第6話 ”使”い捨ての性”奴”隷

~見晴らしのいい草原~


 あまりにも話が通じないラルバに、フェイトが見かねてレイヤに耳打ちをする。


「ねぇレイヤ……やっぱり説得は諦めた方がいいよ」

「そうだな……、残念だが僕らには救えない」


 そう言ってレイヤが剣に魔力を注ぎ込む。


「おい! チビスケ坊主! 」


 ラルバの呼びかけにレイヤはムッとして言い返す。


「レイヤだ!」

「ガキンチョ! お前……さっきから私の胸ばかり見ているな?」


 予想外の問いかけにレイヤが顔を赤らめて驚く。


「なっ……急に何を! ふざけるな!!」

「……レイヤぁ?」


 フェイトが眉間にシワを寄せてレイヤをにらむ。


「ちっちがっ! アイツが勝手に……!」


 言いがかりとはいえ、年頃のレイヤは顔を真っ赤にして否定する。それを見てラルバはニヤリと口角を上げ、両腕を頭の後ろで組み誘惑するようなポーズを取る。


「ほらよく見ろ、豊満な胸とは対照的に細い腰……、引き締まった尻と太もも、肌の白さに違和感を覚えるかも知れんが、顔は中々の美形だろう? もし私のような女性が娼館しょうかんに居たらどんな金を払ってでも抱きたいと思わんか?」


 くねくねと身体をひねり胸を揺らすラルバに、レイヤはフェイトとカローレンが見ているにもかかわらず喉を鳴らした。


「レイヤぁ……」

「……低俗」


 フェイトとカローレンがレイヤに冷ややかな目線を向ける。


「ちっ違うっ!! ふざけるなっ!!」

「私は自分の魅力を自覚しているさ。でもそれは自惚うぬぼれなんかじゃあない」

「お前っ……ぼっ僕を馬鹿にしてるのか!」

「何故私が美しいのか……、それはな……」

「うるさいっ!! しゃべるなっ!!」


「それは……」


「私が慰安用いあんよう奴隷どれいとして造られた人造人間だからだ」



 レイヤの紅潮していた顔に白さが戻る。それはフェイトとカローレンも同じで、ラルバの言葉に目を見開いて硬直する。


「私は使奴……”使い捨て性隷”だ」


 ラルバの後ろからラデックが近寄る。


「最も、随分ずいぶん前に使い捨てモデルは廃止されてリサイクルが主流になったんだがな。名前だけ俗称として馴染なじんでしまった」


 ラルバはレイヤ達が攻撃してこないことを確認すると、体の力を抜いて静かに話を続けた。


「奴隷として人間は性能が低すぎる。顔、体、性格もランダムな上、出荷できるようになるまでに莫大な金と時間がかかる。誰かから奪うにしても数は有限だし危険がともなう。何より、貪欲な成金異常性癖者共は我慢強くない」


 ラルバは両手を広げてレイヤ達に歩み寄る。しかし3人は近づいてくるラルバを攻撃する素振りは見せず、怯えた表情で数歩だけ後退あとずさりをした。


「そこで私達使奴、“愛玩用人造人間”が考案された。」


 ラルバは再び立ち止まり、くるりと一回転して身体をアピールする。


「身長や肉付きは勿論もちろんのこと! 顔に身体の形状から声色! ある程度の性格補正も! さらには角に獣人化! しかも私のような成体になるまでの製作期間は一体わずか2年! 記憶の操作で知識の植え付けも自由自在だから教育の必要もナシ! 意識を持つより前に洗脳をほどこすことで反逆の危険性も皆無! まあ肌の色がたまにキズだが? それでも! 従来の奴隷を作るよりコストは半分以上削減され“使奴”はまたたく間に大人気商品となった!」


 安全を確信したのか、ラデックがラルバの後ろでタバコに火をつけ座り込み補足する。


「開発初日から顧客こきゃくの熱量は凄まじかった。まだ実験段階だった頃に希望額の10倍以上の支援金が集まって、不出来な試作品も飛ぶように売れた。互いに金と時間をかければ上質なものができることはわかっていたからな。ラルバぐらいの使奴が開発されるまで、そう障害は発生しなかった」


