2-5



 ――馬車がもう一度、大きく揺れた。


 先ほどのそれよりも更に致命的な大きさだ。



「――っておいこれ、張り付かれてるんじゃねえのか!?」



 俺は思わずレクスに噛みつく。


 ……なにせこいつの言ったことを思い出してほしい。こいつさっき「敵の気配察知しましたケド」みたいなドヤ顔で「――慣れてるからな」とか言ってたと思うんだけども……っ!



「待ってもらえますか! そもそも気付かなかったあなたに言われたくないってレクスは思っています!」


「お前のその行為いいわけはレクス君の代理で恥を上塗りしてるんじゃあねえのか!?」


「やめろアンタ! それにベアもだハルさんの言うとおりだよ! そもそもそんな場合じゃねえだろ!」


 冷静を欠きつつあった俺たちは、レクスの一喝で落ち着きを取り戻す。


「なあハルさんよ、俺が言うのもなんだが、。用心棒だって言うんなら、今回もまた力を貸してくれるんだよな?」


「ああ、それはもちろん。俺だって足を失くすわけにはいかないしな」



「オーケーだ。ようライス!」


「なんだ!」



 運転手が大声で返事をする。ライスというのが彼の名前だったらしい。


 ぱっと見では恰幅と景気の良さそうな行商人と言う印象だったが、外敵に接触されてなお馬を制御している辺り実は荒事もイケる口なのかもしれない。



「敵の姿は確認できるか!?」


「遠くにな! さっきの揺れは投石か何かだろうよ、向こうにこの馬車と並走してる人影が見える!」


「あーほら! やっぱり接近なんかされていませんね! レクス間違ってなかったですね! 謝ってくださいよ!」


「なな、なんだよバカ! そういう場合じゃねえってレクス言ってたじゃん! じゃあやっぱりコイツ間違ってなかったとかそう言うのの場合じゃねえんだよ! なあおいレクス! レクスこれからどうするんだレクスぅ!?」


「……(哀れな奴を見る目)。…………ああ、とりあえずは迎撃だ。ライス、距離は!」


「分かんねえよ俺は商人だぞ! まあ多分、俺の船一個分くらいだ!」


「すぐそこじゃねえか!」


「俺の船はそんなにちゃちくねえよォ!」



 ――とりあえずは、五十メートルくらいか。とレクスは改めて呟く。

 基本的に命の危険などは無い俺は、そんな切迫したやり取りの最中にこの世界の造船技術について少し思う。


 帆船、なのだろうか。ファンタジー準拠ならそうなのだろうが、海にも魔物がいるとすれば中世ルックの船では強度が足りないようにも思える。


 ……或いはこう、マジカル強化で船体を補強とか?



