第五章『ビフォア・ラグナロク』
『ビフォア・ラグナロク_/1』
バスコ共和国はストラトス領地。
夏の夜の空気感をたっぷりと溜め込んだその店は、客層の偏りによるものか、或いは時間帯の関係だろうか、「食前のひと心地」のような空気に満ちている。
シックな店の雰囲気は
――そんな光景の最中にて、
「おー、なんかちょっとずつ人増えてきたね?」
「だろうネ。ここってばァ結構繁盛店なんだヨ?」
「あー、そう言えば私が店に来たときはクローズって提げてありましたっけ。……店間違ったかなとか思っちゃいましたよ」
俺こと鹿住ハルと、裏ギルド『桜田會』の首魁、桜田ユイ、そしてこのストラトス領の領主、レオリア・ストラトス。
以上三名は店内一角のテーブル席にて、中身のグラスをそれぞれの手元に、立ち上る酩酊感に肩を脱力させていた。
「……ストラトスさん。――お願いします。私に
それとちなみにエイルもいる。
借りてきた猫の如く肩を縮こまらせている彼女は、しかし前髪の奥の剣呑な瞳で、ユイをがっつり睨みつけているのであった。
「まあまあ飲みなよエイルさん。ここは私の奢りだってことで、ご飯もいっぱい食べると良いですよ」
「…………ではこの、ハラミステーキをお願いします」
マジでがっつりのオーダーだな。お腹減ってんの?
……なんて思いつつ俺は殊更グラスを呷る。
と言うのも、そろそろ次の酒を選んでもいい頃だと思ったためである。
俺 (とその他二名)のグラスの中身は、モヒートと呼ばれるレシピに味が近い。
生前の世界では文豪ヘミングウェイが愛飲したことから「文豪のカクテル」とも呼ばれていて、……夏の見えてきた今の時期にはぴったりな、ミントと柑橘の香る爽やかなロングカクテルである。
あと、これは蛇足でしかないんだが、俺の世界の酒の店では広くバカルディ社による「混ぜるだけでモヒートを作れるリキュール」が普及している。が、ここで頂くのはミントとラムとソーダ水を混ぜた「天然産」のものである。
あっちもおいしいんだけど、やっぱりモヒートはスプーンでミント潰しながら飲まないとね。
と、
……そこで、レオリアの挙手に気付いたウェイターがこちらに来た。
「お待たせいたしました」
「ええと、ハラミステーキが一つと、このピックセット? ってのを一つ。あとは、……お酒のおかわりとかみなさんあります?」
「アタシは、そうだね。……お兄さんのおすすめで、スピリッツのダブルを」
「じゃあ俺、ラムのハイボールで。あと、レモンとか絞ってもらえます?」
「かしこまりました」
すたすたと、ウェイターがテーブルを後にする。
俺やユイのわがままオーダーにもにこやかに答える辺り、確かにここは居心地がいいかもしれない。
「……しかしなんだネ、
「その呼び方はもういいよ……。つうか人のオーダーにケチつけてんじゃねえよ酔いどれロリっ子」
「……。釈放許した私が言うのも何なんだけどさ、そっち二人仲良すぎない? 黒い交際しちゃってんの?」
「なんなら伴侶だなァご主人サマ?」
「ナニ奴隷の間違いだろ?」
「良いぜ分かった表に出ろ! 実はさっきのロリっ子呼ばわりもハラワタ煮えくりかえってんだよこっちはァ!」
「上等だ馬鹿野郎! 改めて忠誠誓わせてやんぜ駄クソ奴隷!」
「あれ? やっぱ仲悪いのか? どっちだ?」
と、そこで、
「お客さん……?」
「「……、……」」
厨房のスタッフさんに睨みつけられて、俺とユイは両手を挙げた。
「(……お、おいおいユイさんなんだよアイツの殺気、アイツ一応お前んとこの部下なんじゃないの?)」
「(いやアイツな? 厨房には誰も入れないってタイプでよォ)」
「……。待ってくださいね。まさかこんな私の領地のド真ん中に桜田會と癒着関係のお店があるとかそういったお話をしているわけではないんですよねー……?」
……ひとまず、閑話休題。
早速来たおかわりのお酒を受け取りつつ、
まずは、へべれけになる前に「この会食」の目的たる話題くらいは確認しておくべきだろう……。
ってことで、
「――さてと諸君」
俺が言う。
