第59話眠くなってきたかも

「……で、それから私たちは今までの鬱憤を喧嘩というやり方で憂さをよく晴らしていた。クラスメイトの男子を殴った時、妙な爽快感があったんだよね。クセになっちゃったんだ。それからまぁ、喧嘩喧嘩の日々。元々喧嘩の才能あったのか、どんどん腕を上げていっていつのまにか『性悪双子』って通り名が独り歩きするほどの負けなしの二人になってたってわけ。まぁ、私は他にSNSっていう喧嘩より思う存分ストレス発散できるものに巡り合えたら、最近は記録係に徹してるけど」


一体どのくらい時間、こうやって話してるかな。十五分は経ってるかな。ずっとポケットに突っこんだまま灰色の空を向くという態勢を取ってるから疲れてきた。


語り終えたらリオン君に今何時か聞こうかな。


「いやぁ、ほんと我慢を一切しない生活ってのは最高だね。それに権力持ってる身内の力をフル活用ってのも実にいい爽快感を味わえる。ゴロツキとかヤンキーとかの喧嘩のもみ消しなんて、義父の力があればお手の物って感じだし」


権力に必要以上に執着する人間の気持ち、よくわかる。

あれもクセになるわ。今まで私らを馬鹿にしてきた人種にふんぞり返れるんだから。


まぁ、色々と火消しをしてくれる義父にはほんのちょっぴり悪いとは思ってるんだけどね。

最初の頃はけっこう、ぐちぐち言われていたな。

そりゃそうか。さすがに権力があるからといってしょっちゅう火消しに回るのは大変だろうし、何より、養子とはいえ娘二人が起こしたトラブルを記者たちに嗅ぎつけられたら私ら双子のことだけじゃなく、義父のこともあることないこと書き立てられることは目に見えてるからね。権力者とはいえ、さすがに何回も何回も火消しをするには限界があるみたい。


だから、今後はあまり派手に暴れ回るのは控えたほうがいいかもね。

喧嘩をするときはこっそりと、他人をボコるときはひっそりと。

表に出ないよう水面下で暴れ回るとするか。


でもまぁ、ここ数年は義父とはほとんどといっていいほど顔を合わせていないんだけどね。

義父の代わりに秘書と業務連絡のメールのやりとりをしているのが現状。忙しすぎるというのもあると思うけど、私の勘では最近新しい若い浮気相手ができたと見ている。こういう勘ってけっこう当たるんだよね、私。


何にしても、そういうのも相まって神経質になりぎみの義父の手をあまり煩わせないほうが今後のためだ。義父は私らの『歩くしゃべる財布おじさん』なのだから。

いつ、これまでの鬱憤が爆発して追い出されでもすれば大変だ。


結局、クソみたいな境遇あるにしろないにしろ、一度も親からも大人からもまともな叱られ方をされてこなかった子供っていうのは私らみたいなロクな人間にしかならない。記憶を振り返ってみたも、怒鳴られたことはあっても叱られたことは一度もない。


「さてと、あらかた話したかな。わからない言葉とかもあったと思うけど、だいたい言いたいことは伝わったはずだよ」


母親の話もした、義父の話もした、喧嘩のきっかけも話した。


……いや、あらかたどころじゃないな、9割ほど話した。


「聞いてて気分くなったならごめんね?間違いとは言え聖女と謳われている双子が清らかとは真逆の肥溜めみたいなところで生きていたんだから、幻滅しちゃったんじゃない?なら更にごめんね」


長々と話したから疲れちゃったな。


「………」


リオン君からの反応がない。そりゃ、無言にもなるか。

十歳児にはさすがにヘビーな話だったね。


でもまぁ、いい加減目を覚まさせるいいきっかけになったかも。

なぜか、リオン君は私らのことを初対面から好意的な目で見ていた。もし、好意的な目で見ていた理由が私らが実はいい人だって思われているんなら正直、迷惑な話だ。私も夏芽もそんな風に思われるのは好きじゃない。それは私らをまっすぐと見ていないということだ。まっすぐに見ずに勝手なイメージに当てはめて、押し付けてくる反吐がでる人種。


そういえば、中二の担任がそんなタイプの人間だったな。価値観や善意を押し付けてくるばかりの理想主義者であり、無意識的に私らを下に見ていた典型的な偽善者。その証拠に私らが一切担任教師の言葉に耳を傾けようとしない姿を見て徐々に相手にしようと思われなくなり、しまいには無視するようになっていった。

勝手に期待したくせに、自分のイメージとまったく違うとわかると勝手に幻滅して離れていく。

そんな不愉快極まりない思考になられるくらいなら、いっそ最初から悪い奴だって思われていたほうがいい。私も夏芽も中途半端に構われるのも、口先だけの綺麗ごとも、煩わしい人付き合いも大っ嫌いだから。


「……僕は」


おお、やっと反応してくれた。


「僕は自分の暮らしに疑問や不満をあまり感じたことがありませんでした」


ん?一体何の話?脈絡がないにも程があるって。

そう思ってはいるものの、とりあえず最後まで話を聞くことにした。


「僕は恵まれていると思ってます。生まれながらに癒しの能力を身に宿らせていただけで、僕と姉さんは何の努力も苦労もなく、教会の庇護下に置かれています。お腹を空かせる日もなく、不便もありますが集合住宅の中の一部屋を自由に使うこともできています。今はまだ見習いですが、与えられた仕事や癒しの能力向上の鍛錬をこなせば出自関係なく、成人になると見習いから卒業して正式に教会に仕える神官にもなれます。この国はまだ、身寄りのない孤児たちへの体制が整っていないんです。身寄りがないというだけで見下され、その日暮らしの生活をすることが余儀なくされています。僕ら姉弟も孤児です。でも、衣食住や将来を保証された環境にいます。ただ……癒しの能力を身に宿しているという幸運が生まれながらに舞い込んでいたというだけで。だから、不満なんて思っていません……いえ、不満を感じてはいけないって思っていました」


言っていることは、なんとなく理解できる。理解できるけど共感がまったくできない。

なんで、そんな意味のない罪悪感を抱いているんだろうね。

運が良かった程度に思っておけばいいのに。


ていうか、現在進行形で路頭に迷っている人間からすれば、リオン君のそのぼんやりとした罪悪感は遠回りに今の生活を自慢しているように見えると思うけど。


「はぁ~あ」


私はその場に座り込んだ立ってるの、飽きたし疲れたからだ。

話している最中、突然座り込んだ私に驚いたのか、リオン君はビクッと肩を震わした。


「あ、あの」


「気にしないで、疲れたから座っただけ。そのまま続けて」


なんだかこういう話するのも聞いてるのも飽きてきたな。眠くなってきたかも。

続けていいって言ったばかりだけど、そろそろ夏芽を起こして城に戻ろうかな。


「でも実は……心のどこかで思っていたことがあります。不満ではなく、漠然とした不安が。変化のない日常、良好と言えない周囲との関係、決まった未来に」


私はあくびをかみ殺した。

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