 ラルバがずいっとレイヤの顔をのぞき込むと、あまりの不気味さに飛び退き尻餅をつく。


「坊っちゃん。我々使奴が出荷されると、君の考えるよりずぅーっと酷い目に合うんだが……どんなことをされると思う?」


 レイヤは蒼褪あおざめた顔で黙ってラルバを見つめる。


「犬や豚の相手なんか良い方だ。四肢をがれて達磨だるまにされたり、穴という穴に棒という棒をぶっさされ、えぐり、かき回される。奴らにとっては脳味噌のうみそでさえ適温の潤滑剤じゅんかつざいに過ぎない」


 今度はフェイトに顔を寄せる。


「想像できるか? 歯を全て抜かれてあごの骨を砕かれる。何のために? 何のためだろうねぇ。拷問器具ごうもんきぐを自ら装着し、自ら使用することを強制される。知ってるか? ハンドル回すとゆっくり針が出てくる首輪とか。くずの性処理をこなしながら自らの肉体を致命傷以上に追い込まねばならない。想像を絶する恐怖と快感と痛みと苦しみと嫌悪と愛情と憎悪と性欲と羞恥しゅうちが、四六時中眠ることも休むことも許されず押し寄せる。だが、臓物ぞうもつが抜き取られようが代わりにクソを詰められようが、舌を抜かれようが切り刻まれようが、全身の皮膚ひふがされようが、そのまま水に沈められて魚のえさにされようが決して! 死ぬことは愚か気絶さえ許されない……。高い金を出して買った玩具おもちゃには相応の耐久性が保証されている。私たちはそうできている」


 ラルバはフェイトが力なく構えていた弓を掴み、矢先を自分に向ける。


「こんなもの何十本何百本打ち込まれようが、私にとってはかすり傷でしかない。だってそうだろう? 両手は自由に動くし目は見えるし音も聞こえる。仮にこの矢が私の両眼両耳を貫き肺と喉を切り裂き両手両足を突き刺さし昆虫標本のようにい付けたとして、使奴の本来の定めからしたらとぉっても幸せな方だ。そうは思わんか?」


「……っひ、うあっ……あっ……!」


 フェイトは思わず弓から手を離し後ろへ倒れる。ラルバはフェイトの手に優しく弓矢を握らせ、上から手を重ねる。


「なあ……。私は悪か? 」

「……っ!! ………………っ!!!」


 目尻いっぱいに涙を溜め顔面蒼白がんめんそうはくのフェイトは、意思表示にならぬように必死に首の震えをこらえる。すると真横からフェイト以上に震えた剣の切っ先がラルバの頬に突きつけられた。


「でっでまかせだっ!! そんな話っあるはずがないっ!」


 ラルバがゆっくり振り返ると、ガタガタと足を震わせたレイヤが、冷や汗で額を濡らしながら青い顔で剣を握っていた。


「ほう。では逃げ出した魔工研究所の男を捕まえて尋問すればいい。嘘を見破る魔法とか機械とか、なんかしらあるだろ?」


 レイヤがハッとして振り向くと、助けたはずの研究員は忽然こつぜんと姿を消しており、代わりに血溜まりが点々と街の方へ続いていた。


「もっとも、あの様子じゃとっくに死んでしまっているかも知れんがな」


 ラルバが手を腰の後ろで組み、お辞儀をするように屈んでレイヤの顔を覗き込む。


「私が使奴の話をした時にはもう逃げ出していたよ。なぜだろうね? この話が嘘なら大人しく助けてもらえばいいのに」


 レイヤは再び震えた目でラルバに向き直る。


「魔工研究所を調べればいい」


 ラデックが欠伸あくびをしながら答える。


「あそこは今無人だ。残った資料を隠蔽いんぺいする奴はいない。ちょっと探せば顧客名簿やら管理フォルダが山ほど出てくるだろう」


 怯えるレイヤにラルバが再び詰め寄る。


「なあ、これは“どんな事情があれ誰かを傷つけていい理由にはならない”ことの”どんな事情”にも含まれるか? 私にこのまま泣き寝入りをしろと? ただこの世界に産み落とされ偶然最悪の運命から逃れることができて「じゃあいいじゃん」の一言で未だのうのうと生き永らえて私服を肥やし続け私たちへの罪の意識なんぞ髪の毛先程にも持たぬ奴らを傷つけてはならないと?」


