サキュバス、親父にもぶたれた事ありませんでした24

 今から俺の取得した術の知識と、術を使用するための孔を開いて共有する。それでこれからなんとかしろ。


 はぁ? 無茶言うな。それだったらもう一回入れ替わるからそっちがなんとかしてくれよ。俺に親父の相手なんて無理だって。だってもう目の前にいるだけでスゲー怖いもん無理だよこんなん。


 情けない事を言うな。いいから黙ってやり方考えろ。俺にかかってるんだからな。俺は少し休むから、上手くやれよ……


 そんな無責任な! おい! 待てって! 困るって!




 ……本当に消えやがった……どうすんだよこの状況……俺に何とかしろ? そんなもん無理に決まってんじゃねぇかよ……あ、なんか頭が冴えて集中力が増してい感じがする……そして電球が光るように術関連のあれこれが次々と……どうやら無事共有されたようだが……この状況を打破できそうなものが一つもない! 本当にどうしろってんだ! っと、そうでもないな。この麻痺を解く術は使えそうだなぞ? 一旦これをじぶんにかけてみて……お? いい感じに身体の自由が戻ってきた! これはデ・シャンと親父を出し抜くカードになりそうだな。一旦このまま大人しくしておいて、成り行き次第でアクションを極める事にしよう。いわば後の先。積極的待ちの姿勢でこの場は待機だ。







「淫魔! お前この状況で血迷いましたか! 恥を知りなさい!」



 そうだ! お母さんがいたんだった! この場においてこれほどまでに頼りになる存在もいまい。どうやら阿賀ヘルも麻痺中に意識を失わされてるっぽいし、形勢不利とはいえ、戦えないわけじゃないなこれ。俄然前向きになってきた。ここをどう乗り切るかで戦局が……



「申し訳ございませんが、この幕における貴女の出番は終わりですダスピルクエット。さようなら」


「何を……」



 !



 ……消えた。消えた!? なにが起こった!?



「解せないといった表情ですね輝さん。いいでしょう。教えてあげます。確かにダスピルクエットが術を行使すれば脅威であり、真っ当にやりあえば私に勝ち目はありません。しかし。それは彼女が実態であった場合の話。精神体であれば、姿形を維持するために必要なエネルギーに干渉するだけで崩壊させる事ができます。とはいえ、それも私クラスが全力で対応してやっとというところではありますがね」



 知らねーよそんな事。知らないけど、お母さんが離脱したという事実は分かってしまった。これはピンチなのでは? いや冷静になれ。この状況、デ・シャンは圧倒的に有利だと思っているはずだ。最大の障壁である親父は健在ではあるが、俺の見立てでは相性でデ・シャンが有利。油断しなければ死にはしないだろうとたかをくくっているように見える。つまりは現在、最も優勢なのがデ・シャンというわけだが、そこにこそ付け込む隙はあるはずだ。命がけだぞ俺。タイミングを見逃すなよ? 親父の返答次第のところはあるが、諦めなければきっとなんとかなるはずだ! さぁ! どう出る親父!





「いいのか? あの女が消えた以上、後は貴様だけで俺と対峙しなくてはならんのだぞ?」


「ですから、私は貴方と事を構える気はございません。あくまで交渉したいと述べているのです。息子さんの命と引き換えであれば、大概のものは安いものだと考えますが?」


「息子……息子ね。たしかに正真正銘のピカ太であればまだ材料になったかもしれんが、そこにいるのはあの女が作った代替の人格だろう? そいつに人質としての価値があるとお前は思うのか?」


「おや? 聞くところによる、貴方はいずれも息子であるとお認めになられ、主の人格となっている方を歓迎すると仰ったそうじゃありませんか」


「確かに言ったが、既に結果は出ている。今更そこの出来損ないを息子として扱う気はない」


「しかし、身体は共有しておりますでしょう?」


「ふん。身体などどうとでもなる。そんな事はお前の方が詳しいだろう」


「なるほど。では、この場において貴方はご子息を見捨てるという選択を取るという認識でお間違いございませんか?」


「好きにしろ。だが、それと同時にお前は俺の敵になるという事をよぉく自覚しておけ。何があっても、自分が殺される立場であるという事を忘れるなよ?」


「おっと恐ろしい。貴方にはとても敵う気がしませんねぇ。どうしますか? 輝さん」


「……俺に選択肢があるのか?」


「いえ? ただ、命乞いなりなんなりしてお父様が心変わりするよう手を打っていただけると助かるかなと」


「どっちに転んでも俺の望むようにはならん。ならば、最後は潔く死にたいものだ」


「おっとらしくない事を仰る。貴方、そんなタイプでもないでしょう」


「……」




 うるさいうえに緊張感がない。お前、俺の生死がかかっとんのやぞ? もっとシリアスにやれや。いや、無理か。悪魔なんてのはそんなもんだろう。人命なんてスナック感覚でやり取りできるもんだと思っているに違いない。


 あぁくそ、人生の最後がこんなんじゃコメディとしても三流だ。一応身体は動くが親父は見捨てる気満々だし打開する道筋がまるで浮かばねぇ。もう一人の俺は何に希望を抱いてわざわざ俺に変わったんだ。疲れてどうでもよくなったのか? 自棄起こすなら最後まで責任もってくれってんだよ。




 ピカ太さん。



 あ、いかん。幻聴が聞こえてきた。しかもこれ、ムー子の声だよ。えぇ? この場でムー子の声が聞こえちゃうのぉ? やめてほしぃ……



 ピカ太さん。



 まだ聞こえるよ……うわぁ……うざ……



 ピカ太さん。



 はぁ……分かった。分かったよ。もういいよ……俺の冴えない人生は、冴えないまま終わりを迎え、今際の際にはクソウザサキュバスの声が幻聴として聞こえてきました。馬鹿みたいだな。もうこうなったら早く死んで全てを無に帰したい……



 ピカ太さぁん! 聞こえますかぁ!



 あぁうるさ! 脳に直接響くような鬱陶しい声! 

 ……なんだこれ? あれ? これ、幻聴じゃない? え? もしかして、俺の精神の中にムー子が?



 ピカ太さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! 元気ですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 貴方の中からこんばんわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 麗しの君! 島ムー子ですよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!



 あ、これ、完全俺の精神の中に入っているわ。ムー子が俺の中に不法侵入しているわ。え? なんで? なにこれ? いつの間に? ちょ、困る……困るというか、殺意……

 

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