Q-3
「ご主人様。……カズミ様っ、飲みすぎでございます!」
「うっるへー! もっとだもっと! 一番いいエールを持って来ぉい!」
「ご主人様、周りの迷惑になりますのでどうかご自重ください。ただでさえ人が一人亡くなっているのです……」
「うるしゃいうるしゃいうるしゃぁい! こんな時だからこそ飲まないとやってられないのらぁ! いいからもっと酒を注げぃ!」
「……、」
「……、」
「飲めば飲むとき飲まざればァ! Fooooooooooo!!」
「……(当て身ッ!)、わ、わあご主人様が飲みすぎて倒れたぁ! スタ、スタッフ誰かぁ!?」
……ということで、
俺こと鹿住ハルと、その伴侶である鹿住ローリングストーンことロリは、再び医務室に運び込まれることとなる。
「うぅぅ、ぎもちわるぃい……」
担架に揺られてどんぶらこ。遠慮なく上下左右に揺らされつつの道中に、俺への配慮は皆無であった。
が、それもひとまず閑話休題。
俺は最速最短で以って医務室に放り込まれる。
「あべしっ!?」
ちなみにさっきの放り込まれたって言うのは全然比喩とかじゃない。しっかりと勢いをつけて担架からポイってされた。
「(……いってえ)」
「大丈夫ですかカズミさまー? 意識ありますー?」
「うべべべべ」
「水あるー? 誰か水あるー?」
床に(床に!)伏せられた俺のために、何やら向こうでスタッフが忙しなく動いている。
それを俺と、向こうではロリが心配そうに眺める。
……果たして、
「水あったーっ?」
「ありました! 持っていきます!」
「ありがとー! はいじゃあ鹿住さん。口あけてくださいねー」
言われるままに、俺は口を開ける。そして、
「そのままですよー」
水の代わりに俺の口にぶち込まれた凶刃を、
――当然のように、ロリが蹴り飛ばした。
「!?」
「……いや驚いた。さっそくアタリ来ちゃったね?」
俺は、そう言って立ち上がる。無論ながら、泥酔などしてはいない俺の足取りはどこまでもしっかりとしたものである。
「な!? どうしt――」
「だってほら、お前らの目的はとりあえず強そうなやつの排除だろ?」
直近の男を蹴り上げる。無防備な顎がかち上がったのを狙って、俺は更にそこに回し蹴りを打つ。
「かっ!?」
「一人目。……あーいや、二人目か?」
「――ええ、そして三人目ですご主人様」
答えながら、ロリが、鷲掴みにした女性スタッフの顔面を地面に向けて叩きつける。
……それは、野球ボールを地面に投げてバウンドでフライを上げるときのような、躊躇などなに一つもないスローイングであった。
「(……いや怖え。普通に俺が一人ぶっ飛ばす間に二人ぶっ飛ばしてますねこの奴隷)」
「そして、……これで残り一人です。どうなさいますかご主人様?」
「……うん。そしたらとりあえず、そのスタッフの娘の喉を締めるのをやめてあげたら?」
「かしこまりました」
ロリが手を離すと、そのスタッフがとさりと崩れ落ちる。……死んでないよねあれ?
さて、そんなわけで。
「……じゃあ君さ、スタッフさんだよね? お客さんからのお願い、聞いてくれるよな?」
「 」
「――黒幕、誰だか教えてもらえる?」
/break..
