『第四章_夏の夜の飛空艇殺人事件~豪華客艇に秘められたフルフェイスアーマー死体の謎……推理編~』




 曇天を往く飛空艇の中に、


 ――悲鳴と、混乱と、そして恐慌が巻き上がる。




「お、おい何事だ!」


「なっ、死んで、……死んでるのか、あの甲冑!?」


「待ってあの人、あの甲冑姿ってまさか……!」



「……艦長を呼べ。速やかに乗客をメインホールに集めるんだ。…………この飛空艇内に、一級冒険者を倒せる者がいる。強く、そして悪意ある者がだ。――私たちには、乗客を守るという義務がある。決してそれを忘れるな」




 それを、




「(どきどき)」


「(どきどき)」




 ……俺こと鹿住ハルとロリは、充てられた部屋のドアから外に耳を澄ませつつ息をひそめていた。



「(行った? 行った?)」


「(いえ、人の気配がございます。恐らくは現場保持のために誰かが残っているのかと)」



「(……やばいよな。絶対こんなタイミングで俺たちが外出てったら第一容疑者待ったなしだろ?)」


「(加えて言えばご主人様は冒険者ですからね。外の様子を考えるに、あの甲冑姿はそれなりの手合いだったと確認できます。襲って勝てる人間自体も少ないでしょうから、容疑者としては非常に有力であるとロリは考えます)」


「(なんでそんな落ち着いてるんだ馬鹿野郎! ご主人様のピンチだぞ! 我が身のことのように嘆いたらどうなんだ!)」



「……あの、誰かいらっしゃいますか?(ノック)」


「(びっくり!)」

「(びっくり!)」



 唐突に響くドア越しの声。それに俺たちは、どこまでも素直に肩を跳ねさせる。



「……誰も、いない?」


「(いないよいない! だからそのまま帰ってくれえ!)」



「……待てよ? 妙だな、電気がついているぞ?」


「(なんだこいつ名探偵か!?)」


「入りますよー? お客様―?」


「やばばばッ!?」



 焦り切った俺は、何とかそれでも立ち上がるだけは立ち上がろうとして、


 ……そして、足をもつれさせる。



「おわっ」



 ドタバタガッタン、と派手な音を立てて。そして「俺たち」は、




「あっ」


「あっ」



「……嗚呼」




 ――(冷や)汗で扇情的に艶めいた、ロリの鎖骨が目に入る。


 片手に残る硬質な床の感触がやたらと印象的だ。それはきっと、もう片方の手にはっきりと返るに、必死で目を背けている俺がいたからだったのだろう。


 俺の半端な姿勢を支える片膝が、温かな何かに絡みつかれていた。

 ――いや、何かだなんて曖昧にするのは俺の性が許さない。

 どうしようもなく俺の目がそちらへと滑って、……そしてその先、に、俺の視界がばっちり吸い込まれた。



 ――たおやかな髪が、はらりと落ちて、

 強い花の香りが、俺の眉間を打ち据えた。



「あ、の、……ご主人様」


「……(ぐるぐる目)」


「(待てよその目をしていいのは私だけだろこの状況でッ!)」



「……お客様」


「はい! はいはいはいなんだろう! なにかなあ分かんないや!?」



「…………。お客様、に申し訳ありませんが、至急メインホールに来ていただけますでしょうか」


「……は、はい」



 俺が何とか、そんな返事を絞り出すと。



「……いえ、失礼。シャワーを浴びていただいてからで構いません」



 ばたん、と無情に、ドアの閉まる音が響いた。











 /break..











