03.
エイトの武器は銃である。
銃とはつまり、弾丸を吐き出すことで敵を殺傷する。元来の銃が描く軌道は「点」であるが、エイトはそれで「線」を描く。点の連射で線を描き、これで以って制圧面積を補強する。
しかし、それならば、
――「点」で「線」を描く武器に対して、「元来から線を描く」剣戟は、単純計算で上位互換に違いない。
「がははァ! 元気なくなってなァい!??」
少女が携えるは二振りの長剣。それを彼女は、刀身の位置で握っている。
彼女の掌からは血が零れていた。それが、彼女の舞う挙動に合わせて夏空の虚空に舞う。血が舞うたびに、周囲が熱狂に湧きたつ。この状況において、
「(やっぱジリ貧だよなァ……ッ!)」
彼、エイトだけが、どこまでも背筋を冷やして戦況に臨んでいた。
……………………
………………
…………
戦線は今、一変している。
光景も変わり、趨勢も変わり、何よりも片一方の「戦い方」が、数瞬前とはあまりにも様変わりして見えた。
エイトはあくまで銃撃で以って少女を牽制している。彼のその「点の連射による線の攻撃」は、しかし、彼女の「線の連鎖による面の制圧」にことごとく封殺される。
少女が今、手首を起点に右手を回す。それが大人一人分の背丈に迫る半径を描く「面の制空権」となり弾丸を弾く。その次に少女が左手を翻すと、その円周がそのままエイトを切り裂く。
「(クソっ! 掌で刀身を掴むなんて無茶な真似してるくせに飛んだ技巧派じゃねえの! なんで砲身が削れるのに向こうの掌は無事に済んでんだ!?)」
ユイが一つターンを踏む。小さな背中が露わとなって、エイトはそこに滅茶苦茶に弾丸を弾く。しかし、
「残念読んでんだなぁソレェ!」
「だァ! 何がアドリブだよ手前ぜってえ練習してきたろ!」
ターン一つ分の踏み込みで、彼女が地面を踏み砕く。その直後には「弧を描く面制圧」が弾丸を総て叩き伏せていて、――もう一方の長刀が彼女の掌を離れた。
「――――ッ!?」
虚空を舞う巨大な刀は、いっそ呑気な軌道にさえ見えた。しかしそれは錯覚だ、ヘリのプロペラがそのまま飛んでくるようなふざけたスケールの光景に、彼の理解が追いつかなかっただけのこと。
――破砕音。そして一陣の土煙。
エイトの身体のすぐ間際を通って地面に突き刺さったその刀、そのふざけた上背を彼は、どうしようもなく一瞬だけ呆けて仰ぎ、
「……どっ、ォオオやっべェ!?」
「ボケっとしてんなよぉ!?」
その白昼逆光にユイが躍り出た!
「さぁ死ねッ!」
「だァあまだじゃァボケカスッ!」
高く飛んだユイが地面に突き刺さった刀の柄を取る。そしてそのまま空中でターン。地面をえぐり取るようにして刀を振り被り、そして地面を切り穿つような一閃を地上に刻み込む!
