サキュバス、この戦争を終わらせに来ました2

「はいじゃあ合意は得られたという事で、この誓約書にサインを書いて頂戴」


「はいはい分かりましたよ。ふむふむ。特に問題なさそうですねっと……サラサラサラサラ……はい。これでいいですか?」


「どれ? ……よし。問題ない。じゃあ早速やる事を覚えてもらうけど、当然分体ではメモの確認なんかできないから死ぬ気で覚えるように」


「分かりました! ガレオンに乗ったつもりでいてください!」


「すぐ転覆するんだけど、ガレオン」


「そこは総舵手の腕次第という事で」


「不安しかない……」


「まぁまぁ。せっかっく九百万お支払するんですよ? そんなネガティブモードやめて、楽観的にいきましょうよ、楽観的に」


「お前が仕事を一発で覚えたら考えさせてもらう」


「その”お前”っていうの怖いんで呼び方変えてもらってもよろしいでしょうか……以前からもたまにありましたけど、固定ではなかったですよね?」


「え? あぁ。お義母様のが染っちゃったみたい。でもまぁ、いいでしょう。別に」


「嫌ですよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! そこは可愛く”ムー子ちゃん”って呼んでくださいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 先輩と後輩のちょっと百合めな生活を描く日常系四コマ漫画みたいな感じの関係性を築いていきたいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! 少し前のきらりで連載してるような感じのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


「うるさいんだけど?」


「すみません……」


「時間も余裕もないという事は今言っておく。もし次くだらない事で時間を無駄にするような事があったら相応の罰を受けてもらうから覚悟するように」


「えぇ……私、協力する立場なんですが……もっと優しくしていただいても……」


「今までの私だったらさっきの時点で目を潰し眼球の代わりに豆電球を詰め込んでいたと思うんだけど? 十分気を遣っていると感じないかな?」


「そ、それはそうですけども……」


「だいたい、九百万支払う時点で契約の釣り合いが取れている。お前の協力に対する対価は有情ではなく金額なわけだ。そこを履き違えてもらっては困るな」


「うぅ……じゃ、じゃあ、こっちだって考えがありますよ! 契約を取り消すことだってできるんですから!」


「……」


 スイースイー……


「……?」


 タップタップ……


「あの、ゴス美課長……スマートフォンで何を……?」


「黙ってなさい……」


「あ、はい……」


「……よし」


 ポイポイ!


「え? 今、Poypoyを使用した音が聞こえたんですが?」


「今、お前のPoypoyに九百万送ったから。これで契約成立だから。もう、解除とか無理だから」


「そ、そんな! あ、でもお金を返せば……」


「はい」


「? なんですかこれ?」


「さっきお前が書いた契約書だ」」


「これがなにか? とくに変わった事は書かれていなかったようでしたけれど……」


「そう、表面にはな」


「……え? いや、いやいや、嘘? 嘘ですよねゴス美課長。そんな典型的な、今日日ドラマでも使われないような手を……」


「……」


「な、ないと思いますが、一応裏も見てみますね? いやぁでも、さすがに……さすがにないっすよねそんな事!? そんなそんな……部下を嵌めるような真似を……」


「……」


「いや、まぁ、ね? 一応! 一応確認だけさせていただきましょうか! まぁ何もないと思いますけど! 思いますけども! ね! 念のためというか、ゴス美課長との信頼関係を再度確認する的な! そんな儀式的な意味合いでこの契約書の裏面を一旦チラっと見るだけ見てみようと思いますけれども! 恐らく私の予想ではほぼ確で余白のよっちゃんではないかなと! ウェディングドレスのような純白な空間がそこには広がっているのではないのかなと! 月明かりに照らされる雪原が如き世界が輝いているんじゃないかなと! 描かれる事のないキャンバスに等しい無限の可能性が待ち受けているのではないかなと! 私は想像いたしますが如何でしょうかゴス美課長!」


「……」


「う~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん! 口を開いてくれない! 閉ざされてしまった真実への道程! やはり自身の力で辿り着かなければならないというのか! ヘルオアヘブン! 天国か地獄か!? この一枚のペラ紙に込められた二つの結果! 気分はまるでシュレディンガーの猫を間近で見ている心持! 生きているのか死んでいるのか箱を開けてみないと分からないなんていう無茶な理屈! おいおいお前毒ガス注入したんやろ死んどるに決まっとるやんサイコかというツッコミを何故誰も行わなかったのか正直なところ疑問ではありましたが今私が置かれている状況と同じような目に遭っていたのであれば納得もいく! 皆誰しもがそうであってほしくないから希望的観測に逃避しあり得るはずのない結果についてワンチャンあると錯覚していたのだ! なんと哀れな! 私も彼らも同じだ! 猫は死んだ! 死んだのだ!」


「いいから早く捲りなさいよ」


「わ、分かりました……じゃあいきますよ? 準備はいいですか? いいようですね……スゥー……ハァー……スゥー……ハァー……落ち着け……落ち着けムー子……そんなはずない……そんなはずないから……ね? 信じよ? ゴス美課長を? ……信じた! よーし! じゃあ捲りますよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!」





 なお、本契約は乙が甲に規定額を現金、あるいは電子マネーで譲渡した時点で成立し、原則破棄は不可とする。例外的に甲が破棄する場合は、その妥当性と必要性を乙に納得ができるよう説明したうえで、譲渡金額の百兆倍を支払う事によって成立するものとする。




「やっぱりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! でもこんなもの無効ですよぉゴス美課長ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! そもそも読み合わせも説明もしてないしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! 完全に違法契約じゃないですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「なに甘い事言ってんだてめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 悪魔との契約にんなもの関係あるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 抜かりすぎ隙ありすぎ覚悟なさすぎなんじゃてめぇごらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃすみませんぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!」


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る