Epilogue..



 爆竜との決闘は、


 勝者は語るに及ばず、敗者もやはり、推して知るべきという他にない。

 彼の英雄の登壇は、まさしくであったゆえに。



 そしてまた、これも当然だとでもいうように、

 ――朝が、遂に始まった。












 ……俺こと鹿住ハルは、傍らにエイリィン・トーラスライトとリベット・アルソンを侍らせつつ、『その回廊』を歩いていた。



「……、……」



 白い回廊。

 足元の絨毯が足音を吸い取って、辺り一帯には音と呼ぶべきものがない。


 ただし、人はいる。

 メイド、……というよりは立派な家政婦さん的な服装をした女性たちが列をなして、その長い回廊の両側に並んでいる。


 俺が歩くと、一歩ごとに彼女らが頭を深々と下げる。それが、長い回廊を行く最中に延々と続いて、


 そして遂に、俺は「その扉」にたどり着く。




「……。」


「――では」




 俺の代わりに、エイルがそう短く言った。


 それで以って、調度品のようにそこにいた二人の甲冑姿が、静かに扉を開けて、







 ――ファンファーレが、鳴り響いた。


「――――。」







 ――俺たちが、

 爆竜を討伐して然る後、まずは、公国拠点の指揮役であるタミア・オルコット氏が俺たちを歓迎した。


 俺はその場でエイルとリベットの状況を伝え、……そして彼女らが公国によって過不足なく回収されたのち、俺たちが通されたのがここ、公国首都の王城宮殿であった。



「……」



 ……なんというか、ここまでの展開があまりにも早すぎて夢でも見ているような感覚である。


 大音量で鳴り響くファンファーレが、その感情を更に強くする。

 扉の先には、

 まっすぐ伸びる絨毯の中央に、レクスと、あの小生意気な女騎士ちびがまずいて、絨毯の両脇には列をなした甲冑が確認できる。そして、それらの最奥、


 ――玉座に鎮座するのが、恐らくはこの公国の長なのだろう。





















 王が言う。


 豪勢なファンファーレの最中にあっても、その声は損なわれない。

 エイルの先導で以って俺とリベットは、レクスらの隣に来てそこに跪く。俺は、


 ……彼の老いたその表情、その言葉のイントネーションに、


 楽団の奏でる音が、


 静かに、何かを待望させるような旋律に変わった。





「――。」


「此度は、素晴らしい働きを見せてくれた。その方ら、面を上げて佳い」





 言われ、そのようにする。


 すると、……高い位置で座る王の姿が、俺の視線の中央に居座る。



 宮殿内部は白の大理石が印象的で、それが壁と床の一通りを覆っている。

 風や朝日が大理石の表面に反射されて、煌びやかに映えている。


 ――王のいる位置が、


 降る光の、全ての終着であるように輝いて見えた。




「まず。冒険者レクス・ロー・コスモグラフよ」


「……はい」




「願いを言い給え。その方のそれを、一つ叶えると約束しよう」


「……、……」




 俺が、彼の方をちらっと見てみると、




「(えー? 急に言われてもなあ!)」


「……、……(失笑)」



 ……という顔をしているレクスがいた。



「……。王よ」


「うむ」



 レクスの言葉に、王が鷹揚に頷いた。



「俺には、――俺には願いなどありません」


「(とりあえず金って言っとけよ金って……)」



 俺がちょっと面白くなって見てるのに気付いた様子もなく、彼はそう言って首を垂れた。


 王は、



「うむ。うむ」



 そう言って、



「では、私から褒美を送ろう。快いものであるかは分からぬがな」



 などと、少し笑った。



「――――。」






。公国には今、ウォルガン・アキンソン部隊の喪失で絶望が席巻している。君には次の、英雄となってほしい。どうかな?」






「……。」



 レクスが、視線を挙げる。

 俺は、彼のその表情に既視感を覚えた。


 それは、そう。あの馬車で彼の言葉を聞きそびれたときの表情だ。

 