 今度はフェイトを背後から抱きしめる。


「この子が我々と同じ目にっても同じことが言えるか? 使奴と同じ結末を辿り、殺してくれと願う気力すら無くなってしまった、死ぬことも生きることも許されないこの子を見ても……」


 フェイトを背後から押して歩かせ、レイヤの眼前に突きつける。


「復讐は義に反すると? お前らの考えた刑罰如きで罪を償わせられると?」


 2人は何も言うことができない。カローレンは苦虫を噛み潰したような顔で静観しているが、強く握られた拳は「早く2人を助けろ」と爪を食い込ませる。


「……というわけだ。それじゃあ我々はおいとまさせていただくが、まだ自分に正義があって我々が悪だと思うなら追いかけてくればいい」


 では、と手を振りラルバ達4人は歩いて行った。



 レイヤは遠ざかっていく彼女らを、ただただ漠然と見守ることしかできない。


「……追いかけなきゃいけないのはわかってるんだ」


 レイヤが一歩だけ前へ足を踏み出す。


「でも、どうしても体がいうことを聞かないっ……!」


 そして、剣のさやで足をしきりに殴りつける。


「自分が間違っていたなんて事は思わない……アイツらが正しいとも思わない……でも……でもっ! 」



「アイツらだって……アイツらだって……間違ってるわけじゃないんだ……」



 カローレンとフェイトの2人は何も言い返すことができない。


「僕は……僕は、なんだ……?」


 遠ざかる4人の背中が見えなくなるまで、レイヤ達はその場を動くことは出来なかった。







「追いかけて来ないね」


 バリアがたまに後ろを振り返りながら3人の後をついていく。


「ふふん、私の説教がよっぽど応えたらしい。良いことをして清々しい気分だ」


 ラルバは上機嫌に足を進める

「正直、ラルバが3人とも殺すと思っていたから少し安心した」


 ラデックがそう言うと、ラルバは少し驚いたような怪訝けげんそうな顔でにらむ。


「殺す? 私が? あの善良な民を? なんてこと言うんだラデック。そんな酷いことするわけないだろう! それじゃあまるで私は残忍な快楽殺人鬼ではないか!」


 熱を持って反論するラルバに、ラデックは何を言い返そうか少しだけ考え「ごめん」と一言だけ謝罪した。するとラルバは「わかればいい」とラデックからタバコを引ったくり一口吸うと、気に入らなかったのか眉間にシワを寄せてラデックの口に押し込んだ。


「ラプー! 世界ギルドってのはどっちだ! 」

「んあ」


 感情の上下が激しいラルバとは打って変わって眉一つ動かさないラプーが、進路とは少しズレた森を指差す。


「あっちに歩いて3日」

「3日かあ、遠いな」

「ギルドに行ってどうするんだ?」


 タバコを吐き出したラデックが、口をモゴモゴさせながら問いかける。


「襲撃だ」


 ラルバが不敵な笑みを浮かべる。


「残忍な快楽殺人鬼じゃないか……」


 反論にいらついたラルバは、頬を膨らましてそっぽを向く。


「正確には占拠せんきょだ。私達には今のところ人権も情報もない。偉いとこの偉い奴をとっちめれば何もかも手に入る。どっかのクソ無能天然猿が役に立たないからな!!」


 肩で風を切って歩くラルバに、ラデック達は早足で近寄る。ラデックはラプーを見下ろしてからラルバに向き直る。


「なるほど」

「ところでラデック。実際のところどうなんだ?」

「何がだ?」

「使奴の末路だ。ビビらせる為に適当にでっち上げたが、私の作り話ぐらい酷いものなのか?」


 ラデックが顎に手を当て少しだけ考える。


「そうだな……実際か……俺が見てきた限りでは」





「倍は酷い目にあっていたな」

「まーおっそろしー」


 ラルバはわざとらしく身震いをさせた。

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