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りょまるで

01話.[いつものように]

 6月手前の微妙な季節。

 初めての中間考査を乗り越え、比較的ゆったりとした時間を過ごせていた。

 もう既に雨が降り始めているが、周りの生徒は関係ないとばかりに楽しそうで。

 俺は窓際なのをいいことに適当に外を見て時間をつぶしている状態で。


ひろ、来たよ」

「お、よう」


 隣の教室から友の川上ゆいがやって来た。

 小学生からの仲だから親友と言っても過言ではないかもしれない。

 彼女は勝手に前の席に座って同じように外を見始める。


「でも、いいのか? 好きな人間といなくて」

「女の子に囲まれているからね、たまには親友のところに行こうかなって」


 彼女と同じクラスに好きな男子がいるらしい。

 名前を教えてくれはしないが、まあ女子に囲まれている人間なんて少数だから分かる。

 親友も色気づくようになってしまって、派手ではないけど化粧とかしていてな。

 昔なんか俺よりも活発で男子が好むような遊びばっかりしていたというのに、うーむ、なんだか寂しい。


「そりゃどうも、唯ぐらいだからな来てくれるの」

「あ、そういうつもりじゃないからね?」

「はぁ、分かってるよそんなことは」


 冗談抜きで俺を好きになるような人間はいないのだ。

 事実、気になって女子に近づいてみても好きな人間がいてばかりでなにもできない。

 まあ、勘違いしなくて済むから唯とかといるのは嫌じゃないんだけどな。


「広もさ、いい子を探してみたら?」

「俺が気になった女子はみんな他人が気になってるんだよ」

「あ~、そういえばそうだね」


 別に悲観してもいなかった。

 昨今は異性と付き合ったことがない人間なんてSNSとかを見れば丸分かりだからな。

 昔と違って、俺だけ縁がないのだと悲しむ必要はない。

 それにあれだ、仮に俺が付き合えなくても所謂リア充というやつらが付き合って結婚して子どもを産んでくれりゃ困らないからな。そういう特別な相手がいないからって人生を楽しめないというわけでもない、だから特に考えてもいないというのが現状だった。


「あ、予鈴だ、戻るね」

「おう、またな」


 雨だろうが晴れだろうが関係なく授業は始まっていく。

 先程まで賑やかだったクラスメイトもすぐに切り替えて対応していた。

 そういうのは本当にいいところだと思う、学生らしく生活できていると思う。

 俺は適当に外を見て時間をつぶすぐらいしかできないから羨ましいとすら感じているかも。

 友達が唯だけというわけではないが、俺に関わってくれている女子は本当に他人のことが好きでそれを隠そうともしないから。悲しくはならないものの、段々と嫌味のように感じる醜い心があって困っているという状況だ。

