3-2
――俺は、昨日の散策でもギルドに訪れていた。
この街はそれなりに規模が大きく、ここにあるギルドも、それなりに立派な外観である。
石畳の色と同じ灰褐色の外装。その辺の家屋と比べても、敷地や高さは頭二つ分飛びぬけている。
しかし、窓の中に見える様子については、――昨日とはやや趣が違った。
「……、……」
この施設の一階部分には、依頼受注等を括任された受付と、酒場が併設されているはずだ。
それから二階にあるのが、職員向けの部屋であっただろうか。受付と酒場と依頼が張り出された看板があるロビーの風景には冒険者がごった返していて、……昨日見た際であれば、ここは、昼間の酒盛り連中にあてられたような類の騒がしさであったのだが、
「キナ臭いな」
「……。」
俺の独り言に、エイルは思考に埋もれるようなポーズを取って、
「行きましょう」
そう、俺を急かした。
窓口にて
「ああ、昨日のハルさんと、……そちらは軍人さんですか?」
「公国騎士エイリィン・トーラスライトです。何かあったのであれば、聞かせていただけますか?」
「き、騎士さま……っ?」
受付担当である女性が、そう瞠目した。
「ええと、この騒ぎはですね。今朝しがた冒険者が持ち込んできた、とある情報によるものです」
「情報?」
その言葉に、俺も身を乗り出す。
或いは、さっそくアタリを引いたという可能性もあるかもしれない。
「情報は二つです。一つははじまりの平原の拠点が壊滅していたというもの。もう一つは、大規模な魔物の群れを見たというものです」
「群れ? 単体ではなく?」
そう、エイルが聞くと、
「? いえ、群れという話でしたが」
「なら、その中に特別な個体がいたなどと言う情報は?」
「特別な個体。――ええ、そうです! 魔物の群れは、ネームドモンスター『赤林檎』に率いられているという話でした! なにかご存じなのですかっ?」
「ああ、いえ。そうでしたか……」
エイルの様子に、受付女性も状況を察したらしい。
「……まずは『赤林檎』の方を、具体的に聞かせていただけますか?」
「はいっ。ネームドモンスター『赤林檎』は、ご存知かもしれませんが蜘蛛型の魔物、ロックスパイダーの変異種です。特徴は、岩の腹部に高圧の熱魔力をため込んでいることと、通常個体のおよそ一二〇倍の体長を持つことです」
「……ハル、おおよそは掴めましたか?」
「あ、ああ……?」
何故俺に聞くのか。そこは不明瞭だったが、ひとまずは肯定を返しておく。
「その一群は、現在はじまりの平原の領域際、東に六〇キロの地点を移動中です。この街との接触は、恐らく今夜二十二時になるかと」
「……今夜、ですか。それで、魔物の群れの内訳は?」
「冒険者ランク対応の基準で申し上げます。3等級が80、2等級が15体確認されています」
「平原という地利で、2等級が15体ですか。では、この街に現在滞在している冒険者で一等級か準一等の者は?」
「……いません。現在この街にいる最高位冒険者は二級クラン、『オリバー・ウェスティニテ』です」
「では彼に直接の依頼を公国から出します。内容は『赤林檎』周辺の魔物の排除。それから三級以上の冒険者に向けた大規模クエストとしても同様のモノを依頼します。報酬は、三等級一体に付き三千ウィル、二等級であれば三十五万ウィルです。冒険者オリバーには加えて、二等級排除数により追加報酬を」
「了解しました。しかし、その依頼は公国名義として確定してしまっていいのですか?」
「構いません。加えて、周囲の街にも同様の大規模クエストを依頼します。それと、周囲の街の出入りから準二級以上の冒険者を検索し、こちらの機関の私宛に使いをよこしてください。もし準一級以上の冒険者がいた場合には、その場でオリバー氏への依頼の倍額を提示し協力を要請してください」
「わ、分かりましたっ」
「最後に、こちらのギルド長はミル・ブランケット氏でしたか。頭越しの依頼になってしまったことには後日謝罪に伺うと、そのようにお願いします」
「はいっ!」
「では、――ハル」
「……、うお?」
予想外の展開速度に半ば思考に埋没していた俺は、彼女の呼びかけに遅れて答える。
「この場であなたに、依頼を発注します。――条件は装備消耗品の全負担。及び提供。報酬は、二五〇〇万ウィルを提示します」
「……、……」
「にせんごひゃく!?」
沈黙を返す俺をよそに、受付女性がひどく驚いた声を上げた。
「依頼内容は、ネームドモンスター『赤林檎』の、十九時までの討伐です。どうか、この街を助けてください……!」
/break..