「おいハルさんよ! 露骨に気を抜いているんじゃねえ!」



 おっと、そんなボケ顔披露してたつもりはないのだが……。



「えー? だってアレだろ? 未だ接近してこないんだろ? 様子見なのか何かを待ってるのかは分かんねえけどな、五十メートルも離れられたらこっちも手出しできないよ」



 ……というか、五十メートル先に接近しているそいつらも、速度で拮抗するくらいなら馬車の群れなのか? と、俺が外を窺ってみると。



「……、……」



 まさかの人であった。

 先ほど俺がスクロールで蹴散らした連中と、遠目のシルエットは同一の白ローブである。そいつらが更におびただしい数となって、馬車と並走してる。



「あれは、なんだ? 速度強化の魔法的な?」



 なにせ俺だって、さっきこの馬車に乗りあう際には結構な苦労があった。


 後方から蹄鉄の音が聞こえて、そちらに、俺の走る軌道を寄せて、それでいっせーのっせで飛び乗る。アレは割に、肝の冷える挑戦であった。


 ……のだが、



「いや、どうやらアレは生来の足の早さらしい。見た目は人だし、フードの中身も人だったけど、ありゃ魔人の劣等種か何かだな」


「ふうん?」



 ――魔人。


 俺の感覚で言えばこう、角や尻尾が生えてるような亜人のイメージがある。

 ただでさえ月の無い闇夜に、ああも象牙色のフードですっぽりと包まれてしまうと身体の輪郭さえ判然としないが、レクスが言うならそうなのだろう。


 ……まあそもそも、この世界の魔人が俺のイメージ通りとも限らないが。



「その劣種ってのは、厄介か?」


「まあ、そうだろう。魔人に名を連ねた手合いだとしたら、幾ら劣等種でも難敵だよ。?」


「……、……」



 ――ふむ、



「なあ、レクスよ」


「あん? なんだ?」



?」


「――――。」



 そこに、ベアトリクスが遅れて反応を返す。



「そうか。……襲撃するつもりなら、こちらに気付かせるような真似をするべきじゃない、ですね?」


「ああ、だからって連中の意図までが分かるわけじゃないがな。こっちに接近を気付かせて、正々堂々よーいどんで打ち合いたいってわけでもないだろ?」



 聞いて、レクスは、




「まあ、……そうだな。よーいどんはないわな」


「……、……」




 なおも悩みあぐねたような態度を取る。

 俺は彼のそのポーズの意図が掴めず、様子を窺うが、



「なあ、ハルさんよ?」


「うん?」



?」


「……、……」



 またも意図を掴めずに、俺は沈黙を返す。


 というか、どうして囮と言う発想になる? 向こうはあの手数だ、分かれて対応してくるに決まっているだろうに。



「……。」



 ……ベアトリクスの方もやはり、「レクス!? 何を言っているのですっ?」と声を上げるが、


 はてさて、――或いは。



「アンタのさっき言った疑問で、俺も気付いたことがある。?」



「……ああ、一応そうだけどな。なんだお前、とか言い出すのか?」



「――?」



 そう、レクスは言う。



「俺もさっき、似たような状況だったのかもしれないと思ったんだ。ただ一度の、痛痒にもならない牽制だけ撃ってきてから、あとは連中は追ってくるだけだった。追撃もないんで不気味だったけど、こっちが矢を射ったら声を上げて威嚇してきた。威嚇はしてくるのに、その前に打ってきたような牽制はしてこない。命を捨てるにしても、もう少しコスパのいいやり方はあると思わないか?」


「――コスパ、ねえ」



 つまりは、こういうことだろう。


 ……命とは個人のものだ。ゆえに人には個人個人での人格が用意されている。

 大味に言えば、自我とは自己保存のためにあるという言い方さえできよう。人の性能が仮に一定だとしても、それでも「環境」は個人ごとに違うために、画一的な「本能」だけでは自己保存行為に限界がある。


 その上で言うなら、プログラムと言う言葉はまさしく本能だ。画一的な対症措置。状況Aに対しては行為1を行い、状況Bに対しては行為2を行う。これが二次元化、三次元化していけば、恐らくは簡単なプログラムが「AI」と呼ばれるものに変わり、或いは人格処理と同等の複雑さを得る。


 ここまでを踏まえて考えれば、――連中はまさに自己保存に不良を起こしている。


 ならば連中にあるのは、人格でもAIでもなく、もっと原初に近い「プログラム」に違いない。



「仮にだが、こういう話はどうだ」



 レクスは言う。



「アイツらには専守防衛のシステムが組み込まれている。はっきりとした敵対性を持つ相手としか戦えない、みたいなやつだ。。操り手は白ローブどもを使って戦いたいから、例えば操り手自身で先制攻撃を仕掛けるんだ。それで、俺たちが反撃すれば、白ローブどもが反撃の大義名分を得る。――どうだ?」



 それを聞いて、俺は、





 そう答えた。



「……。」


「まあ、アイツらに自我がないってのはアリだろうな。ただし、その後の推測には根拠が欲しい。お前の



 この言葉について、


 まず思い出すべきは、エイルとの「通話」である。

 あそこで彼女らは何者かによる襲撃を受けたらしいことを言い、そこで明確な攻撃の予兆を感じ取って「通話」が途切れた。そして、その直後に見たのが例の白ローブだ。エイルらが邂逅した襲撃者は、まず間違いなく連中の一派であることに疑いようもない。


 そこから考えれば、レクスの言い分には真っ当な筋が通る。

 なにせあの白ローブは。相手方には害意があるという前提で以って考えるならば、「しかし白ローブは自我ではなくプログラムで動いていそうだ」。「専守防衛的な行為が散見された」。「ならばつまり、黒幕によるそのシステムの『悪用』があるのではないか」、と行きつくのもあり得る。


 さて、しかしだ。

 

 



 ――そもそも、



? ?」



 後回しになっていたことを、俺は聞く。



 大体、俺からすればあの白ローブどもなど夜襲の盗賊か何かとしか思えていなかったのだ。

 ……それがいけない。あまりにも思慮が足りていなかった。

 エイルへの襲撃と、この馬車への襲撃者とを繋げて考える発想がまるでなく、俺は今ここに至るまで、あのスクロール爆破で以って全ての火の粉は払えたと考えていた。


 しかしながら、


 ――どうやら、脅威と呼ぶべきものは未だそこにあって、そしてそれは、もっと具体的な災禍であるように思える。



「連中は……、」



 レクスは一度、言葉を切って、



「『熾天の杜』という、爆竜パシヴェトを中心に据えた狂信者集団だ」


「――、何?」



 少し難しい、と俺は思う。


 竜種と言う存在を神聖視する一派がいる、とは特級冒険者についての話で聞いたことだったか。ならばつまり神のフォロワーもいるべきであり、それが言い換えて、信者と言う存在であることまでは分かる。


 しかし、なんだ?


 爆竜の信者たちが? それが、一体どんな文脈で以って真相へとつながるんだ?



「鹿住ハル。俺は、お前に虎の子の情報をここで渡そうと思う」


「……、」



 適切な返答さえ選べないほどの複雑な思考状態。俺はしかし、彼のその言葉が、自分の絡み切った思考を見事にほどくものであると、不思議と確信を覚えた。



「最初の質問に、今更だけどちゃんと答えよう。アンタは、?」


「……聞いたよ」



「俺はこの、――異邦者暴露の流れの黒幕の一人を、追っているんだ」



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