サキュバス、大型スーパーマーケットで休日を過ごす事に情緒を感じ始めました11

 こんなシェイクスピアは嫌だ! オフィーリアの死体に虫がたかっている!

 などと古典に対する冒涜的なネタを考えている状況ではない。やはり虫がとまった牛タンを食べるのは抵抗があるが、しかし、からいやつも漬物もない。スープは完飲。麦飯単体を食べてお茶で流し込もうかとも思ったが場にでているのは水。冷やしご飯は好きじゃない。ともすれば、やはりとろろをかけて食べるしかないか……なんということだ。これを一番楽しみにしていたというのに。俺はなぁ。メインのものよりもその後に出てくる〆てきなものの方が好きなんだよ。蕎麦でいえば蕎麦湯。鍋でいえば雑炊。鉄板でいえばガーリックライス。すき焼きでいえばうどん。そうそう、焼肉屋で出汁が用意してあって、「これなんですか?」って聞いたら「クッパ用の出汁です」と返ってきた事があった。曰く、〆でクッパを頼む客が多くて作るの面倒だからもう客席で勝手にやってもらえるようにしたとの事であったが、その際に自分で肉を焼いて実にするという素敵なグルメエンターテイメントを体験でき、思わず「やりよる」とTwitterに呟いてしまった。


 ともくとして、最後の一食を美味しくない感じで食べなくてはならないというのは不幸だという事。故にこの始末、残念でならない。あぁあ。なんか一気に覚めちゃったよ。もうビールでも注文しちゃおっかな……



「……しかたないなぁピカお兄ちゃんは」



 ひょい。



 ……え? 



「ピチウ……お前……」


「あんまりにも可哀想だから、私の熟成黄金牛タンを一切れあげるね? 感謝して食べるんだよ?」



 突然皿に肉が差し込まれたから何事かと思ったが、そうかピチウ。お前、俺を気遣って……

 


「……いいのか?」



「今回だけだよ?」


「……助かる!」



 ありがてぇ! こいつは僥倖! 深い慈愛に咽び泣くぜぇ! 俺の奢りであり、かつ俺から牛タンを強奪したくせになんという傲慢な台詞だろうかと思わなくもないがこの際そんなものはどうでもいい! この窮地に現れた救世主に今は縋るしかないのだから! よぉし! 形勢逆転だぁ! 食べるぞぉ! まずは追加された熟成黄金牛タンをぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ口の中に入れるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅんまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい! え? ちょ、えぇ? マジで? マジでこれ、え? 美味し……噛むと旨味が広がり脳が幸福になっていく……え? 本当にこれ肉? 怪しい薬とかじゃない? マジかぁ……



 ……


 ……


 あ、いかん。美味しさのあまり意識飛んでた。そしてそのまま呑み込んでもうた。でもなんか、これでいいというか、満足してしまっている自分がいる。あまりのハイクオリティをお見舞いされてニルヴァーナ感覚を得てしまった。匠の技をつかって芸術にまで進化させた帝国レストランの料理と違って、シンプルに膨大な旨味を凝縮させただけの逸品。これはもう暴力的、支配的いっても差し支えないだろう。なんかもうとろろとかどうでもよくなってきちゃった。量の比率とか馬鹿らしい。このままかけて食べちゃおう。


 はい、というわけでご飯の上にとろろを掛けて食べました。味? 味はまぁ、普通。別にまずいってわけじゃないんだけど、そんなに語るべくもないというか、ともかく一般的なテイストでした。感動もクソもなく、ただただ義務のような食事です。

 だめだ。直前の熟成黄金牛タンのせいで今後何を食べてもこんな風に無感動な食事になってしまいそうな気がする。笑ゥせぇるすまんにあったよねそんな回が。グルメな夫が結婚資金を貯めるために粗末な食事ばかりをしていたんだけど、モグちゃんに最高級の食事を提供してくれる店のパスもらって、それ以降はその店の料理じゃないと満足できなくなってしまうってのが。なんかそうなりそうで怖いな。これから先俺はずっとこの店の熟成黄金牛タンを求め続けるようになってしまうのか。今度一人でまた来よう。遠いけど。



「ごちそうさま。お腹いっぱいだねピカお兄ちゃん」


「……そうだな」


「どうかしたピカお兄ちゃん」


「……いや」



 ……ピチウお前、このレベルの牛タン食べてなんで平然としていられるんだ? 俺なんて生まれて初めてピート・ロバーツの試合を見た時くらいの衝撃を受けたってのに……



「ねぇピカお兄ちゃん。どうだった? 私があげた牛タン」


「え? 美味しかったが?」


「どれくらい?」


「? 普通にめちゃめちゃ美味しかったというか、かつてない味わいで正直引くくらい感動してるんだが……」


「そっか! それならよかった!」



 ? なんだ? 妙な態度だな。



「じゃ、行こうピカお兄ちゃん! ご馳走様! お会計はよろしくね!」


「うん? うん……」



 なんか急に嬉しそうにし始めたな。熟成黄金牛タン食べてる時はそんなでもなかったのに……まぁいいや。さっさと会計済ませて出よう。これ以上ここにいたらまた熟成黄金牛タンを頼んでしまいそうだしな。よし、伝票確認。約六千円。



 ……分かってはいたが、ランチで出す金額じゃねぇな……

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