「……ご主人様、ロリは気にしておりませんので、どうかお気を確かに」


「…………うん」


「こちら、先ほどのバーからお飲み物を頂いてきました。お飲みください」


「ああ、……うん、ありがとう。なにこれ」


「ブルームーンです」


「(ぼっふ!)」



 ――ブルームーン。


 ドライ・ジン(薬草香のあるスピリッツ)をベースにしたシェイクスタイルのカクテルである。

「青い月」の名の通り、月明かりのある夜空のような色をしたそのカクテルは、……カクテル言葉として「出来ない相談」という意味を持つので有名だったりする。



「テメエお洒落に俺を振るのはやめろ!」


「振ってはいけませんでしたか。申し訳ありません奴隷風情が出すぎた真似を」


「そもそも告ってねえからさあ!」



 閑話休題。とにかく一度、落ち着くべきだろう。



「まあいいや、頂くよ」



 言って俺は、小さなグラスに注がれたそれを、こくりと煽る。


 まずもって舌が受け取るのは、レモンジュースの酸味と苦みである。

 それが次第に、口内で氷を解かすように、少しずつジンの苦みに変わっていく。


 一口分を嚥下して息を吐くと、ジンと柑橘の織り交ざった香りが、ふわりと鼻を抜けた。


 ……やはり、カクテル言葉の方がやたらと有名なカクテルではあるが、普通に飲んでおいしい、良いレシピだと思う。

 っていうかこういう知識でマウント取ろうとするような層に限って「じゃあ他にどんなカクテル言葉知ってる?」って聞いたらお地蔵さんになるのである。お客さんサイドでこれとギムレットとマティーニでうんちく語ろうとするやつに実際碌な奴いない。(個人的見解)



「ご主人様? なにか苦虫を噛み潰したような顔をしてはいませんか?」


「……いや?」



 さてと。


 ――どうなったものかね、と。

 俺は呟く。


 俺たちのいるメインホールには今、静かながらも克明な焦燥が席巻していた。



「……、……」



 スタッフ曰く、既に全ての乗客がメインホールに集まっているらしい。


 ざっくりで数えてみたところ、総数でも二十人を少し超える程度だろうか。これに加えて、スタッフの方は十人程度数えられる。



「(……ご主人様、あの)」


「(うん? なんだ?)」



「(……なんというか、私たちって結局あのまま解放されましたよね?)」


「(あー。そうな)」



 あのまま、というのは先ほどのラッキースケベ案件である。


 スタッフがあの甲冑死体を見つけた時に「面倒な立ち位置」に追いやられるのが嫌で部屋に隠れていた俺たちは、奮闘むなしく結局は見つかったのだが、……それもなんだかんだで見逃されて今に至っている。



「(……まあ、アレだろ? 俺たちのやってんのを見て『アリバイあり』って判断されたんだろ?)」


「(いや待て待ってください。やってません、やってませんねぇ!)」


「(不幸中の幸いじゃん?)」


「(不幸って言うのやめろよ人のおっぱい握っておいてよぉ……っ?)」



 ってな訳でひとまずは、俺たちも「普通の」容疑者に落ち着いている。そんな俺たちこと「普通の容疑者」総勢二十数名は……、




「――では、次の方」


「……は、はい」




 事情聴取を、待っているところであった。



「……一人に当てられる聴取の時間は、およそ十五分と言ったところでしょうか」


「長いのか短いのか分からないな。聞かれてんのは、……アリバイと、乗客の方の素性ってところかね」



 呼ばれた人間がメインホールを後にする。


 それを、「俺たち」はどうしようもなく見守るだけだ。


 

