第9話 分の悪い賭け
~世界ギルド 総本部~
廊下の石畳に敷かれた赤い
「んひひっ、一点先取っ」
そう呟くラルバは、指先についた血を自慢げに弾いた。イチルギは悔しそうな渋い笑顔でラルバを睨みつけながら首筋を抑える。
ルールその一、先に人間的致命傷を2回加えた方の勝利。
イチルギは指先で傷を
「あ、ルール違反だ」
「攻撃じゃないからいいでしょ」
「まあそうか」
ルールその二、魔法・異能禁止の肉弾戦
再び2人はサーカス団のように飛び跳ねながら廊下を駆け抜けていく。しかし、確実に癖を見抜き攻撃が激化するイチルギに
「ぐぬぬ……。窓が開かない……」
ルールその三、城の設備・備品等の破壊禁止
偶然開いている窓を見つけたラルバは聞き耳を立てて中の様子を
「はい同点」
しかし待ち構えていたイチルギが廊下の隅からクロスボウで矢を放ち、ラルバの耳ごと側頭部を撃ち抜いた。
「うぎっ……!」
痛みに顔を
「イチルギ様!お疲れ様です!」
衛兵の足音が聞こえたラルバは、即座に石の壁に指を引っ掛けて勢いを殺し天井の隅に身を隠す。イチルギも
ルールその四、城内の従事者・一般人に戦闘がバレたら即敗北
「お疲れ様〜」
「先程2階で不審な物音を聞いたと言う報告がありましたが、イチルギ様は何かご存知ではありませんか?」
「ん〜聞いてないわねぇ、後で確認してみるわ。どうもありがとう」
「そうでしたか、では自分は警備に戻ります!」
「はーい、お疲れ様〜」
手を振って見送るイチルギの後ろから、ラルバが天井の縁に足を引っ掛けて
「ぬおっ!ハズレっ!」
咄嗟に顎を持ち上げたラルバの首筋をイチルギの爪先が
「この靴、毒塗ってあるから今ので一点よ」
「嘘つけこのタコ」
「バレちゃったか」
互いに低レベルな悪態をつきながら城内を飛び回る。時折衛兵に
「いい加減諦めて欲しいわ……。私この後予定あるのよ」
「そうか。じゃあそれまでに仕留めてやる」
最初こそ一瞬で得点を許した2人だが、まるで武術の型に当てはまらないラルバの不規則な動きを警戒するイチルギと、自分の動きを即座に読み取り常に逆をついてくるイチルギに
戦闘開始から4時間が経過し、使奴である2人のスタミナに問題はなかったが、城の消灯時間が刻一刻と迫ってきていた。
すると、曲がり角の先から誰かの足音が聞こえてきた。イチルギは足音から衛兵のような金属音がしないことに気づき、役人の誰かだろうと目星をつけた。ラルバも足音に気づき、早めに距離をとって天井に張り付く。
「……む、こんばんは」
「こんばんは〜……見ない顔ね?」
陰から歩いてきたのはラデックだった。しかし、面識のないイチルギはつい頭の中で彼が誰なのかを考えてしまった。イチルギの頭上にいたラルバは、獣のように歯をギラつかせて瞳孔を開き静かに天井から落下をする。そして、イチルギの背中から心臓目がけて持っていたクロスボウの矢を突き刺した。
「私の勝ちだ!!」
「えっ……、ちょっ……!?」
「……?」
困惑するイチルギとラデックを他所に、仁王立ちで胸を張るラルバ。
「ちょっと! 彼に見つかったんだからアナタの敗北が先でしょ!」
「だってそいつ私の仲間だし、従事者でも一般人でもないもーん」
「ええっ!?」
「初めまして」
心臓を
「ええ……そんな事って……でもぉ……」
「喜べラデック! 今しがた我々の仲間になったイチルギだ!」
「ラデックだ。よろしく」
「まずはこの国の権力を全て譲渡してもらって! いや、その前に金か。あとパスポートと住所と……」
ラルバは小さく唸りながらその場を
「ところでラデック。お前ここへ何しにきたんだ?」
「いや、宿にいたバリアに聞いたらラルバがここにいると聞いたもんでな」
「よく入れたな」
「ここ立ち入り自由だぞ」
そう言ってラデックはポケットから入場許可証を引っ張り出してラルバに見せる。するとイチルギはハッとして固まってからゆっくりと立ち上がり、ラデックの両肩を掴む。