依頼は、その場で受付女性によって正式にギルドに認可された。俺もまた、あの場で依頼を受注する。
そして、そのまま俺はエイルに連れられてギルドを後に、街道を早足で歩いていた。
「――やはり、大規模侵攻の噂は事実であるようです。今確認が取れました」
「……、」
しばし瞑目していた彼女は、突然俺にそう言った。
――曰くそれは、遠話という魔法らしい。思念の周波数を合わせて、思考で以って会話を行う。
それにあたって彼女は、何やら護符のようなものを耳にあて使用していた。
「他にも、今回の依頼条件に提示した、装備の提供について確認しました。これから騎士堂支部、……昨日の場所へ向かいます。そこであなたには装備の確認と、この依頼についての説明を改めてさせていただきます」
「なら、まず聞きたい。わざわざ名指しでその『赤林檎』とかいうのを俺に当ててくれたみたいだけど、そもそも俺に勝ち目があるのか?」
「……一応聞きますが、あなたには有効な攻撃手段がありますか?」
「無いよ。襲撃じゃ『キカイ』に殴りかかって、傷一つ付けられなかった。まあそれは向こうも同じだけどな。俺にあるのは、傷がつかないっていうこの身体だけだ」
「……、……」
彼女は、速足のまま短く息を吐く。
それだけの所作で、説明すべき事柄を整理したようだ。
「ネームドモンスター『赤林檎』は、この街の東部で活動する。ロックスパイダーという魔物の唯一種です。先に言った通り、巨大で、強い熱魔力を内包している」
「……、ああ」
「唯一種のため仮説の域を出ませんが、『赤林檎』の身体は、恐らく巨大な爆弾と同じです」
「……。」
「ここにたどり着かれた時点でアウト。街が蹂躙されるのをただ見ているか、或いはこちらが手ずからに、アレを倒し熱魔力を暴発させて、街を吹き飛ばすかの二択しかない」
「……、だから、爆風域に街が入る前に、爆発させる?」
「そうです。幸いこちらにはその手段があり、幸いあなたには、それを成せる身体がある」
続けて、彼女は、
「これは、恐らくは人為的なものです。元来ロックスパイダー種の主食は鉱石であって、加えて言えば外敵の存在しない『赤林檎』の気性は非常におとなしい。この街東部の生息地を移動したという情報は、殆どありません」
「じゃあなんで、……ああ、そうか。英雄が死んだから?」
「そう! タイミングで言えばこれ以上はない。時系列的に言っても、主犯者は、英雄の死を直に見ている可能性がある」
「だったら、――『キカイ』の動向も知っている可能性がある? なるほど」
「とにかく、その辺の『裏方作業』は私に任せてくださってかまいません。あなたは、『赤林檎』の討伐に全力を注いでください。――着きました!」
それは件の、騎士道支部なる「俺と彼女が出会った施設」である。その中に急ぐと、すぐに出迎えの者がエイルを捕まえた。
「トーラスライト様、お待ちしておりました」
「状況は?」
「確認されていましたものは全て用意しております。昨日と同じ部屋へ」
「分かりました。結構です」
歩きながら、短いやり取りを行う。
そうしてたどり着いた一室に彼女は、昨日と同様にノックもなく這入り込んだ。
「それが、――装備一式です。これから作戦を確認しますから、あなたはソレを着ながら、私の話を聞いてください」
ソレ、とは。
――衣装掛けに掛けられた衣服と、テーブルの上に整然と置かれた装備一式であった。
衣装は、白いシャツとブラウンのベストと、紺色の、サイズ感にゆとりのありそうなパンツである。またよく見れば衣装掛けの足元には、頑丈そうな造りのブーツもある。
そして、テーブルの上にはまず応急用品らしい様々や、ペイントボールのような見た目の黒い球、そしてそれらを入れるためのポーチがついたベルトと、あとはなぜか「巻物」があった。
「――それは、スクロールというものです」
俺の視線に気付いたのか、彼女が先んじて説明を入れる。
「そこに書かれた内容は、一言で言えば魔方陣です。それに魔力を通すことで、魔方陣に付された術式を発動させることが出来る。今回の場合は、それを使って『赤林檎』を人為的に起爆させることになります」
――具体的には、『赤林檎』の石の腹に風穴を開けて、そして熱魔力を吐き出させるんです。と彼女は続けた。
俺は、それを衣装の方に手をかけながら聞く。
……どうやら、ホックやボタンの造りに見知らぬものなどは無い。これなら問題なく着替えることが出来そうだ。
