪事件あるじゃない? アレの、調査進捗を聞きたくって」



 そこでジェフが、肩眉を上げてこちらを見る。



「失踪事件?」


「うん、知らない?」


「あー、聞いてなかったな。申し訳ない」


「いや、知らないなら仕方ないよ」



 何せ彼は今日この領に来たばかりであったはずである。解決の待たれる未解決案件とはいえ、この領の抱えるタスクを総て把握しろという方が難しいはずで――、




「――――。」



 そこでジェフは、



。……仕事の話は君にするなって義姉さんに言われててね。申し訳ないけど、内緒にしてもらえるかな?」


「あ、うん……」



 彼のその苦笑いじみた物言いは、


 ……その奥にあるものまでは、流石に見通せないけれど。



「それで、用事は?」


「あっ、これだけ。



 僕が少し笑って言うと、それをジョークだと気付いたらしい彼が軽く鼻を鳴らして応えた。



「ホントに、内緒で頼むよ。今度何かおいしいものでも買ってくるから」


「そら楽しみにしてます」



 それだけ返して、「あくまで善良な子どもとして」、

 ――僕はその部屋を後にした。


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