「ここで二人を引き合わせたのは他でもない。レオリアさんも、ユイ、……ちゃん(?)も、それぞれの視点で過日の『北の魔王勢力による飛空艇襲撃事件』は把握してると思うけど」
「ちゃん付けなんざしゃらくせェナ。呼び捨てで頼むヨ、一つ」
「右に同じ。ハル君もね、砕けた感じで仲良くいきましょうよ」
「そう?」
と言うわけで、お言葉に甘えさせてもらおうか。
「その件は二人も知ってるよな、レオリアには聴取資料かなんかで聞いてるだろうし、ユイに関しては当事者の一人だ」
「そうですな、存じ上げてますとも。実際、その節は助かりました。おかげさんでこっちも、空路交通の監督不行き届きからの国交問題なんて話にならなくて済んだ感じで」
「? そりゃ、ここの大統領かなんかの仕事じゃないのか?」
「……民主主義採択制度を取ってる割に、未だ各領地は領主権限で自治してるんです。分かりますでしょ?」
「そうともサ。こちらの国のトップは、今や完全に
「……はあ、そんなもんかね」
つまり、国主自体は民主主義的に選ばれるが、『投票権を持つ人民』は今なお在居地領主の下で専制の只中にある。
……ゆえに、各地の領主が『自領地内の民』に組織票なんかを投じさせ、それで以って「恣意的に大統領を決める」なんて展開も考えられる。
ゆえに、敢えて今現在この国のトップの座は、国交問題の採択にも関与できないほどに空虚であるのかもしれない。
そのへんは、
……まあ、俺の問題ではない。この場では流してしまおうか。
「とりあえず話を元に戻すとだな。……とにかくレオリアもユイも、『北の魔王』が動き出したってのを理解しているってことになるよな。つまりは、ストラトス領と桜田會、この国の3トップの内二つがってことだが」
「分かりますよ。君が言うのは、『北の魔王』が恐れた通りのことをしてやろうって話ですよね。こちら二勢力が手を組めば、バスコ共和国の自治は改めて盤石になる。……そもそも『国』なんて銘打ってるけど、現状のバスコ共和国ははっきりと三つに分かれてるんですよね。普通なら『一国』として纏まるべき
無論、「国」と言うのはその規模において千差万別だ。国民総人口や敷地面積において、A国とB国じゃゼロ二つ分の差がある。なんて展開もあり得るだろう。
しかしながら、国が「国」を名乗るのには理由がある。
国が、敢えて国を名乗るのは、――『近隣強国などに接収されず自立している』のは、弱小国側の文化性保存の面や国民意識における「母国が無くなる嫌悪感」の他にも、――強国側が弱小国を「不良債権だと思っている」場合、或いは接収せず「あくまで隣国として養分を吸っていく方が都合のいい」場合など複雑多岐である。
一応、それで言えばバスコ共和国は分かりやすい悪性腫瘍が三つあるわけで、第一印象から明確な「不良債権」である。
そう言った意味で言えば、この「リソースの分裂状態下」で他国からの侵略が確実にないというのは一つ不幸中の幸いとでもいうべきかもしれない。
さて――、
「ただね」
そう、レオリアが言葉を挟む。
「……、」
「ウチが『北の魔王』と手を組むよかハードルは低いけど、――でもやっぱ、おたくはおたくで
まあ、そうだろう。
仮に自治体が、『魔族』と手を組むか『イリーガル集団』と手を組むかで民衆に投票を促したとして、その先に待つのは山のような白紙投票である。
「普通にどっちも蹴散らしてくれ」と思うのが民衆だし、それが出来ると思うのも、或いはそうするのがお上の仕事だと考えるのもやはり民衆の性質に違いない。
……まあ、俯瞰的な戦力の比較ができない立場である以上、それも致し方なかろうが。
「あン? ウチは別に、『北の魔王』の方に花ァ送っても構わないんですケドね。つーか『北の魔王』が『悪神神殿』をなんとかできるってわかった以上、ウチだってのんびり夏休みってわけにゃいかねえんだしヨ?」
「…………そもそも、おたくの言う『北の魔王』が『悪神神殿』をなんとかできるって言うハナシ、そこはどうして情報が回ってきたんです?」