「…………、待って俺、君の前で着替えんの?」
「シャツとパンツは脱がないでくださいね」
「……はい」
閑話休題。
「ここを出るのは15分後。さしあたってその時刻に、下のロビーに集合しましょう。入り口外の街道では私たちが用意した馬車に乗っていただき移動します。予想される接敵時刻は今から3時間後の15時45分。そこまではいいですか?」
「……はーい」
いそいそとパンツを脱いで変えながら、そう答える。
「こちらに尻を向けないでください。それでは続けます。戦闘では私の部下2000と、集まった冒険者によって露払いを行います。あなたは私と共に馬に乗り換えて、戦場を一直線に突っ切ることになる」
ズボンを整えて、白いシャツに袖を通す。概ね、サイズ感に問題はない。
「そこにおける露払いは私が行います。私の護衛であなたは『赤林檎』の付近へ移動、そこでスクロール『自爆魔法』によって『赤林檎』の起爆をしてください」
「……――、なんて?」
腕裾のボタンを留める手が、思わず止まる。
「? 自爆魔法のことですか?」
「じばっ!? 自爆!? 俺にお前、自爆させようとしてんのかっ?」
「え? だって死なないんでしょ?」
「感情の問題なんじゃねえの!? お前さては他人事だと思っているんだろう!」
「いやでも、『ちょっと怖いな』で2500万ウィルですよ? 生きてりゃ丸儲けでしょ?」
「サイコなのかなあこの娘はッ!」
「えー? でも結構な額面で……」
「…………………、ちなみに、この世界の俺には貨幣価値なんてわからないんだけど、ざっくり言うとどのくらい?」
「えっとー、……サラリーマンの生涯年収がおよそ4000万ウィルと言われていますので、その程度の数字になるかと」
「うわ、いるんだ……。この世界にサラリーマン…………」
まあ、察するにこれは言語理解が、類似の概念を沿う翻訳しているだけなのだろう。そのあたりの都合は、先ほどの「サンドイッチ」や「マドレーヌ」などと同様の齟齬と思われる。
しかし、俺の世界のサラリーマンの生涯年収がおよそ二~三億であると考えて当てはめると、ここでもらえる金はおよそ、日本円にして一億三〇〇〇万から一億九〇〇〇万程度となるということか。
……これは確かに、「ちょっと怖いな」でもらえるにしてはあまりにも破格だ。
「なるほど、――仕方ないな。この街を守る英雄になるよ、俺は」
「……白々しい」
という空耳は聞こえないことにして、
他方彼女は、何やら、
「それでは、次にこのスクロールという概念についての説明を行います」
と、テーブルの上の一つを手に取って見せた。
「ところで、ハル。魔力の感知は可能ですか?」
「ああ、出来るはずだ」
バルクに教わった感覚は今を以って鮮烈であり、忘れがたい。
今でもこうして、目を凝らせば、
「……、……」
「……なるほど、問題はありませんね」
すぐにでも魔力の靄を感知することが出来、また過日のように手のひらに魔力を集めることも可能であった。
「スクロールの起動方法としては、その手のひらの魔力をこのスクロールに当てるだけでいい。それに際しては、そこまで高密度の魔力も必要ありません。……以上を踏まえて、一度試してみていただけますか?」
「おう」
「わあ!?」
俺が彼女の持つスクロールに手のひらを持って行くと、なにやら彼女は、悲鳴を上げて飛びのいた。
「……なんだよ」
「なな、なんだはこっちだぁばかたれッ! これは作戦に使う自爆魔法用のスクロールですよ! ヘたな真似すんなぁ!」
「……、……」
いや絶対、ソレだって思うじゃないですか。
――いや、待てよ? もしかしたら実はソレなのかもしれない。
「……(にじり)」
「な、なんですか……っ?」
「…………(にじりにじり)」
「な、ばッ、馬鹿なことを考えるんじゃありません! 人を呼びますよ!?」
「はっはっはやってみろォ! ただし、謝るんだったら許してやってもいいぞ。その場合は俺に敬語を使うのをやめるとも誓うことになるがな!」
「ほ、本当に呼ぶ! 人を呼ぶ! 呼ぶぞ私は!」
「やーってみろーい!(ルパンダイブ)」
「ひっ!? ――きゃああああ誰かあああああッ変態だああああああああああああ!」
「……う、うおおおお違う違う違うッお前に触ろうと思ったんじゃないやめろ馬鹿!」
――閑話休題。
そういうことで、集合は15分後である。
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