第20話もやもやする
「まぁ、材料は全部この世界にたぶんあると思うし、特別な技術が必要ってわけでもないから作れなくもないのかな」
「わざとでなくても、僕が台無しにしてしまったんです。だから、お詫びと助けてもらってお礼も兼ねて、僕が作ります」
マジかい。マジで作る気?
リオン君の目は真剣そのものだった。
本気でマヨネーズを作る気のようだ。
「作って」
夏芽は何度も瞬きしながら言った。
笑顔を見せていなくても、期待で胸が膨らんでいると私にはわかる。
「作れるんだったら、作って」
「じゃあ、材料と作り方を教えて下さい」
「私は知らない」
夏芽は小さく私を指差す。私に聞けと言いたいんだろう。
リオン君は夏芽の指差しの意味を察し、再び私に向き直る。
「あの、教えてください」
リオン君は懐からメモ紙とペンを取り出した。
「マヨネーズの作り方?えっと確か、あの動画では………」
私は自分の記憶を手繰り寄せ、マヨネーズの材料とレシピを教えた。
◇◇◇
「ありがとうございました。さっそく、作ってみます」
リオン君はぺこりと私たちにお辞儀をした。
そして、部屋から出ていこうと身を翻す。
「あ、そうだ。大事なことを忘れるところだった」
リオン君は懐から何かを取り出し、私に近づいてきた。
「あの、これ」
それは昨日、夏芽がリオン君の懐に入れたお札だった。
リオン君はそれを私に差し出す。
「ごめんなさい。一日経って考えたんですが、やっぱりこういうのよくないと思って」
「受け取ればいいじゃん。そんなに深く考えずにさ。ていうか、材料費に充てればいいじゃん」
「でも………僕、こういうのは。やっぱりごめんなさい!」
リオンはお札をベッドの上に置き、部屋から小走りで出て行った。
「ごめんなさいって………ていうか、私に渡されても」
正直、返されても困るんだけど。
別にお札一枚くらい懐にしまってもいいと思うんだけどさ。
見習いとはいえ、やっぱり神職ってそこら辺、潔癖なのかな。
私たちとは相容れないな、そういう潔癖さって。
私はベッドの上のお札を乱暴にポケットの中にしまった。
「………………マヨネーズ、マヨネーズ」
隣りにいる夏芽は何度もマヨネーズ、と唱えていた。
よっぽどマヨネーズを作ってくれることが嬉しいようだ。
さっきまでの不機嫌が嘘みたいに、上機嫌に上半身を揺らしている。
そういえば、私たちって喧嘩してたんだよね。
それなのになんで私、当たり前のようにマヨネーズのレシピ教えちゃったんだろう。私は別にマヨネーズなんて好きでも嫌いでもないのに。
たぶん、癖がついちゃってるんだろうな。
ギスギスしてても「姉」だから「妹」の面倒を見なくちゃいけないという癖が。
なんか、もやもやするな。
夏芽はマヨネーズという好物が手に入るからいいけど、私のスマホはいまだに圏外。
どんなに願ってもこの世界ではSNSは見れないし、アップもできない。
夏芽はすっきり、私はもやもや。
異世界トリップって恐ろしい。普段はまったく気にならないことが微妙に癪に障ってしまう。
もやもやする。すっきりしてる夏芽を見てるとますますもやもやする。
私は夏芽に向かって左手を伸ばす。伸ばした先は夏芽の後ろ髪。
気持ちが浮き立っている夏芽は私が伸ばしている左手に気づいていない。
私は夏芽の髪を3、4本力任せにブチッと引き抜いた。
「痛って!?」
引っこ抜くと、夏芽の目が一気に吊り上がった。
「うん、ちょっぴりすっきりした」
「ああ?」
「さっき謝れって言ったけど、謝んなくていいよ。本当はまだもやもやが残っているけど、許してあげる。お姉さん、だから」
「………………」
さてと、一応すっきりしたことだし、もう一度スマホをいじってみるとするか。
圏外だとしてもやっぱり、スマホのどこかをいじっていないと落ち着かない。
私は横に置いておいたスマホに目をやろうとした。
あれ?スマホがない。
私はきょろきょろと首を動かす。
あ、あったあった。
スマホはベッドの下にあった。ベッドの上で騒いでいたからか、いつのかにかベッドから落ちてしまったみたい。
私はそれを拾おうと、座ったまま屈みこんだ。
ドカッ。
「うぎゃ!」
背中を蹴られた私はベッドから勢いよく、転げ落ちた。
あっぶな、手を付かなかったら危うく鼻がつぶれるところだった。
私は立ち上がり、ことさらゆっくりと振り向いた。
「………何すんの」
夏芽もことさらゆっくりとベッドから下り、近づいてくる。
そして、私が力任せに引っこ抜いた部分を指差した。
「謝れ」
私はそれに対し、思いっきり笑って見せる。
「いいよ。謝ってあげる。夏芽が私に謝ったらね♪」
「ああ?」
「お姉ちゃん、してほしいんだけどな。妹の初土・下・座」
「……………………ああ?」
「スマホには撮らないであげる。ていうか………………しろ」
夏芽の顔から表情がスッと消える。
おお、この顔は。
ブチ切れ過ぎて、逆に頭が冷えていってる顔だ
夏芽は私の瞳を覗き、私も夏芽の瞳を覗く。
夏芽の瞳には私が映っていた。
おや、笑顔を作っていたつもりが、いつのまにか夏芽と同じ顔になっちゃってる。
無意識だな無意識。
端から見たら、もうどっちがどっちかわからないだろうね。
「………………」
「………………」
「……………はっ」
「……………ふっ」
お互いがお互いを鼻で笑う。それが合図だった。
お互いの胸倉を同じ速さ、角度、パワーでぐいっと掴み上げた。
それはもう、服が破れるんじゃないと思うほど思いっきり。そしてお互い顔に穴が開くじゃないかと思うほど、メンチを切り続ける。
ただ無言のまま。
「…………………」
「…………………」
バタン!!(扉を開く音)。
「一体どうしてくれるんだ!この偽物聖女ども!!」
私は掴んだ手を緩める気は毛頭なかった。
緩めたら終わりだからね。
なんか、咬みたいな耳障りなものが聞こえたような気がするが、そんなの無視だ無視。
「おい、聞いてるのか!?」
掴み上げた胸倉を今度はぐいっとお互いに引き寄せる。
引き寄せた勢いでガツン、と額と額がぶつかる音がなる。
めちゃくちゃ痛いな、もう。
そして、再び額をくっつけたままのメンチの切り合い。
「おい!無視するんじゃない!」
「「うるせぇ!!!」」
私たちは視線を一切動かさず、耳障りな声の持ち主に向かって怒鳴り散らした。
声が見事に揃った。
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