「俺は……、」


「……、……」










「――俺は、英雄になります」


「うむ。感謝する」











「……、……」


 それが、彼らのやり取りであった。


 ――それ以降には特に滞りもなく、この謁見は終了する。

 俺はとりあえずで金を願い、リベットは二級冒険者への昇格を願って、それだけでお終いだ。


 ……これはあくまで、なのだが、



「……、」



 王が席を立ったのを見て、その時の俺たちの感情は一致していただろう。


 ――つまりは、やっと寝れる、と。



「…。」



 なにせ一晩働きづめである。俺の隣にいるエイルなんて、こいつ露骨に跪きながらうつらうつらしてたし。


「(……って言うかこいつ、首飛ばされるんじゃねえの? 物理的に)」




 ――さて、



 ということでこれが、爆竜討伐の顛末であった。

 勝鬨よりもまず先に溜息が出る。そんな結末であって、



 ……俺たちは達成感の共有もそこそこに、それそれが賜った宿屋に籠り、戦いの疲れを癒すのであった。































 ――蝋燭が、静かに揺れている。



「――――。」



 そこは、英雄たちの凱旋に揺れる王城の地下。

 ネズミでさえも居るのを厭うような闇泥の溜まり、公国首都宮殿の地下牢獄である。


 そこに彼、レブ・ブルガリオは、

 ……ずた袋を投げるように放り込まれた。



「……、……」


「……。義務で聞く。お前に説明はいるか?」



 彼を投げた衛兵が、そのように、牢の施錠をしながら問う。


 彼、レブは、



「……?」



 まずそもそもの疑問として、それを投げかけた。



「……、……」



 その衛兵の沈黙は、レブの質問が答えるに値するか否かの逡巡であった。


 しかしながら、結局衛兵はレブの問いに答える。ここでの黙殺は、の功績を押し黙るにも等しいと、彼は結論を出したゆえに。



「……冒険者リベットが、貴様を保護したのだ。貴重品のポーションまで使ってな。あの方曰く、貴様にはまだ聞くべきことがある、と。リベット氏の恩情に感謝し、貴様は罪を悔い改めろ」


「……、……」



 リベット、


 。と彼は思う。



「貴様にはこれから尋問が行われる。そこでの受け答え如何によっては、多少のが公国から与えられるだろう。死にたくなければ、おとなしくしていろ」



 レブは沈黙を返す。


 衛兵はそれに、……失笑を返した。





 ――鉄格子の向こうから、


 



「ッ!!??」


「拷問だなどと勘違いをするなよ? 貴様の脳に直接聞くだけだ。。公国に貴様のための拘束具などはない。貴様が暴れるなら、四肢を断ち切って、傷跡を焼いて止血するだけだ」


「!!? ッ!!!!!!!!」



 激痛に無声の悲鳴が響く。

 それを衛兵は気にも留めずに、血を吐き出す生傷を槍の切っ先で弄ぶ。



「貴様の目的と、共犯者の有無。それから『英雄の国』のあの惨状についても確認する必要があるな? ……逃げようなどと間違いを起こすなよ? ここは既に、貴様の墓場だ」



 激痛にレブの思考が明滅、暗転を起こす。

 それでも、……ここで意識を手放すわけにはいかない、とレブは口内を噛み千切って気絶を耐える。


 それを予期していた衛兵は、ただ、必死に噛み締めた歯を押し割って、彼の喉を切っ先で蹂躙した。



「貴様の覚醒を待った理由は分かるな?」


「!! ――っォ!!!!」



。それをよく思い出しながら気絶しろ」



 レブは、

 ――明滅する脳裏に、それでも決死で思考を紡ぐ。


 。ゆえにここは

 ならば、嘘に「真」を一つ混ぜ込む必要がある。衛兵は彼に三つ聞いた。彼にとって「手放していい情報」は、衛兵が求めるうちでは「ただ一つ」だけである。


 ゆえに、それにあたり彼には……、


 

 舌をズタズタにされながらも彼は、槍の切っ先を無理やり吐き出した。



「……、」




「…………、」




 衛兵が、それを聞いているのかもレブには分からない。


 当然のように、前歯のあったはずの場所から、再び槍が押し込まれて、




「ぁばッ!! ぎィ!? ぃぶぇッ!!??」





 そして、









 ……そして、



「    」









 ……意識を失った、という感覚は、彼にはなかった。


 しかし空気感が致命的なまでに、彼にそれを告げる。



 ――空気が、静かになっていて、

 辿、と。



「(ああ、ちくしょう)」



 口内に溜まった血を吐き出す。


 そうすると、鼻孔の血の匂いが抜けて、周囲の匂いに入れ替わる。


 。しかしそうではない。空気の匂いはほんの少しだけ、しかし明確に「経過」をしていた。


 何を「抜かれた」? と彼は思う。

 それに答える相手はいない。


 鉄格子の向こうの蝋燭が揺れて、


 ……今また、誰かの下る影が見えた。



「……、……」











? 