 ……聴取は、この飛空艇の艦長補佐らしい人物と「とある乗客」の二名が行っている。


 まあ普通にそれだけ聞けば、その他容疑者二十数名の「なんで同じ乗客なのにアイツだけ疑われないんだ」という反発は免れまい。

 しかしながら、――実際にはこのメインホールに、そのような混乱は発生しなかった。

 それがなぜかと問われれば、「実はこの豪華客船に高名な探偵が相乗りしていたのだ!」なんてことは当然なく。



 ――ただ単に、名乗りを上げたのがあのプレゼンのステージ上で見た、死んだ甲冑姿の「相方」であったためである。



「……、……」



 俺のようなひねくれた人間なら、この事件が私怨による犯行であることも踏まえて、この飛空艇で最も疑わしいのこそがソイツだと、そう思うだろう。

 しかしながらその「少年」は、――あまりにも明確に非力であった。



 ……一級冒険クラン「ゴブリン(略)」の非実働要因にしてブレイン。

 フィード・グラスホッパー氏。


 その、他者を損なうこととはあまりにも無縁に見える小さな体躯と、翻って魅力的に過ぎる一級冒険者のブレインという肩書。そして彼の、あまりにも悲痛な「献身」。

 仇を憎む感情への共感に、俺たちは否応もなく、彼の調査への参加に頷いた。











 /break..











「では次の方。……鹿住ハル様、こちらへ」


「はい。じゃあロリ、この後またな」


「了解いたしました」



 というやり取りで以って俺は、一人スタッフの案内に従う。



「こちらです」


「……、……」



 メインホールを出て、どこまでも静謐とした通路を抜ける。


 曇天に採光を委ねた先ほどの空間とは違って、人工的な暖色灯が照らす光景は、暗色に慣れた俺の瞼には少し強い。



「……、」


「この先の空き客室を使ってお話を伺わせていただきます。それ以降は、メインホールではなく別の場所でお待ちいただくことになります。お手間をおかけしてしまいますが、どうかご協力を」


「ええ、分かりました」



 このスタッフの説明は、尋問場所にせよそれ以降の待機場所にせよ、メインホールではされなかったものである。

 ……察するに口裏などを合わせられることを嫌った措置だろう。

 或いは、そのような「具体的な悪意」まではなくても、尋問を受けた人物がそのままメインホールに戻るのでは、尋問内容の質問攻めになるのは当然の帰結である。


 ならば、それを聞いた無辜の人間が、それでも「万に一つでも疑われること」を恐れて「恣意的な受け答え」をすることは想像に難くなく、そういった「人為的な言葉の操作」が、塵が積もるようにして「致命的な何かの破綻」になることも予測が出来る。



「(……って理屈がわかってても、尋問場所さえ隠すってのは『徹底』してるよな)」



 ――徹底。

 つまりは「隠れた犯人への配慮」である。


 かような配慮が他でもなく「メインホール」で行われているとすれば、それは言い換えて「メインホールの中に集めた連中のなかに犯人がいると思っているぞ」と意思表明しているともとれる。


 ……それでもなおメインホールの乗客二十数名が黙って従うというのは、全く、育ちの良さの発露に違いあるまい。

 誰をとっても「下手に恐慌などしない」類の、真にわきまえた人間であるらしい。



「(……舐めてたな。貴族社会の金持ちって言ったら、俺の世界じゃまず初めに『カネだけ持ってるアホ』のイメージだったけど、こりゃむしろ資本主義社会よりも地位の維持が大変だって言う証左だな)」