「あのね……ラデックさん……。あのね……許可証はね……首から下げてなきゃダメなのよ……」
「そうなのか」
「あと……ここは関係者以外立ち入り禁止なの……。許可証で入れるのは一階ホールだけ……」
「そうなのか」
苦虫を噛み潰したような顔で笑顔をわなわなと振るわせるイチルギと、真顔で許可証を首に通すラデック。横でラルバは勝ち誇った顔で腕を組みイチルギを見下している。
「ところでラルバ。さっきバリアに会った時いきなり殴られたんだが、なんでだ?」
ラルバはキョトンとした顔で首を捻る。
「……? さあ? ラデックに会ったら殴っておけとは言ったが……なんで言ったかまでは忘れた」
「そうか……」
ラデックはまだ痛む頬を軽くさすった。
〜真夜中の中央広場〜
誰もいない石畳の広場を、両腕を広げバランスを取ってくるくると回りながら踊るラルバ。その後ろをラデックがタバコを吸いながらついて行く。
「ふんふふ〜ん。気分がいいなぁ……これで権力と戦力がぐぐーっと上がったわけだ」
「本当に来るのか? 彼女は」
「え? 来るだろう」
ラルバは踊るのをやめてラデックに向き直る。
「聞いたところ彼女はこの世界ギルドのNo.2だ。しかしトップのヴェングロープ総統はもう寿命だろう。実質この国の
「だって奴はゲームに負けたんだぞ。負けたら私の仲間になるとも言った」
「
ラルバは眉間にシワを寄せ
「……もし、もしイチルギが約束を破ったら……」
手を
「ラルバ。世界ギルドに喧嘩を売るなら俺はそこで降りるぞ」
ラデックがラルバの翳した腕を掴む。
「……なんだと?」
「俺がついてきたのは命惜しさ故だ。イチルギと敵対することは俺の死に直結する」
「……その時は、お前を殺すだけだ」
ラルバはラデックの手を振り払い、不機嫌そうに
~質素な宿屋~
部屋の扉を乱暴に開けたラルバは、上着を無造作に丸めてコートハンガーに投げつけベッドに倒れ込んだ。
「おかえり」
ラルバは異物感のする毛布の返事に眉を八の字に曲げる。声の出所を鷲掴みにして持ち上げると、
「バリア、まさかこの時間まで寝ていたのか……?」
「うん」
そう言ってバリアは今朝渡されたお小遣いを、そっくりそのままラルバへ返却する。
「……おやすみ」
ラルバは一言だけ呟いてバリアを毛布へ押し込むと、隣のベットに寝転び数分もしないうちに寝息を立て始めた。
深夜、
「2人とも遅い……」
彼女は独り言を呟きながら外へ出て、まだ明かりのついている酒場へふらふらと吸い込まれていった。
「こういうところでは何か注文するのが礼儀よ」
目の前の見慣れぬ使奴の女性にそう
「お金持ってない」
「じゃあ私が
奥の老婆が優しい笑顔で手を振って返事をする。
「私はイチルギ。ラルバと賭けに負けてアナタ達について行くことになったの。明日からよろしくね」
「ん……」
バリアは差し出された手を無機質に握り返す。
「アナタ名前は?」
「名前……バリア」
「そう、バリア。アナタはどこからきたの?」
一度、使奴研究所と言いかけて。
「魔工……研究所……」
「偉いわね。でも大丈夫よ」
イチルギが優しく頭を
「私と同じ出身ね。悪いけど、全部内緒ね?」
「一緒じゃないよ」
「……そう?」
話を
「どう? おいしい? こんなの初めて飲んだでしょう」
笑顔で聞いてくるイチルギから少し視線を外し、カップの水面を見つめる。
「……甘い」
一言だけ呟きまたちびちびと啜り始めたバリアを、優しく微笑んで見つめるイチルギ。2人はそれ以降黙ったままだったが、その間にはどこか
「……これでいいんでしょう。ヴァルガン」
「誰?」
「ううん。なんでもない」
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