ダガガガガッ! と幾重の破砕音が地表を蹂躙する。しかし、その災禍の痕に残るのは乱暴に引き裂いたような地面の傷跡だけだ。エイトはいない。彼は今、ユイの目線よりもさらに上に跳躍をしていて、
「そっちが死ねッ!」
「誰が死ぬかァ!」
ユイの頭上から弾丸の雨が降り注ぐ。それをユイは、当然の如く「刀を回して」切り伏せる。頭身半ばに持ち替えた彼女の掌からはまた血液が弾けて、そしてそれ以上に、鮮烈なまでの火花が両者拮抗の最中に飛び散る。
「――――。」
「――――。」
そこに、エイトは見た。
……そもそも、刀身を掴み振り回すような真似をして「指が無事で済むはずなどはない」。この衝突でエイトは幾度となく銃の砲身でユイの一撃をいなし、そのたびに掌に圧倒的な衝撃を返されている。
「(なるほどね。こりゃ確かにコイツ、
彼女は刀身を「掴んで」などいなかった。エイトはその「手慰みじみた動き」に心当たりがある。アレはそう、
――つまりは、
「
「器用だろ? あたしも、こんなところでこの特技を生かすとぁ思わなんだね」
ペン回し。或いは見てくれだけで言えば、チアリーディングのタクト使いにも近い動きだ。長大な二振りの刀が、しかしどこまでも軽やかに掌を滑る。或いは彼女の手元を離れて虚空を踊る。
いつか彼が、ペンで行われるそれを見た際にも感心した技巧だったが、それを彼女は、刀で以っても同様にやってのけていた。
「ハッ! もっと強く叱っておくんだったヨ! 会議中に露骨に暇してんじゃねえってナ!」
「馬鹿言え。つまんねー会議なんかよりよほど手前らの目を引いてたじゃねえか。お捻りでも貰っとけばよかったねェ!」
回る刀身に弾かれたエイトが無様に墜落する。しかしその身体に傷はない。砲身のえぐった火花が、虚空に滞留し風に消えた。そこに、
「どうよ! ジリ貧だと思わねえかぃ!? 手前の鉄砲はもう見飽きてんのよォ、いい加減その首差し出しちゃくれねェか!」
「ハッ!
――馬鹿餓鬼が。これで終いヨ」
「――――。」
空中からの斬撃で地表を蹂躙していたユイが、
刹那、肌の泡立つような危機感に身を堅くする。殺気ではない。予感ではない。この感覚はそんな抽象的なナニカではなく、
「 」
エイトが、虚空を掴むような奇妙な動きをした。掌をこちらに掲げて、握り込むように、拳を作った。
――そして、それを堕とした。
「――――ッ!!???」
目前の光景が一転する。
その直後にユイは、「何者かに背中を押されたような」奇妙な感覚を得た。ごく自然な重力落下に一抹の不自然な作用が加わった感覚だ。それが、この拮抗しきった戦線においては致命的なる隙を作る。
「あぐっ!? なん……ッ?」
痛みはない。ただの落下だ。痛痒ではない。だけれど彼女は今、どうしようもなく地に堕ちて伏せていた。察するまでもなく、エイトの一手によって――。
「さァてと?
「クソッ!!??」
発砲音。それがシリンダー一周分連続する。否。それだけでは終わらない。二周分、三週分、四周分、――数えて九秒間の破裂音が、ユイの落ちた位置に全て突き刺さった。
「 」
煙に景色が判然としない。
しかし間違いなく分かるのは、その煙が、全く震えずにそこに溜まり続けている事だ。不明瞭な光景の奥にいる筈のユイは、どう見てもピクリとも動いてはいない。
風がない。ゆえに土煙はいつまでもそこに滞留を続ける。ユイが少しでも動けば、煙はきっと微かにふるえる。
……しかし、その兆しがいつまでたっても顕れないものだから、
彼は、一つ溜息を吐き出した。
「――――よォ。こんだけ撃てば効いてくれたかい? ……どうだ? 返事をしてみろヨ」
「 ――――。効いてねえんだなァ、これが」
爆砕。
上がる煙を「白炎」が
比喩ではない。
胎動するような「白い炎」の隆起は、不思議と捕食行動を想起させるものだ。それが、見ればユイの身体にまとわりつくようにして揺らめいている。
「……なンだァ、そりゃ」
「種明かしはマダだね。終わって手前が死んでなかったら教えたげるわ」
白炎はなおも、贄を求めて胎動を続けている。ユイが、その火の「縁」を、掌で撫でる。
次の挙動は、どこか、先ほどのエイトの「奇妙な行動」に類似したものであった。
虚空を掴み、拳を引き絞り、これを堕とす。
そうしてふわりと開かれた掌には、――紛い物ではない太陽が一つ。
「――――
「そりゃ吉報だ。食らって死ね」
太陽が、
――弾けた。
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