……純粋な疑問として。とレオリアは言葉を付け足す。
他方ユイは、
「……まァ、出どころは伏せるがネ?」
と、一つ置いて、
「『悪神神殿』の
「ええと、五年でした?」
「そうとも。その間、神殿の中じゃ
「まあ、それはそうですがね。しかしそれが、どうハナシに結び付くんです?」
「逆に考えて欲しいンだが。この国で一番『悪神神殿』ってェクッションに守られてたのが『北の魔王』だロ? 例えばそうだナ。……神殿が無くなって冷戦が決壊したとしたらァ、それをきっかけに『ヒト』が魔族に牙を剥く。違うかい?」
「……、……」
この世界において、魔族とヒトは不倶戴天であるという。
ゆえにこそ、近隣諸国は「不倶戴天の敵を倒すために
そしてそこには、無論ながら、『支出名目』以上の、――国が他国にカネを出すなりの利益計算がある。
何せ、その『目指すべき世界』では既に、三つの悪性腫瘍の内の『
……加えて言えば、この状況においてバスコ国の国力が致命的に削がれる展開も不可避である。冷戦の要であった『悪神神殿』が消滅した場合に起こるのは、無論ながら「冷戦参加者たちの総力戦による相互の消耗」である。つまり、
――この国の腫瘍二つと、そして国力を握る『ストラトス領』の総無力化。
その先に待つのは、間違いなくバスコ共和国の実質植民地化だ。
「よォ? この国はそもそも、資源に置いちゃそれなりに豊かなんだよナァ。こんだけ国土が広けりゃァ『即座に接収』なんて展開はネェだろォが、それでも資源タンク扱いってんなら、狙ってる他国はいくらでもいるんじゃねえのン?」
「…………。」
そもそものレオリアの疑問は、「北の魔王が悪神神殿を攻略するという情報の信憑性」であった。
それに対しユイは、「そうしない方が不自然だ」と、これ以上にないほどの回答を示した。
つまりは、「現状況で最も追い込まれているのが北の魔王勢力であるゆえに、彼らは確実に手を打ちに来る」と。
ここでしかし、ユイは「情報の信憑性に足る根拠」、或いは「そもそも北の魔王がどうやって神殿を攻略するのか」については伏せている。
そして、彼女の展開した理論で以って、俺たちは彼女にその二つのネタを、――つまりは「彼女が握る重要な情報」を、『彼女の主張』の証明の名目で引き出すことが不可能となった。
なにせ、……俺たち三人は「実際に北の魔王が一手を打った」のを知っているのだ。
――つまり、「『北の魔王』は既に神殿攻略の方法論を確立していて」、「だからこそ次の一手に『ストラトス領』と『桜田會』の決別を狙った」。
翻って言えば、――事態はもう、彼女が言った通りの『次のフェーズ』に移っているわけだ。
そして、ユイは言外にこう告げているのだ。
――そっちの尻にも、火が付く直前だろう? と。
それを聞き、そしてレオリアは……、
「――はあ。……ったく」
と、溜息をついて頭を掻いた。
「いいですよ、分かりました。それでおたくはアレでしょ? わざわざ『北の魔王』が飛空艇を落としに来たし、それをユイさんが手ずから止めた。つまりはそっちも、現状じゃ少なくとも『北の魔王』よか『ウチら』と手を組みたいと思ってるって言いたいわけだ?。――その様子じゃ、コウモリした結果こっちのが利があると踏んだってことですよね?」
『北の魔王』に付いても『ストラトス領』に付いてもよかった『桜田會』が、敢えてここで片一方を選んだ。
そこには、勝ち馬を選んだってだけじゃない「利益」があるのだろう? と、レオリアはそう問うて、
ユイは、
「話が早い。やっぱトモダチはヒトに限るね」
などと吹かし、そして、
「こっちの貰う報酬は、ウチの事業の認可だ。これ以上はマケられないねェ」
「(クソデカ溜息)」
――今まさに議論が終局へと向かう円卓上に、
「……お待たせしました」
「どうもどうも。こちらです」
「……、……」
「……、……」
エイルのハラミステーキが、ようやく届いた。
……タイミング考えてくんねえかな。
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