第22話影薄王子
「兄上!兄上からも何か言ってやってください!」
長髪王子は私を指差しながら振り向く。
ん?兄上?
不能王子は部屋に引きこもってるんじゃないの?
私は首をかしげながら、長髪王子の視線を追った。
「うお!?」
思わず声が出た。びびった。
私はその人物はドア付近にいると思っていた。しかし、その人物はドア付近に待機しているのではなく、長髪王子のすぐ傍の背後にいた。
思わぬ人物を視界に捉えたので、私の心臓がドキンと鳴った。
マジでびっくりした。目の前にいる人間って長髪王子だけだと思っていたから。
まさか、こんな近距離にもう一人いるとは思わなかった。
どんだけ影が薄いの。某スポーツ漫画の主人公並みの影の薄さだ。
兄上と呼ばれた男は一歩前に出る。
私は改めてまじまじと男を眺める。
目の前にいる男はあの不能王子ではなかった。銀髪と青い瞳は同じだがまったくの別人。
不能王子ほどのイケメンではなかったが、この男もなかなか整った顔立ちをしている。整ってはいるが、際立った顔立ちではない。一つ一つのパーツがそれぞれ主張していないため、全体的に控えめなあっさりとした顔立ち。
つまり、存在感のなさそうなイケメン。
そういえば、この男も召喚時に見かけたかもしれない。
長髪王子はこのあっさり顔の男のことを兄上って言っていたよね。
つまり、この男も王子ってことか。
さしずめ、現在部屋に引きこもっている不能王子が第一王子でこの影薄王子が第二王子、隣にいる私をずっと睨みつけている長髪王子が第三王子ってところかな。
影薄王子は私をじっと見つめていた。
いや、見つめているというよりも考え込んでいると言ったほうが正しいのかもしれない。
そんな姿勢を数秒間ずっと続けているため、妙な居心地の悪さを感じる。
「あのさ、言いたいことがあるんだったら言えば?」
「………………え、あ」
影薄王子は私から話しかけられるとは思わなかったようで、言葉にならない声を漏らし、視線をさまよわせる。影薄王子が私を観察しているように私も影薄王子を観察してみる。
う~ん、私を怖がって言葉が出ないってわけではなさそう。
人見知り?それともただ単に女が苦手。
はっきりとしない態度に私は首をかしげる。
「もう、いいです!俺がなんとかします!」
何も言おうとしない影薄王子に業を煮やした長髪王子は再び私に向き直り、距離を詰めてきた。
「俺が言いたいことは二つある。兄上に詫びろ」
「詫びる?」
「そうだ、人として当然の行為だ!」
詫びるって言っても蹴り上げたのは私じゃないし。
「そして、聖女としてのけじめを付けろ」
「けじめ?」
「間違いで召喚されたとはいえ、お前たちは曲がりなりにも聖女だ。聖女なら相応の振る舞いを覚えるべきだ」
「相応の振る舞い?」
「聖女なら浄化の一つや二つするのが当たり前だろ」
「………………当たり前」
勝手に呼び寄せておいて?浄化するのが当たり前?
勝手に呼び出したことに対しての私らの詫びはスルー?
なんか、鼻につく言い方だな。
「………………おい、ずっと気になっていたんだが」
「何?」
「それは何だ?」
長髪王子が私のスマホに目をやっている。
「なんなんだ。その道具は?召喚時からずっと持っていたものだよな。そんな道具、見たことがない」
「だろうね」
「もしかして、浄化に関係のある特別な道具か?」
「は?」
「ちょっと見せろ」
そう言って長髪王子は私のスマホに触ろうと手を伸ばす。
「ふ・ざ・け・る・な」
私のスマホを触ろうなんて言語道断。百歩譲って触っていい許可を出しているのは双子の妹、夏芽だけ。それ以外の人間は指先だって触らせやしない。
私は近寄ってきた長髪王子の股間をぐいっと握った。
「ひぐっ!?」
股間を突然握られ、長髪王子は石のように硬直した。
まったく、せっかく面白い写真を撮れていい気分になっていたのに台無しにしないでくれない?
