3-3



「とまあ、ロリが誰の何なのかとかそんなことはどうでもいいんだ。届いてた荷物の確認をしようと思う」


「(……こいつかならずころす)」


「その流れで、ロリとの今後も決めていこう。ぶっちゃけ言うと奴隷制度って俺よくわかんないの」


「……そうですか。分かりました」



 ……引き続き、例のやたらと豪華な宿にて、

 俺がちょっと真面目な顔をすると、それで以って彼女も丁寧にこちらに向き直った。


 ちなみに時刻的にはおおよそ夕食時である。

 貰った切符が明日の午前の便であることを踏まえても、夜はまだそれなりに長い。



「……さて、と」



 さしあたって、

 その長い夜を控えての食事は、帰りすがらに見繕った魚のマリネのサンドイッチと赤ワインを選んだ。

 ワインはロンググラスに適当に注いでおいて、俺はサンドイッチを片手に作業を続ける。


 まずは、「荷物」の検分だ。



「(アルネさんからのスクロールと、……こっちはあれか、さっそく王様からのプレゼントか)」



 まず、前者については過日アルネ氏との打ち合わせで頼んだ、「俺のやりたいこと」を封じたものである。



「ご主人様、そのスクロールは一体?」


「うん? ああ、知り合いのツテで頼んだヤツでな……」



 と、そこまで答えてから、ふと悩む。


 まず、この世界において俺のような異邦者という存在は秘匿されている。それと同じ論法で以って、俺の持つ「破格のスキル」についても大っぴらに口に出すのは望ましくない。


 しかしながら、このスクロールについての子細な説明をするとすれば、そのついでに先ほど挙げた二つを「説明じこしょうかいする機会」としても、今がちょうどいいだろう。


 はてさて、、俺はどこまで、俺の素性を開示すべきだろうか……?



「……。ええと、こいつが『魔力放射で精密な推進力を生みだす魔法』、これが『身体性能の選択強化』で、こっちがたぶん、『大量の小型魔力鉱石(こいし)を生み出す魔法』と『物理的現象の指向性を操作する魔法』かな」


「はあ、……なんとなく偏った名目メニューですね?」



 悩んだのは一瞬のこと。ひとまず俺は、スクロールの魔法の方に話をずらしておくことにする。

 また、彼女はそれに、正しく理解分析できたらしい様子で答えた。



 ……ちなみに先ほどの四つは、『自爆に頼らず高速機動を行うため』と、『素の腕力じゃ技能・身体能力的に太刀打ちできない相手と戦うため』と、それから『自爆とは違う攻撃手段の模索のため』に二つ、それぞれ用意してもらったものである。

 具体的にどうやって使うのかは、一つこの先をお楽しみにということで……、


 ひとまず俺は、それぞれを複数本ずつベルトのスクロールホルスターにセットした。



「小包みは、もう一つあるみたいですね?」


「ああ、こっちはお偉いさんからのプレゼントだな」



 ……王様、とまで言う必要はあるまい。


 しかし、普通の配送とは如何なものか。なんだか妙に「格式の低い渡し方」な気がするのだが、……まあ、それもひとまずは置いておこう。


 俺は包みに付された『公国の英雄に、ここに「富」を贈る。――アダム・メル・ストーリア』と書かれたカードを、彼女に見られないうちに握りつぶしてポケットにしまい込んだ。


 さてと、……その中身は?



「――――おぅ?」


「ローブ、でしょうか」



 その通り、ローブである。

 ファーフードのついた薄茶色いローブ。


 ……いやお前、夏前だぞ? 馬鹿なのか?



「これは、見事な意匠です。私の見立てで恐縮ですが、財産三つ分を築けるようなモノに見えます」


「……私?」


「…………ロリ」


「言い直して?」


「ロリの! 見立てで! 恐縮ですが!」


「へー、高いんだ? っていうかなんでそんなん分かるんだ?」


「(こいつほんとこの野郎っ!)」



 激憤はしまい込み、こほん、とロリが咳払い。



「これも教育の一環です。一応わたs、……ロリは、ある程度の鑑定スキルを持ち合わせております」


「……なんか凄そうなのは分かるなあ。そんなんキミ、下手なご主人様よりも有能なんじゃないの?」


「どうでしょうね。ぜひ寝首など掻かれないようにお気を付けくださればと思います」


「…………。」



 いやそれ、殆ど殺人予告だろ。

 いいの? ご主人様に逆らったりしていいの?(戦慄)