 そりゃまあでも、好きな人間と上手くいっていたらつい言いたくなるよなという話。

 話すよりも聞く方が本当は好きだから、そういうのを聞けて楽しいと感じている矛盾もある。


「広くん!」

「よう」


 昼休みになって適当なところで食べようとしていたら先輩である大橋あおいと遭遇した。どちらかと言うと唯の友達であり、唯と同じく元気な少女という感じ。


「違うところで食べるの? 私も一緒に食べてもいい?」

「おう、別にいいけど」


 ま、そうでもなければ年上の彼女と知り合うことなんてありえないよなあと。

 この学校は空き教室が沢山あるからその内のひとつを利用させてもらうことにした。


「それ、また手作り?」

「ん? ああ、母ちゃんに任せていると真っ黒になるからな」


 でも、働いてくれているんだからある程度は子である俺がやればいい。

 寧ろなにもしないでのんびりしておいてと言われる方が死刑宣告みたいなものだ。


「広くんは女子力が高いね」

「そうでもない、我流で適当だからな」

「……私もあの子を振り向かせるために覚えた方がいいかもね」


 彼女は箸を置いて、指同士をちょんちょんと突きつけ合いながらそう言った。

 少し嫌な点はあれだ、付き合っている人間が誰もいないということ。

 まだ可能性があるようでなにもないという微妙さがそこにある。


「まあ、覚えて損というわけじゃないからな」

「そう……だよね、うん、広くんの言う通りだ」


 葵や唯が好きな男子の前で楽しそうにしているところは容易に想像できるが、またなんとも言えない寂しさというのもあって適当に頑張れよぐらいしか言えない。

 とりあえずこのままだと不味くなるのでそれを捨ててささっと食べてしまうことにする。

 葵も弁当を食べることを優先してくれたから助かった。


「そういえば唯ちゃんは?」

「さあ、女友達と食べているんじゃないか?」


 積極的な少女だから気になる男子と食べている可能性が高い。

 けど、せっかく片付けたんだから出すのは違うと考えて、だろうなって感じの返事をした。

 彼女も特に気にならなかったのか、「友達が多いもんね」と乗っかってくれて。


「ご飯粒がついてるぞ」

「え、どこっ? 取ってっ」

「じっとしてろ」


 取ってから処理に困るなと考えていたらほとんど指ごと葵が食べてしまった。


「へへへっ、ありがと~」

「おう」


 こういう立場って微妙なことが多いよな。

 こうして俺にいい笑顔を向けてくれていても本命の前では全然違うんだから。

 信用されているだけになんとも言えない気分になったのは言うまでもないだろう。




「広、来てやったぜー」

「なんか久しぶりだな」


 雨だしと家でのんびりしていたら男友達である古屋しゅんがやって来た。

 ちなみに葵と同じ2年生で、葵が言っていたあの子とは俊のことである。

 もう付き合っちゃえよと言いたくなるぐらい仲が良くて、なにに引っかかっているのかが分からないぐらいの感じだった。


「昨日、葵と一緒に食べたんだって? 狙うなよ?」

「狙わないよ、俺なんか男扱いすらされてないしな」


 なにをしても本命の前の前座みたいなもの。

 仮に俺が勘違いして告白なんかしようものなら本気で拒絶されると思う。

 まあ、勘違いもできないぐらい葵の頭の中には俊しかいないんだけども。


「にしても、唯や葵がいるのにどっちも進展しようがないって悲しい奴だな」

「別にいいけどな、ずっと独身のままでも俺らしいし」

「悲しいなあ、本当はそういう誰かがいてほしいと考えているのにそうとしか言えないなんて」


 言ったところでなにが変わるというわけじゃない。

 人生とはそういうものだ。

 なにもかも手にしている勝ち組と、なんにも手に入れられなくて人に使われて最後まで奴隷みたいな感じのまま終わる負け組と、努力だけじゃどうにもならないこともある。

 もちろん、負け組のままじゃいられないということで努力をして向こう側へ行く人間もいるだろう、そういう人は素晴らしいとしか言いようがない。

 けれど、俺みたいにしょうがない、これが自分に合っていると考えて努力を放棄している人間には絶対に行けない場所だと思う。


「いいんだ、頑張れる人間だけが報われればいい」

「広のいい点は妬んだりしないことだな、逆に言えばそれ以外にない」

「妬んだところでなにが変わるというわけじゃないしな、努力した人間達が素晴らしいんだよ」


 そんな無駄なことをしていたって「じゃあ努力をすればいいじゃん」と言われて終わり。

 真っ直ぐにそれをぶつけられたら返事に困って、それを見た人間達に笑われてしまう。