俺があの尋問室で俎上に挙げたのは、
「とにもかくにも、敵の素性を知らないとどうしようもないだろ」
……本当にいるのかどうかまで含めて、と。
つまりは「そのようなこと」であった。
「……、」
俺の、この言葉に対しては、
「それは、まあその通りだろうけれど……」
フィードが、難儀そうな表情でそう返す。
「でも、どうやって?」
「本当に分からないか?」
「……、……」
いや、そんなはずはあるまい。
俺が言っているのは、そもそもこの卓上に置いての「大前提」の確認でしかない。
「仮想敵は現段階で、厄介な乗客の排除っていう段階にあるって話だ。よう艦長補佐さん?」
「ええ、はい?」
「この船に乗ってる人間の内で、戦力に数えようと思ったらどれくらい上がる?」
「……、……」
静観を保っていた彼は、しかし即座に議論に追い付いてくる。
「……襲撃を受けた『彼』の冒険者等級を考えると、はっきり申し上げまして、私どもの飛空艇に戦力に数えられるような人間はいません」
「……じゃあちなみにさ。そもそも一級冒険者レベルの悪意ある侵入者を想定した対応策なんかは、この船にはなかったのか?」
「一級冒険者と言うのは、……」
少し、彼は言い淀む。
しかし、その逡巡もやはり、ごく短いモノであった。
「――別格です」
「……、……」
「二級冒険者レベルであれば、ピンからキリまで私どもの準備戦力で十分に対応可能です。しかしながら一級冒険者、……しかも戦場の第一線で活躍するような『探索冒険者』ともなりますとどうしようもない。私どもに出来るのは、彼らと共存することまでです」
「……ふぅむ、そうか」
それは、想定した以上に言葉を尽くされた「畏怖」であった。
……例えば、一級冒険者レクス・ロー・コスモグラフのことを思い出す。
アイツが仮にこの飛空艇をジャックしようとしたなら、そもそもこのような「下拵え」からして全く必要もあるまい。
アイツなら、ただ名乗りを上げて、そして震脚の一つでもすればそれでお終いだ。当然のようにこの飛行艇は地に墜ちる。
……ゆえにこそここで、仮想敵は、「ゴブリン(略)」という『
だから、俺は「これ」を自ら提案するのだ。
「一応なんだけど、俺も冒険者の端くれだ。と言っても二級冒険者のペーペーだけどな。……案外、仮想敵の方が俺も脅威に数えてくれていた、なんてことがあればありがたい」
「……、……」
「幸い俺は、この船じゃ一番の問題児だ。もう一回くらい問題を起こしても、違和感はないんじゃねえのか?」
〈/break〉
そうして提案したのがこの作戦。
――名付けて、「泥酔したフリで仮想敵一本釣り大作戦」である。
……概略として、まず俺は「悪態をつきながらメインホールの方に戻る」。
元来なら、尋問を受けた人間は別室に案内される手はずになっているが、そこは現段階で「より多くの人間が待機している方」に向かい、そこで「悪目立ち」をする。
「冒険者たる俺を疑うとは何事だ」、「俺は聞くに名高い『爆弾処理班』の称号を持つ男だぞ」、「『爆竜』さえ討伐した俺を、この飛空艇は犯罪者扱いか」、そのようなことを喚き散らしただろうか。
散々衆目を集めつつ俺は、その場で死ぬほど酒を飲む。ここでは、艦長補佐と先ほどのバーテンダー氏の連携協力も得つつの一芝居である。
あとは、先ほどの通りだ。俺は滞りなく医務室に搬入され、そこでも滞りなく強襲者の襲撃を受け、そして今に至る。
問題があったとすれば、
「……、……」
「……、……」
その強襲者と言うのが、俺を担架で運んだスタッフ都合五名全員であったということだろうか。
「よう、スタッフさん? 聞こえてはいるんだろ?」
だってまだ何もしてないもんな? と俺は言う。
「まだ」の部分に、可能な限り強いイントネーションを置きながら。
「……、……」
「率直に言おうか。……両足のすねを魚の干物みたいに開かれたくなかったら言うこと聞いてくれる?」
無論、言うことを聞かなければ俺は実際にそうするつもりである。こういう場合、脅される側は切実に「相手が本気かどうか」を測るゆえ、躊躇をする必要のない俺は躊躇をするつもりがない。
しかし、――さてと、
「――――。」
彼は当然のように、
――自らの舌を引きずり出さんと拳に噛り付いた!
「!? ロリっ!」
俺の言葉足らずの指示に、しかし彼女は最適な行動を起こす。
「――――ッ!」
「っか!?」
一歩溜めての破滅的なハイキック。それが、見事に男の側頭部を打ち抜く。
遅れて響く破砕音。
致命的なまでの勢いをつけて、男は、
――そのまま地に付した。
「……、……」
「……、……」
「……待てよ。なんだこれは」
俺は、どうしようもなくそうつぶやいた。それに答える者はいない。
「 」
……ロリの行動が遅れれば、
彼は実際に自分の舌を引き抜いていただろう。
即座に昏倒し地面に倒れ伏した彼は、それでもどろりとした血を口内から垂れ流し続けている。
どこまでも、それが、豪奢な絨毯をさらに深い色の赤に濡らす。
「ロリ、……フィードに連絡を」
「了解いたしました」
俺の言葉で、彼女は懐の遠話スクロールを起動させる。
「……どのように、報告をいたしますか?」
「…………。そうだな」
――負傷者四名。重傷一名と。
俺はそう、彼女に答えた。
/break..