 閑話休題。



「しかし財産三つ分と来たか。……言っちゃなんだけど、ただの衣服にそこまで付くかね?」


「当然、材料や仕立てのみでの数字ではありません。どうやらこちら、それなりの品位と、それに加護もついているようですね」


「品位、……ってのはまあ、なんとなく分かるか」



 なにせ王様からのプレゼントだ、その手のブランドでもあるのだろう。しかし、



「加護ってのは?」


「……ええと、どうやらこれは、『物理、魔術拘束無効』の性質を、非常に高い水準で持っているようですね」


「…………おぉ、すげえ」



 ぶっちゃけ今すぐ売りに行くつもりだったんだけどやめた。これは持っておいた方がいい。


 何せ俺の持つ『散歩スキル』、つまり「身を損なわれることのない身体」は、それ自体は破格であるが出力は凡人のそれだ。

 簀巻きにされて海に放り込まれたりとか、そういった物理的な封印はまさしく俺の天敵である。


 ……或いは、そういう意味で用意してくれたからこそ、こんな「簡易速度重視な」方法で渡してきたのかもしれない。

 だとしたら王様気が利くヤツじゃんってなるんだけど。



「……うん? いや待て、『物理拘束の無効』ってのはどういう現象だ?」


「はい?」



 考えてもみれば、それは当然の疑問だった。


 これが魔術拘束無効の方であれば、何となくのイメージは湧く。いわゆる一つの「ゲンコロ」である。イマジンよろしく拘束をブレイクする感じ。


 しかしながら、物理的に縄でぐるぐる巻きにされたらそれはもうイマジンではない。リアルである。「っぱぁん」ってSEで消滅ころせるとは思えない。

 

 と、そこで彼女、



「実際に見たわけではないので、恐らくになりますが、……そもそも『加護』というのは『幸運』の表記違いみたいなものですので、現象としては『幸運にも上手くいかない』みたいな感覚だと思われます」


「幸運? なんだそりゃ」



「……幸運にも転ばない、幸運にも致命を免れた。そう言ったことです。幸運にも上手く縄で結べない、のような現象として、この加護は発揮されるかと」


「はあ?」



 ……いやよくわからん。

 お縄強く結んでやろうと思ったらギュっとやりすぎて結び目ちぎれちゃうみたいなこと?



「ううむ……」


「……、」



「……ロリよ」


「なんですか?」



「…………俺を抱きしめてくれ」


「はっ!?」



 刹那の内にロリコンを見る目に変わった彼女だが、俺は敢えて優しく、その眼を諭してやることにする。



「いや、だってここに縄とかないし? 拘束って言うんなら、そっちが俺を捕まえるってのも拘束だろ? あ、でもCQCは無しだぞ。俺は餓鬼に組み敷かれる趣味とかないからな。前から抱き着くんだ」


「(CQC?)……えっとでも、ご主人様わたs、ロリには興味ないって」


「そりゃないよ、ないさ、だから安心だろ?」


「チクショウ煩悩皆無の目で言い放ちやがった……っ! い、いやだっ! 私は性奴隷じゃない! そんな契約はしていない! これは前戯だ! 管轄外だッ!」


「前戯とか(笑)」


「笑ってんじゃねえぞ!」



 ――閑話休題。

 見苦しい言い訳は一通りカットで、



「……(どうして、私は、こんな真似を……っ!?)」


「さあおいで!」



 ローブに袖を通して、俺は彼女に両手を広げる。


 他方彼女は、……多分な躊躇を含みつつも、遂にはひしりと俺の胴体に両手を回した。



「……おいおいロリよ、これは拘束ではないよ。ハグだ。俺たちは久しくして再会した友人じゃあないだろう?」


「うぅぅ、気持ち悪い……」


「(気持ち悪いとは……?)さあ! もっと強く!」


「ぎゅうう……!」


「……さてと、例の加護はどうかな?」


「ご、ご主人様!? 私のお腹に何か硬いモノが!」


「それはバックルじゃん。ベルトの」


「(あ、ホントだ! チクショウこいつ、マジでナニがピクリともしやがらねえ!)」


「それで加護はー、……よく分かんないな、効いてんのこれ?」


「さ、さあ……?」


「もっと強くしてみて!」


「うぅう! ぎゅうぅぅうう……っ!」



 ……これは、後になって気付いたことだが、


 そもそも、例えば「今すぐ解けたくてたまらない縄」などないわけで、どうやらこの行為は拘束には当たらないらしい。


 都合二十分のハグは、結局、「俺がマジでロリコンじゃないこと」を証明するくらいにしか役にも立たずに、そのままお開きとなった。



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