 だからといって卑下をしているわけではない。

 それでも直視しようとしなくても現実が本当のところを突きつけてくれるということだ。


「広、俺が見られないときは葵のこと頼むぞ、ふわふわしすぎてて不安になるんだ」

「ま、相手をするぐらいならな」

「おう、それでいいから、変な男に近づかれたら嫌だからな」


 一応、信用されているのかね。

 ふわふわしているというのは完全に同意だ。

 見ていないと不安になるという気持ちもよく分かる。

 でもよ、なんか頼まれるのも嬉しいような嬉しくないようなって感じ。

 ……未練たらたらだな、結局は俺も恋愛脳ってことだ。

 そういう人間がいてくれたらいいって考えてしまっている。

 いまだって本命のために使われたくないって思ってる。

 俺がどれだけ優しくしようとなんにも届かない、響かない。

 で、好きな人間である俊といたらそれはもう、言い方を悪くすればメスの顔というか、とにかく恋をしている人間の顔になることだろう。

 俺は異性のそれを見れないままただ生きて、働いて、死んでいくだけ。

 なんだかなあ、まあ自分が言ったように努力をすればいいんだけどな。


「というか、広の部屋ってなんか寂しいな」

「そうか? なるべく物を買ったりしないようにしているだけなんだけど」


 母は小遣いをくれているけど全て貯めている。

 急になにかがあっても対応できるようにちゃんと。

 それに俺は物欲とかそういうのがあんまりないんだ。

 ゲームとかだって昔はいいなって思っていたけど、いまとなってはどうせ飽きる物に数万とかかけなくて良かったと考えているぐらいだし。


「急に女の子が来たらどうするんだよ、トーク力が高いというわけでもないし」

「来ないだろ誰も、それに異性を部屋に入れたりなんかしない」

「つまんねえ奴だな、そのままだとこの先も灰色のままだぞ」


 理想を思い浮かべることは沢山あっても期待はしてないよ。

 それこそ楽しませてやることができないから俺で時間を無駄にしてほしくない。

 先程も言ったけど他人が自由にやってくれればいいのだ。

 その相手が普通だろうと可愛かろうと、俺には一切関係のないことなんだからいい。


「唯はどうなんだ? 頑張ってみればいいだろ?」

「好きな人間がいて頑張っているんだぞ? そんなことしたって嫌われるだけだ」


 好きだったんだ、けど中学生時代に捨てるしかできなくなった。

 きっかけはなんだっけか、ああ、夏祭りのときに助けてくれたとかで惚れたんだっけ。

 そりゃ、変な奴から恐れず守ってくれたうえに格好良かったら惚れるよなという話。

 世の中、そういう風にできているんだ。

 普通に話をしてくれている裏で、気になる異性と仲良くしているんだよ。

 俺みたいな奴は最初から最後まで指を咥えて見ていることだけしかできない存在。

 なんでもいいよという気持ちしかやっぱり俺の中にはなかった。




 久しぶりに晴れたから適当にひとりで歩いていた。

 金は持ってきていない、どこにも寄る予定はないからどうでもいいことだ。

 ただ晴れているというだけなのにどうしてこんなに幸せなのか。

 誰か特別な異性がいてくれなくたって幸せな気持ちは味わえるのだ、視野を広くしないとな。


「わっ……」

「え」


 嫌な予感がする。

 しかもぶつかった際にアイスがべちゃりと俺のズボンについた。

 泣き出しそうになっている小さい少女、と。

 俺はただ真っ直ぐ歩いていただけだ、この子が急に脇道から飛び出してきただけ。


「ぐすっ……アイス……」


 あ……なんか物凄く悲しそうな声が心に突き刺さる。

 しかも後からやって来た母親らしき人間には睨まれるし。

 ……ハンカチとかタオルとか持ってきてないしな、このまま歩くしかない。

 もちろん、周り人間はなにあれと言わんばかりの顔で見てくる。

 中には笑っている人間もいる、しょうがないな、俺でも気になるだろうしな。


「虚しい……」


 せっかく休日、しかも晴れだったのにこんな気分を味わうことになるなんて。

 もうどうでもよくなって雨でも降れって願ったら本当に降ってきたというオチ。

 ゆっくり屋根下に移動して休憩していたら休日でも制服を着ている女子が隣にやって来た。


「雨がすごいですね」


 ん? 俺に話しかけたのかと己に指を向けていたらこくこくと頷かれてしまう。


「そうだな、雨すごいな」


 さっきまでいい天気だったのにまるで詐欺に遭った気分だ。

 あと、目のやり場に困る、だから見たのは最初だけ。