 少なくとも、社交の場の性質が殺人現場になった程度で「喚き散らす大義名分」を得たと考える手合いは、ここにはいないらしい。


 いやなに、社交界が事件現場に変わろうと「参加立会人」の顔ぶれは変わらないのだ。

 このような異常事態で以ってなお彼らは、あの場を「株を下げてはいけない空間」だと認識しているということなのだろう。


 ……そのあたり、上流階級の意識水準のケース収集が出来たというのは、一つ、俺にとっては成果に数えても良い収穫であった。


 さて、



「……鹿住様、こちらです」


「はい」



 通されたのは、先ほどの十字路の、俺の部屋からもそれほど遠くはない一室である。


 そこのドアを、スタッフが小さく三度叩く。



「どうぞ」


「失礼いたします。鹿住ハルさまをお連れいたしました」



 ドアが開き、その内側の様子が見える。


 その光景にてまず初めに、俺はその「少年」と視線がかみ合って、……小さく目礼だけを返しておく。


 他には、聞いていた通り艦長補佐(と思われる人物)がいるくらいだろうか。



「では、鹿住さま」


「ええ、どうも」



 戸を潜り、彼らと相対する。



「……どうも、鹿住ハルです」



「ご足労頂いて申し訳ない。私がこの飛空艇の艦長補佐を務めております、ボロネーゼ・レントンです」


「フィード・グラスホッパーです。どうぞ、そちらに」



 おかけください、と彼は言う。


 俺はその所作に、――を覚えた。



「……、……」



「? どうなさいました、おかけください」


「いえ」



 ……

 レントンが促すのに従って、俺は差された席に着く。


 さてと、――しかし。



「ハルさん」


「はい?」



 席に腰を落ち着ける直前、フィードが俺に声をかけた。

 それで俺は、中腰の姿勢のまま彼の眼を射止める。



 やはり、違和感しかない。




 アレは確実に、――




 俺は、








「……、……」







 フィードの言う言葉に、ただ一瞬だけ、しかし明確に呆気にとられた。


 そんな俺を見ながら、

 彼はしかし、をする。



。申し訳ありませんが、見せていただきました」


「……。なんだそりゃ、悪趣味だな」



 言って彼が取り出したのは、「くしゃくしゃになった紙」である。

 パッと見ただけであれば、大抵の人間にとって、それはただのゴミ屑でしかあるまい、しかし、


 ……この世界でただ一人、

 俺にとってだけは、その紙屑は明確なウィークポイントであった。



。それをこんな扱いとは、全く怖いもの知らずな話です」



「――――。」


「いえ、失礼。こちらは返します」



 恐れ知らずだという割に、フィードも「それ」をこちらにぞんざいに放り投げてくる。



「……、……」



 見ればやはり、それは昨日俺がくしゃくしゃにしてポケットに詰めておいた「公国王からの」であった。



 ……あの時はその場の勢いですっかり忘れていたのだが、そう言えばそうだ。ロリのヤツ「服は洗濯に出しといた」とか言ってた覚えがある。

 あのダメ奴隷あとでエッチなお仕置きだぞこの野郎。……ってのはまあ置いておいて、



「待ってくれ、フィードって言ったか?」


「ええ、はい」



「じゃあ、聞かせてくれ。……アンタはなんだ、?」


「……なるほど」



 短く、彼は言う。そして、



「公国王からの書状を持っているくらいですから、相当なお方だとは思いましたが、いや、まさかこれほどとは」


「……お世辞は良いよ。要件を」



「…………。ええ、僕はあなたの味方です。それも、。ただ、このままでは説明が煩雑になるかもしれません。――良ければ一人、知り合いを紹介しても?」


「……、」



 首肯を返すと、


 彼は一つ柏手を打つ。

 すると、……俺の部屋に照らし合わせれば、あそこはバスルームだっただろうか。


 ――向こうの扉が、ギシリと鳴った。

 そして、









「    」


「紹介しましょう。ほら、名乗ってくれ」





『了解、マスター。……しかしその前に、あのアホ面を何とかしてもらった方がいいんじゃねえのか?』









 現れたのは、


 ……いや、正確に言えば死体であるかどうかが不明である。

 何せ、俺に分かるのは、



 この飛空艇に渦巻く混乱。その元凶。


 ――死んだはずの『ゴブリンスr』が、そこで、当然のように立っていた。



『ようアンタ。俺は、。つってもこの名前じゃ無機質すぎるよな、好きなように呼んでくれよ』



「……おい、どういうことだ」


「気持ちは分かります。驚かせてしまって申し訳ない」



『彼』の言葉を、そして俺の疑問符を、

 彼、フィードが取り次ぐ。



「しかしあなたになら、……案外、こう言えば一から十まで伝わるんじゃないですか?」


「……、……」




 ――改めて、フィードと言います。どうぞよろしく」



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