第51話 宣託の導師(9)

「先生!」


 暗闇の中に現れた巨大なミミズのような生き物は、一瞬で先生を飲み込んだ。そのまま地中に潜ろうとするそれに、結界を飛び出して掴み掛かろうとする。


「返せ!先生を!」


 喉が裂けそうなほど叫びながら、道具もなしに手を伸ばして、ピンクの肉塊に触れた瞬間バチン、という音とともに弾かれる。


(なん、だ!?何か弾けたみたいにーー)


 ぶつかって弾かれたのとは違う、何か破裂したみたいな感触だった。無様に地面に転がって背中を木に強かに打ち付ける。一瞬息が止まって、咳き込む。


(起きなきゃ……!襲われ、る……!)


 痛みで言うことをきかない体をなんとか起こして、立ち上がる。巨大ミミズの姿はまだ地表にあって、こちらを振り返ると柔らかな体をぐにゃりとバネのように押しつぶして飛びかかる用意をしているところだった。


(結界に逃げ込んで……だめだ!逃げても先生は助けられない……!)


 逃げかけた足が止まる。すぐさま巨大ミミズへ立ち向かおうとするが、そのときは既に相手は僕の方に飛びかかってくるところだった。


「ッ!」


 一瞬の判断の遅れ。動きのムダがあったから、相手に先に動かれた。悔やんだってどうしようもない、そのまま視界に迫る開かれたくちばしが僕を飲み込んでーー


「……?」


 いかなかった。巨大ミミズはなんでか僕の真上を通り越して、張られたままの結界に激突する。柔らかく歪んだ結界は、ゴムみたいに跳ね返って巨大ミミズを吹き飛ばした。


「なん、で……?」


「当たり前だな、あれがお前を狙うことはない。私が居る限りな」


 尻もちを着いたまま呟いた言葉に、真後ろから答えられた。振り返るより先に、後ろ襟を掴まれてホイッと投げられる。結界の中に転がった僕のさっきまでいた地面が真下から貫かれて、巨大ミミズが飛び出してくる。


「せ、先生!?よかった、けどなんで……」


「ああ、飲み込まれたとでも思ったか?そんなわけがないだろう。転移して避けたよ」


 転移なんて簡単に言われたが、契約書の機能にもあるものだ、先生が使えるのは当然だろう。不意をつかれたらいくら先生でも、なんて思ってしまった自分が恥ずかしくなる。


「で、ラング。お前勘違いをしていたようだがな、あれは音なんかには反応していない。元より聴覚なんかないからな。あれは魔力に反応しているんだ」


「ま、魔力に……?」


「そう。大方ここに張った結界と私に反応してしまったんだろう。お前を狙っていたのはお前の持ち物に魔力を帯びたものがあったからだ。それもさっき投げ捨ててたから今お前をあれが狙うことはない」


 そんな生き物がいたなんて。驚きながら納得する。確かに結界のもつ魔力は相当だし、僕がさっき投げたドラゴ・アイは毎朝魔力を貯めてる。総量はわからないにしろ多少なり魔力のあるものだ。


「ちなみにあれは魔術師の間ではそれなりに有名な生き物で魔力食いマナイーターという。昼間は動かず地中に潜み、夜は魔力を持つものだけを狙って襲う。まあ魔術師にとっては天敵みたいなやつだよ」


「じゃ、じゃあ先生にも……」


そう言った僕を見て、先生は楽しそうな、でもとてもいびつな笑みを浮かべて言った。


「まさか。私の敵にはならんし第一……私は魔術師じゃあない。ラング、私は魔術を使うし魔術を作るが、魔術師とは根本が違うんだ」


そう話す先生へ目掛けて、魔力食いマナイーターが飛びかかる。先生は視線を向けることもなくただ、一言呟いた。


「散れ」


その言葉だけが、響いた。他の音も光もなにも発さず。ただその言葉だけで、魔力食いマナイーター

つまり、散った。文字通り散り散りに霧散した。

僕を見下ろす先生は、月を反射する眼鏡を持ち上げながら宣言する。


「私は、この世界のあらゆる法則を導く者。森羅万象の構成を理解し再編し破壊する存在ーー導師だ」


その言葉と存在は、圧倒的で。

まるで、神だった。

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