「なあ、少し気をつけた方がいいぞ」

「なんでですか?」

「そりゃ濡れているからだろ」


 制服が白いというのも問題ではないだろうか。

 気づいたのか気づいていないのか、「なるほど」と呟く女子。

 別に透けていたわけではないけど、なんか濡れているというだけで見づらくなるんだなと。


「部活の帰りってわけじゃないよな、制服を着ているし」

「はい、学校に用があったので行ってきただけです」


 待て待て、なにを自然に話しかけているんだ俺は。

 気軽に話しかけてしまったことを謝ってどうせ濡れているしと歩き始めることにする。

 先程のアイスも問題なく流れてくれたから助かったぜ。

 あれはここら辺にある中学の制服だな。

 俺らが通っていたのとは違うから絶対そうとは言えないが、ほとんど間違いない。

 やばいやばい、危うく変質者扱いされるところだった。

 あれは先手を打っているというか、襲われないために話しかけたんだろう。

 意外と挨拶をしたりするのとかは効果的らしいし、乗った俺が馬鹿だった。


「ひゃ~、冷た~」

「は? なにやってるんだよ唯」

「あ、広の家に行こうとしたら急に降ってきてさ~」


 ……こっちは思いきり下着が透けているんですがっ。


「透けてんぞ」

「きゃっ!? って、ならないよ、広に見られても別にいいし」

「気をつけろよ、好きな男子がいるんだから」

「はっ、このまま行けば誘惑できるかも!」


 やれやれ、頭がイカれていやがる。

 女子は少しぐらい恥じらってくれた方が可愛くていいと教えておいた。


「タオル貸して」

「シャワー浴びてこい、俺の服を貸してやるから」

「分かったっ」


 家に着いたら風邪を引かれても嫌だからと突っ込んでおくことにする。

 着替えを持ってきた後は律儀に玄関に戻って靴と同じくぽたぽたと床に水滴を垂らしていた。


「出たよー」

「おう、俺も浴びてくるわ」

「うん、部屋で待ってるからね~」


 リビングに置いておいて良かったと思うし、後で拭いておかなきゃなとも思うし。

 出たらで出たで、適当なところに下着や服が放置されている現状に頭が痛くなった。

 俺が変態だったらどうなっているか分からないぞ、もう少し警戒しろよあいつ……。

 それでもさっさと拭いて着て履いて部屋に戻る前に床を拭いておいた。


「おかえり~」

「好きな男子がいるのに他の男のベッドに座るなよ」

「関係なくない? 私達は親友なんだからさ」


 関係あるわ、それで俺が恨まれたりするのが嫌なんだよ。

 普通に関わりを続けているだけで悪影響だなんだと衝突する可能性がある。

 いや、中学時代も他の男子から言われたことなんだ、唯に近づくなってな。

 けど、その度に言ってきた、俺のことなんか男として見てないよって。

 最初から最後までただの友達だ、まあそれでいいんだけども。


「それよりいつ来ても寂しいところだねえ」

「唯だったらなにを置く?」

「んー、本棚はほしいね」


 本か、読書もあんまりしないんだよな。

 あと紙の関係だと分かっているけど単純に高いのもある。


「まあでも、荷物を置いておけるからいいけどね」

「は? 物置きじゃないぞここは」

「いいじゃん、私と俊ぐらいしか来ないでしょ?」


 事実だからなにも言えなかった。

 葵は1度も来たことがない、まあ興味ないんだろうな。

 あ、ちなみに隣の教室でも彼女は俺よりひとつ年上だ。

 だから俊、葵、唯は同級生ということになる。

 昔の俺はそんなひとつ上の唯に恋をして、なにもできずに散ったということだった。


「俺だったら絶対に違う男子とは仲良くしないけどな、印象も悪いし」

「広は恋に興味ないフリをしているくせに恋愛脳だよね」

「うるさい、俺のことはいいんだよ」


 大体、一緒にいても複雑な気持ちにしかならない。

 いまはともかくとして、普段は好きな男子がどうこうとしか言わないから。

 多分、気持ちが捨てきれていないんだと思う、だから早く付き合ってほしいと考えている。


「きっといい子が見つかるよ、そうすれば私への気持ちは捨てられるよね」

「は!? な、なに言ってるんだよ」

「気づいてないと思った? 最近はそうでもないけど昔は私のことが好きで行動していたでしょ」

「……まあ、もう終わったことだからな」

「だね、私は違う子が好きだし」


 ここで不貞腐れて追い出すなんてことはしない。

 いつものように頑張れよと口にして笑ってみせたのだった。

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