 ――その、声に、












 強く沈黙の覚悟を決めていた彼はしかし、

 ……あっけなく口を開いた。


「――は? どうして、あなたが?」


「そりゃあ君。助けに来たに決まってる。家族だろ?」



「うそ、でしょう? そんなはずがない……」


「なんだ。何が嘘なもんかよ。私はいるぞ、ここに」



「いやだ。やめて、……ください。どうかお願いしますっ。お帰りになってください……っ!」


「そんなわけに行くかよ。君がどれだけ敗北にナイーブになってようがね、私はふん縛ってでも連れて帰るさ。諦めなさい」



「そんな……、そんな! ! こんな、あなたの期待にも応えられず無様に負けた私など、あなたのお手を煩わせる資格はない!」



「言ったけど、家族だろ? ……泣いてくれるなよ、うれしいのか恥ずかしいのか、それはどっちだ?」


「私には、……あなたに助けていただく価値なんてない。あなたに頂いたスキルも活かせず、あなた自らが用意してくださった拠点は、に消滅させられた。私の、どうか、……無様な死に際で以って、あなたさまの怒りを晴らしてください、お願いいたします……」



「……なんだ。勘違いしているな?」


「……え?」



「後者に関しては、そのポーラ何某のせいじゃない。私が回収したんだよ。なにせここには、レクス・ロー・コスモグラフがいたからね」


「――――。」



「それに前者もだ。あれはそもそも、君が『赤林檎』一件の失敗で罰を求めたから仕方なくあげたヤツだろ? こう言っちゃなんだが、君の性癖の真逆のをあげたつもりだったんだ。むしろよくぞ、あんな風に上手く運用したもんだよ」


「……、」



「まあ、無理して女の子を虐めてる姿はちょっとだけ面白かったよ。結果的には、あの娘には、それに君にも、酷だったかもしれないけどさ」



「でも、――でも! 私は公国の連中に情報を引き抜かれました! あなたに直接の害を与えたと言っても過言ではないっ。あなたにも、他の仲間にも俺は示しがつきません!」


「だったらほら、ごめんって謝ればいいだろ? もともと人間社会ってのはそうやってシンプルに回ってんだよ。それにそもそも、お前に下がる株なんてないじゃん?」


「――――。」



「……いや冗談だよ。そんな絶望的な顔をするな。――まあ、安心しろよ、君は気絶する直前まで忠心を貫いたらしい。私につながるような情報の漏洩はないよ。君は単独犯で、この一件はイカれた馬鹿がやった無茶だってことになってる。だからほら、帰るぜ? これ以上言い返すようなら、本当にふん縛って帰るぞ?」



「私は、……私、は」



「ほら、抱えるから暴れるなよ? ……なんだその恍惚の表情は、さっきのしおらしい顔はどうしたんだ? まあいいや、よく頑張ったもんな、そんなに傷だらけになって。……助けるのが遅くなって、ごめんね。傷痕なんて絶対に残らないように綺麗に直してあげるから安心してくれ。そしたらお風呂に入って、一緒に美味しいモノでも食べよう。私に抱えられるのがご褒美だってんなら、それもありがたく受け取っておきなさい。ああ、それと、顔を擦りそうになったら言えよ? この身長差だからちょっと怖くてな。……っとと、ほら、擦ってないかな? よし、それじゃあ帰ろうか。そうだな、道中の暇つぶしがてら一つ聞かせてくれよ。さっき衛兵を捕まえて確認したんだけど、『英雄の国』を潰したそのってのは興味深い、どんなんだったんだ? ……ん? ……なんだ、寝てんのか? 仕方のない子だな」



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