「な、な………ななな」
長髪王子は口をパクパクとさせ、視線をあっちに行ったりこっちに行ったりとさせている。
「そっちこそ覚えておいて。こっちはあんたの大事で大切で唯一無比のお宝を潰すことに一切の躊躇いも良心の呵責もないってことに。お兄様みたいにお宝を残念な結果にさせたくなかったら、私らの前で調子に乗った振る舞いは慎んだほうが良いよ」
声を凄ませて言い放つと、握っていた手をゆっくりと放してあげた。
あ~あ、服越しとは触っちゃったよ。
生々しい。
「あ………………あ、あ」
ずっと硬直していた長髪王子は体全体をカタカタカタカタカタとまるで壊れた玩具のように動かし始めた。そして、怒りのせいか羞恥心のせいか、これでもかというほど顔が真っ赤になっていく。
うわうわ、顔りんごみたい。おもしろ。
ていうか、長髪皇子のあの大きさ………………年齢にしては、随分と。
私は、この世界に召喚されて初めて心の底から哀れに思う男の子に会ったかも。
私はいまだに金魚のように顔を赤くしながら口をパクパクさせている長髪王子にこれでもかというほど優しい笑みを向けてあげた。
「少年、人生これからだよ。たとえ、赤ちゃんのような壊れそうな小ささでも宝物は宝物だよ。大事にね」
「!!!!!」
あらら、慰めていったつもりだったのに。
長髪王子の何かが噴火したみたい。
「………お前なんか、お前なんか」
長髪王子はひっくひっくと、しゃくり上げながら泣き出した。
あらら、泣いちゃった。いや、この場合は私が泣かせたことになるのか。
「お前なんか、大っ嫌いだ~~~!!」
そう言い捨てながら、長髪王子は部屋から走り去っていった。
あらら、あんな小学生みたな捨て台詞久しぶりに聞いた。
あの真っ赤な顔、撮ればよかった。面白かったのに。
惜しいことしたかも。
私は長髪皇子の姿がまったく見えなくなると、取り残されたもう一人の王子に目を向けた。
影薄王子はわずかに眉根を寄せた難しい表情で私を見つめている。しかし、なぜかその瞳の奥からはなぜか、私への嫌悪感は感じられなかった。
「あ………」
次に見せた表情は何かを言おうとしているようで、ぐっと言葉を喉に詰まらせているような、そんな表情だった。
「何?王子だったらはっきり言えば?」
なんなんだろう、この煮え切らない態度。
私に文句を言おうとしているようには見えないけど、だからといって何もないっていう風にも見えない。長髪王子は二十秒ほどそんな仕草を繰り返すと、己の何かを吐き出すように大きく息を吐きだした。そして、影薄王子も長髪王子の後を言うように、部屋から出て行ってしまった。
「結局何しに来たんだろう。あの王子」
何かの捨て台詞を言われるかと思っていたので、拍子抜けしてしまった。
ふと、私はあれ?と思った。夏芽が奇妙なほど静かだったからだ。
いつもの夏芽だったら、ああいう一方的な長髪王子のような物言いは絶対に気に喰わないだろうから、途中からグーパンが入ってきてもおかしくなかった。でも、私が長髪王子の股間をぐにっと握るまで夏芽は何のアクションも起こさなかった。
「もしかして」
振り返ってみた。
「やっぱり」
案の定だった。いつのかにか、会話に飽きて眠っていた。
そんなあまりにも自由過ぎる夏芽にムスッとせずにはいられなかった。
「もう、私らケンカしていたんじゃないの?ラウンド2するんじゃなかったの?………………はぁ」
私も影薄王子のようなため息を零した。
キレたり大笑いしたりしたいせかな、私も眠くなってきたな。
私は目を軽く擦り、バタンとベッドに倒れ込んだ。そして、スマホを握ったまま目を瞑り、眠りの中に落ちた。
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