「フィードさまからの報告です。強襲者五名は、強固な洗脳魔術と、それを秘匿する高度な隠蔽魔術の影響下にあったようです」
「……そうか、代わってくれ」
短い返答を得て、俺は彼女から遠話スクロールを受け取る。
『救護班を呼び立てる割に、そっちは部屋にいないんだな。今どこにいるんだ?』
「予定通りだよ。今は西側通路から飛空艇後部の貨物室に向かってる。そっちはどうだ?」
『全員命に別状はない。重傷者一名も後遺症は残らないはずだ。……全く、とんだ展開だ。これは、下手をすると飛空艇のスタッフ全員が実は洗脳済みって展開もあるかもなんじゃないのか?』
……それはない。と俺は答える。
『どうして言い切れる?』
「……もしお前の言う通りなら、それこそ下拵えなんて必要ない。潤沢な人手を使ってありとあらゆる方法で飛空艇を落とせばいいんだ。俺やそっちがどれだけ高名な冒険者でも、両手の数は足して四だろ? 向こうが人海戦術で来たら為す術無しだ」
『確かに、そうか』
こほん、と彼は遠話越しに咳ばらいを置いた。
『ならそっちは、この展開をどう見るんだ? 乗員の内でどれだけが洗脳済みかもわかんない状況で、それでもアンタに付いた五人中五人がクロだった。僕からすれば、やっぱり疑心暗鬼を起こさずにいられないんだけど』
「俺からすれば、……そう思わせるって目的があるってところまでで半分だ」
スクロールの向こうから、疑問符が返った。
「……こういう密室で疑心暗鬼を狙うってのは手堅い。だけどそれだけじゃない。分からないか? 五人中五人がクロだったんだぞ? 三人でも、四人でもなく」
『……、……』
「向こうは、『俺を倒せるだろう頭数』を揃えた。そのうえで、『その頭数の中にシロを混ぜてこなかった」。簡単だろ? 相手は……、」
『――まだ、このいざこざを表沙汰にしたくない?』
そうだ。と俺は返す。
「例えば、五人中四人がクロだったとしよう。その場合確実に、そこに紛れ込んだシロは口封じされるよな? その時に、万が一にでも被害者のシロが悲鳴を一つでもあげたら最悪だ。そうなったら、何も知らない人間にとってはただの『殺人事件』だったこの揉め事が、『連続殺人事件』にすり替わる。……逆に言えば、今回の黒幕は殺人事件が連続殺人事件に変わることを忌避している」
少なくとも、――現段階では。
『……でも、なら、どうして?』
「……、……」
俺は、
「さあな」
と答える。
『……とにかく、相手は僕にも看破できないほどの隠匿魔術の使い手らしい。「僕でも」ってのが曖昧なら、「一級冒険者でも」って風に言い換えてもいい』
「……、……」
『術式を見る限り、この洗脳は、強襲の失敗が向こうにも伝わるタイプだ。さっきそっちが言った「ジャックという意図の隠蔽」が黒幕の狙うところなら、向こうも動き始める頃合いかもしれない。荷物を取ったら、すぐにでも……』
「合流しろってんだろ? 貨物室に着いたから切るぞ」
返答は待たず、
俺は、フィードとの会話を打ち切った。
そして、
……立ち止まる。
「……、……」
「ご主人様、……こちらが」
――貨物室です、と。
ロリが指す先には、これまでの贅をつくした内装とは打って変わって、どこまでも無骨な扉があった。
「……、……」
「……ご主人様」
「開けてくれ。先行して、俺の荷物を探せ」
小さく了承の返答が返る。先行する彼女の背中を、俺は見送る。
重そうな扉を、……しかし彼女は難なく開いて、
「……中は、静かですね」
「俺の荷物はあるか?」
「恐らく、こちらかと」
中に広がるのは、どこまでも日陰然とした光景であった。
怜悧な空気が沈殿していて、その中には整然と、そして静謐と荷物が並んでいる。
キャリーケース風のものは床に整列し、足のついていないバック類は棚に陳列されている。
その内から彼女は、すぐに俺たちの荷物を見つけ出した。
「短剣を貰おう、他の荷物を集めてくれるか?」
「了解しました」
よどみない所作で、彼女が俺の言うとおりにする。
まず俺は彼女から短剣、
……楠木から譲り受けた「何であっても当たり前に切り断てる」それを受け取って、
――そしてそれを、抜き放ち、ロリの首筋に押し当てる。
「……、……」
日陰の沈殿する、狭く煙った室内にて、
「……ご主人さま」
「……、……」
沈黙が、鋭利な輪郭をかたどっていく。
「……端っからだよ、お前」
「……、」
「端からおかしかったんだ。お前、……なんで、俺よりもお前の方がこの船に乗るのに積極的だったんだ?」
「ロリは、……そんなつもりなど」
「いいよソレは。もういいから、名前を名乗ってくれ」
あるんだろ? 本当は。
そう、俺は「彼女」に問う。
「……。」
……日陰わだかまる部屋に、通路の
その向こう、どこか遠くで、
――雨の降る音が、響き始めた。
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